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医療の再生に向けて、全体で支援を/石原 信雄 - 地域医療振興協会

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INTERVIEW / 医 療 の 再 生 に 向 けて, 全 体 で 支 援 を.お 話 が 聞 きたくてこの 企 画 を 計 画 したところです. 腰 痛 でご 体 調 もすぐれないところを, 本 当 にありがとうございます.山 田 では,まずは 自 治 医 大 の 創 設 のころのことをお 話 いただけますでしょうか.石 原 信 雄 自 治 医 大 につきましては, 私 が 元 の 自 治省 の 課 長 をしているころから 議 論 が 始 まりました. 実 は 秋 田 大 助 自 治 大 臣 のときに, 一 日 自 治 省というのを 高 知 市 でやったのですね. 高 知 もご多 分 に 漏 れず 大 変 な 医 師 不 足 で, 特 に 過 疎 地 における 医 師 不 足 が 深 刻 で,なんとか 自 治 省 にバックアップしてもらえないかという 話 があったのです. 秋 田 大 臣 は 徳 島 の 出 身 ですが, 旧 制 高知 高 等 学 校 の 出 身 なのですね.そういうご 縁 もあって, 地 域 医 療 の 確 保 という 問 題 は 自 治 体 にとっても 非 常 に 切 実 な 問 題 なので,ではどうしたらいいのかということになりました.そして,当 初 はふつうの6 年 制 の 医 科 大 学 では 時 間 がかかるので, 過 疎 地 を 専 門 に 担 当 する 医 療 短 大 のようなものをつくって, 早 く 養 成 したいという話 から 始 まったのです.しかし 自 治 省 がその 構想 を 進 めるにあたりまして,これは 都 道 府 県 が共 同 で 整 備 する 大 学 であり,また 私 立 大 学 になるので, 当 時 の 文 部 省 , 厚 生 省 とも 相 談 したところ,どちらも 医 療 短 大 ,つまり 昔 の 医 専 というのは 賛 成 できない. 中 途 半 端 な 知 識 しかない 医 者を 大 量 に 養 成 するのは,わが 国 の 医 療 政 策 として 賛 同 できない.やはりつくるのであれば,きちんとした 医 科 大 学 であるべきだという 話 になりました. 医 科 大 学 を 作 るには 経 費 も 時 間 もかかりますが, 各 県 の 要 望 が 強 かったので, 医 科 大 学にしようということになったわけです.当 時 としては 経 費 の 問 題 がありますので, 基本 的 には 各 都 道 府 県 の 負 担 金 でつくることにしたのですが, 自 治 省 としても, 例 えば 競 馬 とか 競輪 ,モーターボートなどといったギャンブルの益 金 をなんとかまわせないかということになりました. 当 時 はまだギャンブルは 調 子 がよかったですからね. 私 は 当 時 地 方 自 治 体 のギャンブル 事 業 を 担 当 する 課 長 でしたが,それぞれの 各省 の 所 管 の 課 長 レベルの 何 人 かと 話 し,かなりの 協 力 を 得 られました.もちろん 都 道 府 県 が 基本 的 には 負 担 するわけで, 都 道 府 県 の 負 担 する分 を, 地 方 交 付 税 という 制 度 の 中 で 財 源 手 当 てをしていこうというようなことで 具 体 化 して,スタートしたということなのです.ですから, 自 治 医 大 は 秋 田 大 助 大 臣 が,いわば生 みの 親 だったわけです. 秋 田 先 生 は 大 臣 を 辞められたあとも, 卒 業 式 には 必 ず 本 人 が 出 られた. 自 分 の 思 いが 強 かったのですね. 自 治 医 大 をとても 大 事 にしておられました.その 際 に, 中 尾 喜 久 先 生 にご 指 導 いただくということになりまして,そのころご 承 知 のように, 東 大 医 学 部 が 例 の 学 園 紛 争 があって, 東 大 の医 学 部 の 優 秀 な 先 生 方 が 自 治 医 大 のほうに 来 てくれたのです. 東 大 にとっては 大 変 なことでしたが, 自 治 医 大 にとっては 幸 運 でした.それから 自 治 医 大 の 学 生 の 募 集 については,基 本 的 にはそれぞれの 出 身 県 の 過 疎 地 を 中 心 に地 域 医 療 をやるという 条 件 をつけて,それに 応募 した 者 に 対 して 一 定 期 間 奨 学 金 を 都 道 府 県 が出 す.そして,9 年 間 のへき 地 勤 務 が 終 わったら, 貸 付 金 の 返 済 を 免 除 するというスキームをつくったわけですね.山 田 当 時 は 目 的 別 大 学 と 言 われて, 卒 業 生 が 本 当に 地 域 医 療 に 残 るのかと.お 金 を 返 して 辞 めてしまうのではないかと 週 刊 誌 などに 書 かれましたね.石 原 当 初 の 私 どもの 構 想 としては, 東 日 本 と 西 日本 という,2ヵ 所 つくろうというアイデアで,まず 東 日 本 からということで,ではどこがいいかということで,いろいろ 関 係 の 県 と 相 談 してみました. 当 時 栃 木 県 には 医 科 大 学 がなかったのです.たまたま 林 業 試 験 場 の 土 地 があり,それを提 供 するからと 栃 木 が 積 極 的 に 協 力 してくれました.そういうこともありましたので, 私 自 身 は月 刊 地 域 医 学 Vol.25 No.7 2011609()


財 政 担 当 の 課 長 でしたから,それに 応 えるために,かなり 栃 木 県 には 思 いきった 交 付 税 の 増 額をしました.また 知 事 会 では, 大 部 分 の 知 事 さんは 賛 成 でしたが, 福 島 県 には 県 立 医 科 大 学 があったので,福 島 県 の 木 村 守 江 知 事 は 反 対 だったのです. 自分 のところは 医 科 大 学 があるから, 負 担 金 を 出せないというような 議 論 がありました.そこで,出 せないところは 他 の 県 に 医 大 生 の 推 薦 枠 を譲 って,そちらから 負 担 してもらうというような 話 になり, 最 終 的 には 福 島 県 知 事 も,それなら結 構 だということでスタートしたのです.そういうこともあって, 当 時 われわれもずいぶん 心配 しましたが,しかし, 過 疎 地 を 抱 えている 自 治体 は, 極 めて 深 刻 な 医 師 不 足 でしたから,なんとしてもやってほしいということで, 知 事 会 の 中でもいろいろ 議 論 しました.山 田 でも 結 局 は46 都 道 府 県 , 開 学 当 時 は 沖 縄 は 本 土復 帰 前 でしたが, 足 並 みをそろえて 始 められたというのは,すごいことではないかと 思 います.じミッションをったとともにごして山 田 私 は3 期 生 なのですが,われわれは 卒 後 2 年間 の 臨 床 研 修 を 経 て, 山 間 へき 地 や 離 島 へ 行 ったのですが, 初 期 のころから,お 金 を 返 して 辞 めていく 人 はほとんどいませんでしたし, 研 修 の間 ,あるいはその 後 も 義 務 年 限 としてのへき 地勤 務 をしっかり 遂 行 した 卒 業 生 がほとんどでした. 当 初 は 半 分 以 上 は 辞 めてしまうのではないかと 言 われましたが, 初 期 の 段 階 から 非 常 にうまくいったと 思 います.石 原 自 治 医 大 に 入 られた 方 が, 非 常 に 真 面 目 で, 成績 もいいし, 医 師 の 国 家 試 験 の 合 格 率 も 高 く, 各県 とも 本 当 によかったと 感 謝 していました. 皆さんが 大 学 の 設 立 目 的 に 従 って,へき 地 医 療 に真 剣 に 取 り 組 まれて, 私 は 今 でも,あのときにいろいろ 反 対 があった 中 で 押 し 切 ってスタートさせたことは, 本 当 によかったと 思 っています. 当時 は 文 部 省 も 厚 生 省 もあまり 好 意 的 ではなかったのですよ.山 田 そうなのですか?石 原 はい, 要 するに 自 治 省 という,いわば 医 療 に 直接 責 任 のない 役 所 が 管 轄 したからです.ただ 自治 省 は 地 方 自 治 体 をお 世 話 している 役 所 で, 特に, 過 疎 地 町 村 の 課 題 がいろいろある 中 で, 一 番切 実 な 問 題 は 医 師 不 足 なのですね. 地 域 住 民 の医 療 をどう 確 保 するか.これが 切 実 でしたから,自 治 省 として,なんとしても 手 を 打 たなければいけないという 意 識 を 持 っていました.スタートはそういう 経 緯 でしたが,その 後 の大 学 の 運 営 ,あるいは 卒 業 生 の 活 躍 ,いずれも 当初 私 が 想 定 していた 以 上 にしっかりやっていただいているというのが, 今 の 私 の 見 方 です.山 田 ありがとうございます. 私 たちにとって 一 番心 強 かったのは, 同 級 生 が 百 何 人 各 県 から 集まって, 寮 生 活 をして,6 年 間 同 じ 釜 の 飯 を 食 って, 課 外 活 動 をし, 同 じような 目 的 を 持 って 医 師になり, 再 び 全 国 に 旅 立 っていったということです.6 年 間 一 緒 に 生 活 をした, 一 緒 に 学 んだということ,その 中 で 先 生 たちにも 恵 まれました.あの 枠 組 み, 仕 組 みが, 基 本 的 にはとてもよかったのではないかと 思 います.石 原 そうですね. 一 般 の 医 科 大 学 よりも 自 治 医 大の 卒 業 生 の 皆 さんは, 連 帯 意 識 が 強 いのではないかと 思 います.そういう 意 味 でもあの 大 学 を実 現 したことは, 本 当 に 地 域 のために, 地 方 自 治体 のためによかったと 思 っています.610()月 刊 地 域 医 学 Vol.25 No.7 2011


ころは 千 人 程 度 の 村 の 診 療 所 から 大 きいところでは 横 須 賀 市 立 うわまち 病 院 のように,300 床 を越 すような 病 院 も 運 営 しています.あわせて,へき 地 や 離 島 へ 赴 任 している 医 師 のために 休 暇 中の 代 診 医 を 派 遣 したり, 医 師 確 保 に 困 っている自 治 体 病 院 などに 支 援 医 師 を 派 遣 したりといった 活 動 をしています. 全 国 各 地 の 病 院 で 医 療 崩壊 が 進 み,いろいろな 自 治 体 から 病 院 運 営 の 依頼 も 来 ています. 昨 年 も100を 越 す 自 治 体 の 市 町村 長 からそういったご 依 頼 やご 相 談 がありました.しかし, 現 在 協 会 の 職 員 は6,000 人 , 医 師 も600 人 程 度 で,そもそも 運 営 に 困 っていた 病 院 を預 っている 訳 で,なかなかすべてのご 依 頼 に 応える 余 力 がないというのが 現 状 です.聞 き 手 : 地 域 医 療 研 究 所 所 長 ・「 月 刊 地 域 医 学 」 編 集 長山 田 隆 司のにりんで山 田 そういう 状 況 の 中 で, 昨 年 宮 城 県 の 女 川 町 から 依 頼 がありました.そこは100 床 の 病 院 があって 医 師 は 多 い 時 で10 人 ほどいたのですが,そのほとんどが 辞 めてしまって, 昨 年 の3 月 末 には常 勤 医 が2 人 になってしまったのですね.そこで, 医 師 派 遣 のお 手 伝 いをしている 際 に,3 月 11日 の 震 災 に 遭 ってしまいました.4 月 の 指 定 管理 に 向 けて 自 治 医 大 卒 業 の 医 師 を 院 長 として 派遣 し, 開 設 準 備 室 のための 事 務 職 員 も 現 地 に送 っていました.そういった 延 長 線 上 で 今 回 , 震災 後 の 地 域 の 復 興 のお 手 伝 いをさせていただいています.石 原 もともと 医 療 崩 壊 が 進 んでいたところに,この 度 の 震 災 で, 事 態 は 一 層 深 刻 になっていますからね. 頑 張 って 支 援 していただきたいですね.先 生 方 のような, 各 地 域 の 医 療 をサポートする,いわば 支 援 組 織 がとても 必 要 だと 私 も 思 います.ぜひ 全 体 の 機 能 を 強 化 するような 手 立 てを考 えてもらいたいですね. 本 当 に 心 強 いですよ,こうして 支 援 する 組 織 があるということは.山 田 ありがとうございます. 震 災 で 多 くの 自 治 体病 院 が 壊 滅 状 態 になりましたが,ほかの 自 治 体がそれを 応 援 する,あるいは 自 治 体 病 院 協 議 会が 応 援 するという 枠 組 みはほとんどないのです.ところが 今 回 女 川 町 立 病 院 が 被 災 したときに, 協 会 本 部 に 対 策 本 部 を 設 置 し, 全 国 の 運 営 施設 や 卒 業 生 に 支 援 を 呼 びかけたところ, 医 師 だけでなく,ナースやコメディカルも 含 め, 北 海 道から 沖 縄 まで,100 人 近 くが 志 願 してくれたのですね. 医 療 崩 壊 に 陥 った 地 域 ,あるいは 震 災 でダメージを 受 けた 地 域 に 対 して,そこだけで 頑 張れと 言 ってもしょせん 無 理 な 話 で, 先 生 が 言 われたように, 全 体 で 支 えないと 駄 目 だと 思 っています.石 原 今 はまさに 震 災 直 後 の 対 応 をしているわけですが, 将 来 のこともありますから,これを 教 訓に, 基 本 的 にはもっともっと 体 質 強 化 , 体 制 強 化できるように, 財 政 措 置 を 含 めて 検 討 してほしいですね.山 田 先 生 は 阪 神 大 震 災 の 時 に 関 わられたのですよね.612()月 刊 地 域 医 学 Vol.25 No.7 2011


INTERVIEW / 医 療 の 再 生 に 向 けて, 全 体 で 支 援 を.石 原 阪 神 大 震 災 のときは 大 都 市 の 直 下 型 地 震 で,医 療 機 関 もだいぶやられて,そのバックアップということは 大 きな 課 題 でした. 兵 庫 県 ,あるいは 神 戸 市 など, 自 治 体 と 連 携 を 取 りながら,バックアップ 体 制 を 取 りました.しかし 今 回 はそもそも 自 治 体 の 行 政 自 体 が 大 きな 被 害 を 受 けているところが 多 いですね.山 田 被 災 地 域 があまりにも 広 範 なので, 日 本 中 がみんなで 助 けないと. 実 際 6,000 人 のわれわれの組 織 で 継 続 的 にケアできるのは,1 万 人 の 町1ヵ 所 ぐらいなのですね. 医 療 崩 壊 の 問 題 もそうですが, 局 所 的 な 問 題 ではなく, 日 本 の 医 療 全体 が 補 完 していくシステムに 変 わらないと 駄 目でしょうし, 日 本 の 医 療 者 全 員 が, 自 分 たちが 当事 者 だと 思 ってケアできるようなシステムにしていく 必 要 があると 思 います.石 原 現 在 政 府 は 復 興 構 想 会 議 を 立 ち 上 げて 議 論 しており,6 月 中 旬 には 一 定 の 報 告 書 が 出 ます. 経済 の 問 題 , 社 会 保 障 の 問 題 など,いろんな 分 野 にわたっていますが, 特 に 医 療 の 問 題 は 非 常 に 深刻 ですから, 復 興 計 画 の 中 で, 今 後 の 被 災 地 , 過疎 地 の 医 療 支 援 体 制 というものを,ぜひともしっかり 議 論 してもらって, 計 画 に 織 り 込 んでもらいたいと 思 います.山 田 そうですね. 私 も 女 川 町 の 復 興 計 画 策 定 会 議の 委 員 にさせてもらっています.もちろん 土 木学 者 さんなど, 災 害 の 専 門 家 の 人 たちが 多 いのですが,そういった 人 たちに 交 じって 議 論 しています. 今 度 はどこに 新 しい 町 を 作 るのか. 高 台移 転 するにしろ, 集 約 化 するにしろ,どういった町 づくりになるかが 分 からないと, 病 院 をどう立 て 直 すのか, 町 の 今 後 の 医 療 システムをどうするかが 考 えられません.この 地 域 の 医 療 再 生は 復 興 計 画 とシンクロしないとできないと 感 じています.石 原 復 興 計 画 というものは, 広 範 囲 にわたる 内 容を 含 んでいるわけですが,その 中 でも 医 療 の 確保 というのは, 一 番 緊 急 を 要 する 問 題 ですから,聞 き 手 : 公 益 社 団 法 人 地 域 医 療 振 興 協 会 常 務 理 事 折 茂 賢 一 郎プライオリティを 持 って 早 急 に 実 施 してもらいたいと 思 いますね.折 茂 地 域 だけではなくて, 日 本 全 体 の 仕 組 みとして 医 療 の 復 興 再 生 ですね.石 原 これはもう 日 本 全 体 でどう 対 応 するか 考 えないと, 東 北 地 方 の 問 題 , 関 東 の 問 題 だけではないです.山 田 われわれとしては, 限 られた 財 源 の 中 で,どうしたら 医 療 再 生 が 果 たせるのか, 知 恵 を 働 かせていかないと, 新 しい 町 づくりは 無 理 だと 思 うのです.でも,ここでの 再 生 に 成 功 すれば,ほかのところにも 通 用 する 解 決 策 になるのではないかと 思 っています. 被 災 地 へ 行 って 感 じたのですが, 被 災 地 ではみんなが 力 を 合 わせるのですね. 東 京 の 病 院 ではたいした 働 きをしているとは 思 えない 人 たちでも, 被 災 地 へ 行 くとみんなが 知 恵 を 使 って, 限 られた 環 境 で, 寒 くても, 食事 が 少 なくても, 文 句 も 言 わず,みんなで 汗 をかいて 一 所 懸 命 やる.そういう 力 が 残 っているかぎり,みんなが 力 を 尽 くせば, 十 分 再 生 はできると 確 信 しています.石 原 復 興 計 画 , 今 後 の 発 展 を 議 論 する 場 合 に, 今 回の 被 災 地 は 過 疎 地 で,お 年 よりも 多 いわけで, 将来 的 に 安 定 して 医 療 が 確 保 されるかどうかを 示さないと, 帰 りたくても 帰 れない 家 庭 が 多 くな月 刊 地 域 医 学 Vol.25 No.7 2011 613()


ると 思 います.いろいろな 計 画 が 進 んでも 人 が帰 ってこなければ 意 味 がないのですから,そういう 意 味 で, 医 療 確 保 をどういうかたちで 実 現できるかは 重 要 な 要 素 になると 思 います.をる山 田 最 後 になりましたが,「 月 刊 地 域 医 学 」の 読 者の 多 くは, 山 間 へき 地 で 頑 張 っている 卒 業 生 です.そういう 仲 間 たちへエールをお 願 いします.石 原 自 治 医 大 の 卒 業 生 の 皆 さんは,これまでも 地域 医 療 の 確 保 に 力 を 尽 くし, 住 民 の 安 心 , 安 全 を担 保 する 役 割 を 果 たしてきたと 思 うのですが,ぜひこれからも 頑 張 っていただきたいと 思 います. 今 わが 国 の 医 療 が 抱 えている 問 題 はさまざまですが,この 深 刻 な 医 療 崩 壊 を 解 決 する 上 で,自 治 医 大 卒 業 生 の 存 在 感 , 必 要 性 は 一 層 強 くなると 思 います.これからの 地 域 を 守 る 中 心 的 な役 割 を 担 うという 意 識 を 持 って,これからも 頑張 ってください.山 田 折 茂 先 生 からも 最 後 に 一 言 いかがですか.折 茂 自 治 医 大 の 開 学 から 現 在 に 至 るまでのお 話 ,さらに 東 日 本 大 震 災 の 復 興 の 問 題 など, 幅 広 くお 話 を 聞 かせていただき 本 当 にありがとうございました. 地 域 医 療 振 興 協 会 としてへき 地 医 療を 頑 張 ることは 当 然 のこととして, 石 原 先 生 にもご 尽 力 いただいた 西 吾 妻 福 祉 病 院 の 管 理 者 として, 群 馬 県 の 地 域 医 療 にも 全 力 を 賭 していきたいと 思 います.これからもくれぐれもご 自 愛のうえ, 日 本 のため,またわれわれ 地 域 で 頑 張 る者 たちのためにもお 力 を 貸 していただければ 幸いです. 今 日 は 本 当 にありがとうございました.山 田 石 原 先 生 , 今 日 はお 忙 しい 中 ,ありがとうございました.614()月 刊 地 域 医 学 Vol.25 No.7 2011

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