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第1章 開発経済学の視座 - 名古屋大学 大学院国際開発研究科

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

第 1 章<br />

開 発 経 済 学 の 視 座<br />

大 坪 滋<br />

「 経 済 開 発 」は「 開 発 」の 中 核 を 成 すと 経 済 学 者 は 考 えている. 経 済 成 長 ( 所<br />

得 増 大 )と「 貧 困 」 削 減 の 間 には, 統 計 的 に 検 証 し 得 る 明 確 な 正 の 相 関 関 係<br />

が 存 在 するからである. ここでは, 「 貧 困 」は1 人 当 たりの 所 得 や 消 費 の 水<br />

準 で 計 られる. この 点 では 傲 慢 にも 見 える 経 済 学 者 も, それでは「 開 発 」の<br />

目 的 が 所 得 の 増 大 にあるのかと 問 われると, 経 済 成 長 は「 開 発 」の 目 的 達 成<br />

のための 道 具 ・ 手 段 に 過 ぎないと 謙 虚 に 答 える. 「 開 発 」の 目 的 論 そのもの<br />

は 経 済 学 の 範 疇 外 にあるという 立 場 を 取 ることも 多 い. 開 発 経 済 学 者 の 多 く<br />

は , 政 治 ( 制 度 ), 社 会 開 発 や 人 間 開 発 を 考 慮 することの 重 要 性 を 認 識 して<br />

いるが, 社 会 開 発 論 者 や 人 間 開 発 論 者 が, 経 済 開 発 を 否 定 するところに 拠 っ<br />

て 立 つことには 苛 立 ちを 覚 えている. 人 の 一 生 を 考 えるとき, 教 育 を 受 け,<br />

仕 事 に 就 き, 家 族 を 支 え 子 孫 を 育 てるという 人 間 的 ・ 社 会 的 活 動 の 実 は 大 き<br />

な 部 分 を 経 済 活 動 が 占 めており, 経 済 活 動 は 人 間 の 社 会 的 活 動 そのものであ<br />

るからだ. 本 章 では 先 ず, 経 済 開 発 とは 何 であるのか, それを 研 究 対 象 とす<br />

る 開 発 経 済 学 はどのような 形 成 過 程 を 経 てどう 変 貌 を 遂 げてきたのかを 概<br />

観 する. 経 済 学 者 は 何 故 , 多 くの 途 上 国 の 貧 困 層 が 貧 困 状 態 にあると 考 えて<br />

きたのだろうか. 経 済 開 発 の 主 要 課 題 にはどのようなものがあるのか. 開 発<br />

政 治 学 , 開 発 社 会 学 等 の 他 のディシプリンから 開 発 に 取 り 組 む 学 派 との 関 係<br />

はどのような 展 開 を 見 せているのか. 開 発 経 済 学 の 視 座 , 立 場 を 紹 介 しつ<br />

つ , 学 際 的 「 国 際 開 発 学 」の 展 開 へ 向 けた( 開 発 ) 経 済 学 の 対 象 領 域 拡 大 の<br />

方 向 性 を 議 論 する.<br />

1


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

1. 経 済 開 発 とは 何 か<br />

開 発 経 済 学 では, 経 済 成 長 (economic growth )と 経 済 開 発 (economic<br />

development)を 区 別 している 1 . 厳 密 には, 国 内 総 生 産 (gross domestic product;<br />

GDP)で 測 られる 1 国 の 実 質 経 済 規 模 の 増 大 が 経 済 成 長 であり, この 増 加 率 が<br />

経 済 成 長 率 と 呼 ばれるものである. ただし, 貧 困 削 減 への 効 果 を 語 る 場 合 は,<br />

1 人 当 たりの 平 均 所 得 ( 国 内 総 生 産 を 人 口 数 で 除 したもの)の 増 加 を 経 済 成 長<br />

と 捉 えることもある. この 場 合 は 経 済 規 模 の 拡 大 率 から 人 口 増 加 率 を 差 し 引 い<br />

た , 1 人 当 たりの 所 得 増 加 率 を 注 視 していることになる.<br />

....<br />

経 済 開 発 という 場 合 は, 「 開 発 」をプロセスとして 捉 え, 経 済 成 長 に 伴 って<br />

生 じる,<br />

1 産 業 構 造 変 化 ( 農 業 社 会 から 工 業 化 社 会 への 転 換 )や 経 済 ・ 社 会 インフラ<br />

の 整 備 構 築 等 の 経 済 的 構 造 変 化<br />

2 農 村 から 都 市 への 労 働 力 移 動 に 伴 う 都 市 化 やそれにともなう 生 活 様 式 の 変<br />

化 という 社 会 的 変 化<br />

3 縁 戚 関 係 や 民 族 ・ 種 族 関 係 を 基 盤 にした 組 織 関 係 や 雇 用 関 係 から 実 力 主 義 ,<br />

契 約 主 義 への 移 行 という 文 化 的 変 容<br />

4 財 産 権 の 確 立 や 契 約 履 行 を 強 制 する 法 整 備 等 を 含 んだ 制 度 構 築 や 民 主 化 に<br />

代 表 される 政 治 体 制 の 変 化<br />

等 の 構 造 変 化 , 社 会 変 容 を 含 んだ 概 念 として 定 義 されている.<br />

..<br />

..<br />

また, 「 開 発 」を 結 果 として 捉 える 場 合 には, 経 済 成 長 ( 所 得 増 大 )に 合 わ<br />

..<br />

せて, 人 間 の 福 祉 が 向 上 した 場 合 にのみ「 開 発 」が 起 きた( 起 こされた)とさ<br />

れている. この 点 については, Dadley Seers (1969)の 言 説 が 紹 介 されることが 多<br />

い . 即 ち,<br />

1 国 の 開 発 を 語 るときに 問 われるべきは, 貧 困 状 況 はどう 変 化 しているか, 失<br />

業 問 題 はどうなっているか, 不 平 等 の 状 態 はどうなっているか, ということ<br />

である. 貧 困 , 失 業 , 不 平 等 の 3 つ 全 てが 高 いレベルから 減 少 したならば, そ<br />

1<br />

英 語 の ’development’ は「 開 発 」と 訳 される 場 合 も「 発 展 」と 訳 される 場 合 もある. 我<br />

が 国 開 発 研 究 者 の 間 では 両 語 の 微 妙 なニュアンスの 違 いを 使 い 分 ける 場 合 もある. 確 かに<br />

「 開 発 」には 能 動 的 他 動 詞 の 雰 囲 気 があり, 「 発 展 」には 自 動 詞 の 含 みが 感 じられるし, 国<br />

境 を 越 えての 開 発 の 協 働 作 業 を「 国 際 開 発 」と 言 うが, 「 国 際 発 展 」とは 言 わない. 開 発<br />

協 力 関 連 各 省 ではそれぞれ 日 本 語 訳 を 単 純 に 統 一 しているところもある. 本 書 では 日 本 語<br />

の 両 語 を 同 義 と 捉 えている. 混 乱 を 避 けるため, ‘developing country’ を「 開 発 途 上 国 」と<br />

するなど, 表 記 統 一 することとする.<br />

2


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

の 期 間 この 国 に 開 発 が 起 きたことに 疑 いの 余 地 は 無 い. この 内 の 1 つか 2 つが,<br />

あるいは 特 に 3 つとも 一 度 に 悪 化 しているのであれば, 例 え 1 人 当 たりの 所 得<br />

が 倍 加 したとしても, その 結 果 を「 開 発 」と 呼 ぶのは 奇 妙 であろう 2 .<br />

経 済 開 発 において「 貧 困 」は 従 来 , 1 人 当 たりの 所 得 水 準 や, 消 費 水 準 を 基 に<br />

定 義 されてきた. 世 界 銀 行 は 国 際 間 で 比 較 可 能 な 貧 困 指 標 として, 各 開 発 途 上<br />

国 の「 貧 困 者 比 率 (poverty headcount ratio)」を 算 定 して 発 表 してきたが, これ<br />

は 人 間 が 人 間 らしく 人 としての 尊 厳 を 保 ちつつ 生 きるために 最 低 限 必 要 な 消 費<br />

( 衣 食 住 や 教 育 , 医 療 消 費 等 )を 行 うのに 必 要 な 購 買 力 として「 貧 困 線 (poverty<br />

line)」を 1 日 1 ドルなり(あるいは 2 ドル)と 設 定 し, それ 以 下 の 所 得 ・ 消 費<br />

水 準 にある 貧 困 層 の 全 人 口 に 占 める 割 合 を 算 出 したものである 3 . 世 界 銀 行 は<br />

また, 2008 年 8 月 に 貧 困 ラインをこれまでの 1 日 1.08 ドル( 1993 年 国 際 価 格 で)<br />

から 1.25 ドル(2005 年 国 際 価 格 で)に 改 訂 して 貧 困 者 人 口 推 移 の 新 推 計 を 発<br />

表 している. 1 人 当 たりの 消 費 額 が 最 も 少 ない 15 国 の 国 別 に 設 定 された 貧 困 ラ<br />

インの 平 均 をとって 基 準 額 (1.25 ドル)を 決 定 している. この 基 準 額 の 増 加 は<br />

貧 困 ラインに 於 ける 生 活 水 準 の 向 上 を 意 味 するのではなく, 途 上 国 での 生 活 費<br />

の 上 昇 を 反 映 したものである.<br />

表 1-1 には 世 界 銀 行 による 貧 困 者 人 口 , 貧 困 者 比 率 の 新 推 計 値 をまとめてあ<br />

る . 1 日 1 人 当 たり 1.25 ドル 未 満 の 消 費 水 準 を 貧 困 ラインとして, それ 以 下 の 生<br />

活 水 準 にある 貧 困 者 人 口 (b 表 )と , その 総 人 口 に 占 める 割 合 (a 表 )の 推 移 を 世 界<br />

の 開 発 途 上 地 域 別 に 示 している 4 . 1980 年 代 初 頭 から 約 四 半 世 紀 の 間 に, 開 発 途<br />

上 国 全 体 の 貧 困 者 比 率 は 51.9%から 25.2%へと 半 減 し, 貧 困 者 人 口 も 19 億 人 か<br />

ら 13 億 7400 万 人 に 減 少 した. 地 域 別 に 見 ると, 東 アジア・ 太 平 洋 地 域 におけ<br />

る 貧 困 削 減 は 特 に 目 覚 ましく, この 間 の 人 口 増 加 にもかかわらず 貧 困 者 人 口 は<br />

2<br />

Seers, Dudley (1969), ”The meaning of development,” Paper prepared for the 11 th World<br />

Conference of the Society for International Development, New Delhi, p.3. 更 に 詳 細 な 議 論 につ<br />

いては, Brinkman, Richard (1995), “Economic growth versus economic development: Toward a<br />

conceptual clarification,” Journal of Economic Issues, 29, pp.1171-1188 を 参 照 せよ.<br />

3<br />

過 去 1 日 1ドルの 貧 困 ラインと 言 われていたのは, 厳 密 には 1993 年 国 際 価 格 で 1.08 ド<br />

ルの 消 費 支 出 額 に 設 定 していた 貧 困 ラインを 意 味 していた. この 国 際 間 比 較 に 用 いられて<br />

きた 貧 困 ラインは, 最 貧 国 10 ヶ 国 の 国 別 貧 困 ライン(national poverty lines) を 購 買 力 平 価<br />

(ppp) 為 替 レートでドル 換 算 してその 中 位 数 をとって 求 められていた. 諸 国 間 で 財 ・サー<br />

ビスの 価 格 ・ 物 価 水 準 が 違 うなかで 必 要 消 費 を 支 える 購 買 力 を 国 際 間 比 較 するために 調 整<br />

使 用 されるのが 購 買 力 平 価 である.<br />

4<br />

2008 年 8 月 の 貧 困 推 計 改 訂 前 の, 1993 年 国 際 価 格 で 1 日 1.08 ドルに 設 定 していた 貧 困 ラ<br />

インを 使 用 すると, 貧 困 者 人 口 は 1981 年 時 点 で 14.7 億 人 , 2004 年 時 点 で 9.7 億 人 ( 約 10<br />

億 人 )であった. Paul Collier(2007)が「 最 底 辺 の 10 億 人 (The Bottom Billion) 」と 総 称 した<br />

のは, これら 開 発 から 取 り 残 された, 多 くは 構 造 的 な 貧 困 層 である.<br />

3


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

7 億 5500 万 人 も 減 少 し, 貧 困 者 比 率 は 77.7%から 16.8%に 急 減 している. 南 アジ<br />

アでは 貧 困 者 比 率 は 低 下 したものの 人 口 圧 力 も 強 く, 貧 困 者 人 口 は 4800 万 人<br />

増 加 し, サハラ 以 南 アフリカでは, 貧 困 者 比 率 が 横 ばいから 微 減 に 止 まる 中 で<br />

貧 困 者 人 口 は 1 億 7600 万 人 も 増 加 し 倍 加 する 勢 いである. このように 過 去 四 半<br />

世 紀 , 世 界 の 貧 困 者 人 口 の 減 少 は, 東 アジア・ 太 平 洋 地 域 における 貧 困 減 少 が<br />

もたらしたものであると 言 える. また, 表 からも 明 らかなように, 実 際 この<br />

間 の 中 国 の 貧 困 者 人 口 は 6 億 2700 万 人 減 少 しており, 開 発 途 上 国 全 体 での 貧<br />

困 者 人 口 減 少 の 5 億 2600 万 人 を 上 回 っている. 経 済 大 国 化 しつつある 中 国 は,<br />

( 不 平 等 度 は 増 していると 言 われるが) 正 に 貧 困 削 減 大 国 でもあるのだ. 中 国<br />

やその 他 東 アジア・ 太 平 洋 地 域 以 外 の 開 発 途 上 国 世 界 は 総 体 として 貧 困 者 人 口<br />

の 削 減 に 成 功 しておらず, 多 くの 人 々が 貧 困 に 喘 ぎ 続 けている. 「 貧 困 は 眠 ら<br />

ない(poverty never sleeps)」と 言 われる 所 以 である.<br />

表 1-1 地 域 別 貧 困 状 況 の 推 移<br />

(a) 貧 困 者 比 率 の 推 移 (%)<br />

1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005<br />

東 アジア・ 太 平 洋 地 域 77.7 65.5 54.2 54.7 50.8 36.0 35.5 27.6 16.8<br />

中 国 84.0 69.4 54.0 60.2 53.7 36.4 35.6 28.4 15.9<br />

東 欧 ・ 中 央 アジア 1.7 1.3 1.1 2.0 4.3 4.6 5.1 4.6 3.7<br />

ラテンアメリカ・カリブ 海 地 域 12.9 15.3 13.7 11.3 10.1 10.9 10.9 10.7 8.2<br />

中 東 ・ 北 アフリカ 7.9 6.1 5.7 4.3 4.1 4.1 4.2 3.6 3.6<br />

南 アジア 59.4 55.6 54.2 51.7 46.9 47.1 44.1 43.8 40.3<br />

インド 59.8 55.5 53.6 51.3 49.4 46.6 44.8 43.9 41.6<br />

サハラ 以 南 アフリカ 53.4 55.8 54.5 57.6 56.9 58.8 58.4 55.0 50.9<br />

開 発 途 上 国 全 体 51.9 46.7 41.9 41.7 39.2 34.5 33.7 30.5 25.2<br />

(b) 貧 困 者 人 口 の 推 移 ( 百 万 人 )<br />

1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005<br />

東 アジア・ 太 平 洋 地 域 1,071 947 822 873 845 622 635 507 316<br />

中 国 835 720 586 683 633 443 447 363 208<br />

東 欧 ・ 中 央 アジア 7 6 5 9 20 22 24 22 17<br />

ラテンアメリカ・カリブ 海 地 域 47 59 57 50 47 53 55 57 45<br />

中 東 ・ 北 アフリカ 14 12 12 10 10 11 12 10 11<br />

南 アジア 548 548 569 579 559 594 589 616 596<br />

インド 420 416 428 435 444 442 447 460 456<br />

サハラ 以 南 アフリカ 212 242 258 298 317 356 383 390 388<br />

開 発 途 上 国 全 体 1,900 1,814 1,723 1,818 1,799 1,658 1,698 1,601 1,374<br />

( 注 ) 1 日 1 人 当 たり1.25 米 ドル( 購 買 力 平 価 (PPP) 為 替 レートを 使 用 した 2005 年 国<br />

際 価 格 で)の 消 費 支 出 額 以 下 で 生 活 する 人 口 と 対 総 人 口 比 率 .<br />

( 出 所 ) World Bank, World Development Indicators 2008 Supplement, Table 3 より 筆 者 作 成 .<br />

4


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

表 1-2 地 域 別 1 人 当 たり 実 質 GDP 水 準 の 推 移 (2000 年 米 ドル)<br />

1965 1975 1985 1990 1995 2000 2005 2005/1965 2005/1985<br />

東 アジア・ 太 平 洋 地 域 145 211 363 481 735 952 1,355 x9.3 x3.7<br />

中 国 100 146 290 392 658 949 1,449 x14.5 x5.0<br />

東 欧 ・ 中 央 アジア 2,257 1,763 2,037 2,615<br />

ラテンアメリカ・カリブ 海 地 域 2,275 3,088 3,285 3,259 3,554 3,852 4,044 x1.8 x1.2<br />

中 東 ・ 北 アフリカ 831 1,295 1,431 1,346 1,423 1,605 1,780 x2.1 x1.2<br />

南 アジア 199 221 275 328 379 450 566 x2.8 x2.1<br />

インド 188 215 260 317 372 453 588 x3.1 x2.3<br />

サハラ 以 南 アフリカ 494 587 539 531 494 515 569 x1.2 x1.1<br />

開 発 途 上 国 全 体 550 752 901 963 1,036 1,191 1,440 x2.6 x1.6<br />

先 進 国 ( 高 所 得 国 ) 10,911 15,044 18,959 21,917 23,466 26,368 28,242 x2.6 x1.5<br />

世 界 2,840 3,596 4,158 4,565 4,758 5,241 5,647 x2.0 x1.4<br />

( 注 ) 地 域 グループの 国 構 成 が 変 化 することは 基 本 的 に 無 いが, 所 得 グループの 構 成<br />

国 は 時 系 列 で 変 化 する. ここでは 2005 年 の 世 銀 の 所 得 分 類 で 途 上 国 構 成 を 固 定 .<br />

( 出 所 ) World Bank, World Development Indicators 2007 CD-ROM より 筆 者 作 成 .<br />

表 1-2 には 比 較 的 正 確 な 統 計 のとれる 1965 年 から 2005 年 までの 40 年 間 にお<br />

ける 世 界 とその 各 地 域 の 実 質 所 得 水 準 (2000 年 米 ドル 換 算 の 1 人 当 たり 実 質<br />

GDP 水 準 )の 推 移 を 示 してある. この 40 年 間 に 開 発 途 上 諸 国 の 平 均 所 得 水 準<br />

も 先 進 諸 国 ( 高 所 得 国 )のそれも 2.6 倍 になっている 5 . よって 残 念 ながら 全 体<br />

として, 途 上 国 の 平 均 実 質 所 得 水 準 が 先 進 国 のそれの 20 分 の 1 に 過 ぎないと 言<br />

う 状 況 に 変 わりはない. 途 上 国 世 界 を 地 域 別 に 見 ると, 東 アジア・ 太 平 洋 地 域<br />

の 地 域 平 均 実 質 所 得 水 準 はこの 間 に 9.3 倍 になり(1985 年 からの 20 年 間 では<br />

3.7 倍 ), なかでも 中 国 の 平 均 実 質 所 得 水 準 は 14.5 倍 に(1985 年 からの 20 年<br />

間 では 5 倍 に)なっている. 先 進 諸 国 の 平 均 実 質 所 得 水 準 (1965 年 からの 40<br />

年 間 で 2.6 倍 ) 対 して 相 対 的 なキャッチアップ(>2.6 倍 )を 果 たしているのは,<br />

この 東 アジア・ 太 平 洋 地 域 の 他 にはかろうじて, インド(3.1 倍 )の 比 重 の 大 き<br />

な 南 アジア 地 域 (2.8 倍 )のみである. この 状 況 は, 1985 年 からの 20 年 間 でみ<br />

ても 同 じである. 他 の 地 域 の 平 均 実 質 所 得 水 準 は, 絶 対 所 得 水 準 の 比 較 的 高 い<br />

ラテンアメリカ・カリブ 海 地 域 も 含 めて, 先 進 国 のそれに 対 して 相 対 的 に 低 下<br />

を 続 けており, キャッチアップの 過 程 にないことがわかる.<br />

経 済 成 長 ( 雇 用 拡 大 を 伴 う), 不 平 等 , および( 上 記 のように 所 得 ・ 消 費 水<br />

準 で 判 断 される) 貧 困 の 削 減 との 間 の 関 係 , 所 謂 「 貧 困 の 三 角 形 」については<br />

第 3 節 で 詳 述 するが, これら 2 表 を 対 比 しつつ 眺 めて 見 て 明 らかなのは, 1 人 当<br />

たりの「 平 均 」 所 得 の 伸 びが 大 きな 地 域 ほど, 貧 困 者 比 率 や 貧 困 者 人 口 の 減 少<br />

5 実 質 的 なウェイト 付 けの 問 題 から 世 界 の 平 均 所 得 増 加 倍 率 は 2 倍 となっている.<br />

5


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

........<br />

に 成 功 しているということである. これは 経 済 成 長 の 果 実 が 概 して 平 均 的 には<br />

貧 困 層 に 及 んでいることを 意 味 する. 経 済 成 長 の 貧 困 削 減 への「トリクルダウ<br />

ン 効 果 」は, 社 会 開 発 論 者 がそれが 殆 ど 存 在 しないと 批 判 してきたことに 反 し<br />

て , 確 かに 働 いていることを 開 発 の 歴 史 は 示 しているのである.<br />

..<br />

さて, この 史 実 を 確 認 した 上 で, 開 発 経 済 学 では「 開 発 」の 目 的 をどう 捉 え<br />

ているかに 言 及 しておきたい. 上 述 した Dadley Seers (1969)の 言 説 に 紹 介 され<br />

たように, 経 済 成 長 を 通 して 雇 用 を 拡 大 し( 失 業 者 を 減 少 させ), 所 得 増 大 を<br />

果 たしつつ 貧 困 削 減 を 果 たすのが, 経 済 開 発 の 目 的 である. 第 3 節 で 詳 述 する<br />

が , 経 済 成 長 を 貧 困 削 減 に 効 果 的 につなげるために, 不 平 等 の 減 少 (あるいは<br />

増 加 の 阻 止 )に 同 時 に 取 り 組 まねばならない.<br />

加 えて 20 世 紀 末 ごろからは, 1998 年 にノーベル 経 済 学 賞 を 受 賞 したアマルテ<br />

ィア・セン(Amartya Sen)の 提 唱 した 人 間 の「 潜 在 能 力 (capability)」の 拡 大<br />

を 目 指 すアプローチが 開 発 経 済 学 の 思 想 や「 開 発 」の 目 的 設 定 にも 大 きく 影 響<br />

を 及 ぼしている. 人 間 の 福 祉 (human well-being)や 貧 困 状 態 を 規 定 する 要 素 を<br />

考 えるにあたり, 消 費 できる 財 ・サービスの 量 を 超 えて, それらを 活 用 する 術<br />

としての「 機 能 (functionings)」の 選 択 範 囲 の 広 さとしての「 潜 在 能 力 」に 注<br />

目 する 開 発 思 想 である. 「 潜 在 能 力 」とはまた, 人 が 福 祉 の 増 進 を 果 たすにあ<br />

たっての「 自 由 (freedom)」の 度 合 いであるともいえる 6 .<br />

センはまた『 自 由 と 経 済 開 発 』( 1999; 邦 訳 2000)の 中 で,<br />

潜 在 能 力 思 考 が 貧 困 の 分 析 で 果 たす 役 割 は, 貧 困 と 欠 乏 の 性 質 と 原 因 に 関 す<br />

..<br />

る 理 解 を 向 上 させることである. それは 主 たる 関 心 を 手 段 (それも 通 常 関 心 を<br />

独 り 占 めにする 1 つの 特 定 の 手 段 , すなわち 所 得 )から 人 々が 追 求 したいと 思<br />

..<br />

う 理 由 のある 目 的 , そしてそれに 対 応 して, それらの 目 的 を 満 たすことので<br />

きる 自 由 へと 移 動 させることによる. ( p.90; 邦 訳 p.102)<br />

と 述 べている. また, 雇 用 を 生 む 経 済 成 長 の 重 要 性 に 関 連 して, 失 業 につい<br />

て ,<br />

失 業 が, 所 得 の 喪 失 にとどまらない 広 い 範 囲 の 影 響 を 持 つという 証 拠 はたく<br />

さんある. 失 業 は, 精 神 的 な 傷 を 作 り, 働 く 意 欲 , 技 術 や 自 信 を 喪 失 させ, 病<br />

6 センの 潜 在 能 力 アプローチについての 説 明 は, 現 在 では 開 発 経 済 学 なり 経 済 開 発 の 代 表<br />

的 な 教 科 書 には 全 て 盛 り 込 まれている. 例 えば, Todaro, Michael P. and Smith, Stephen C.<br />

(2009), Economic Development, 10 th ed., Addison Wesley [ 邦 訳 (2003 年 の 第 8 版 の 訳 書 ): ト<br />

ダーロ, マイケル・P およびスミス, ステファン・C (2004), 『トダロとスミスの 開 発 経 済<br />

学 』( 岡 田 靖 夫 監 訳 , OCDI 開 発 経 済 研 究 会 訳 ) 国 際 協 力 出 版 会 ]の 第 1 章 を 参 照 せよ.<br />

6


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

気 や 疾 病 率 ( 乳 幼 児 死 亡 率 でさえ)を 増 加 させ, 家 族 関 係 や 社 会 生 活 を 崩 壊 さ<br />

せ , 社 会 的 阻 害 を 助 長 し, 民 族 間 対 立 やジェンダー 格 差 を 浮 き 上 がらせる.<br />

( p.94; 筆 者 訳 )<br />

と 述 べている.<br />

雇 用 やその 喪 失 を 意 味 する 失 業 の 社 会 的 ・ 人 間 的 インパクト<br />

に 関 するこの 記 述 は, 経 済 活 動 が 人 間 の 社 会 的 活 動 そのものであることを 示 唆<br />

している. 人 の 一 生 を 考 えるとき, 教 育 を 受 け, 仕 事 に 就 き, 家 族 を 支 え 子 孫<br />

を 育 てるという 人 間 的 ・ 社 会 的 活 動 の 実 は 大 きな 部 分 を 経 済 活 動 が 占 めている<br />

ことに 気 づかれる 読 者 も 多 いであろう. 一 部 の 社 会 開 発 論 者 が 1980-90 年 代 か<br />

ら 展 開 してきた「 経 済 開 発 のオールターナティブとしての 社 会 開 発 」 推 奨 論 は,<br />

経 済 開 発 のみに「 開 発 」の 目 的 達 成 を 委 ねるアプローチの 危 うさを 示 すことに<br />

は 成 功 したが, 社 会 開 発 論 の 独 立 した 基 盤 確 立 や, ひいては 社 会 開 発 自 体 の 概<br />

念 整 理 が 未 だ 成 されていないことを 同 時 に 露 呈 しているとは 言 えまいか.<br />

センの 思 想 は, 国 連 開 発 計 画 (UNDP)による「 人 間 開 発 指 数 (human<br />

development index)」の 開 発 と『 人 間 開 発 報 告 書 』( 1990-)の 発 刊 に 多 大 なる 影<br />

響 を 与 え, 「 人 間 開 発 」という 経 済 開 発 や 社 会 開 発 と 並 び 称 せられる 開 発 分 野<br />

の 確 立 につながった 7 .<br />

既 に 1950 年 代 にラグナ-・ヌルクセ(Ragnar Nurkse, 1953)は, 「 貧 困 の 悪 循<br />

環 ( vicious circle of poverty)」 論 を 展 開 し, 「 貧 しい 国 は 貧 しいがゆえに 貧 しい」<br />

と 主 張 したがこれは 決 して 禅 問 答 ではない. 貧 困 層 や 貧 困 国 は 所 得 が 少 ないと<br />

いう 経 済 的 貧 しさ 故 に, 貯 蓄 が 出 来 ず, 故 に 資 金 不 足 から( 持 続 的 な) 経 済 成<br />

長 を 支 えるほどの 投 資 ( 資 本 形 成 )を 賄 えない. 雇 用 や 生 産 も 拡 大 せず, 人 民<br />

の 財 ・サービスの 購 買 力 が 停 滞 して 市 場 規 模 拡 大 や 所 得 増 大 が 実 現 しない. よ<br />

って 人 員 は 貧 しい 状 態 のままであるという 経 済 的 な 悪 循 環 が 形 成 されていると<br />

いうのだ. 同 じ 貧 困 の 悪 循 環 は, 人 間 開 発 の 側 面 においても 存 在 する. 即 ち,<br />

貧 しいが 故 に 教 育 の 機 会 を 得 られず, 人 的 資 本 としての 向 上 が 見 られないため<br />

に 就 労 の 機 会 が 限 られる. あるいは 雇 用 されたとしても 1 人 1 人 の 生 産 性 が 低<br />

いために 獲 得 しうる 所 得 も 低 く, 貧 しさからは 抜 け 出 せない, というものであ<br />

る 8 . 経 済 成 長 理 論 の 基 本 を 学 びたい 読 者 のために, 理 論 コラム(Column 1-1)<br />

7 人 間 の 選 択 肢 を 拡 げる「 人 間 開 発 」の 概 念 整 理 については, ポール・ストリーテン (1999)<br />

を 参 照 せよ,<br />

8 ODA 等 の 開 発 援 助 は, この 貧 しさゆえの 低 貯 蓄 と, 成 長 加 速 に 必 要 とされる 高 投 資 の 間<br />

の 資 金 ギャップを 埋 めるものであり, また, 人 間 開 発 や 技 術 移 転 を 通 して 生 産 性 向 上 を 果<br />

たし, 限 られた 投 資 の 生 産 成 果 を 高 めるものであると 言 える. 外 部 からの 資 金 と 技 術 の 大<br />

7


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

を 用 意 したが, そこでも 労 働 者 1 人 1 人 の 生 産 性 ( 効 率 )の 伸 びが, 1 人 当 たり<br />

所 得 の 永 続 的 増 加 の 鍵 となることが 示 されている. 人 間 開 発 と 経 済 開 発 の 相 互<br />

補 完 関 係 については, 第 4 節 で 更 に 詳 しく 紹 介 する.<br />

これら 開 発 経 済 学 での「 開 発 」の 捉 え 方 や 目 的 設 定 を 踏 まえてくると, 開 発<br />

経 済 学 を 志 すものは, 経 済 開 発 をより 広 い 社 会 ・ 経 済 開 発 (socio-economic<br />

development)のコンテクストの 中 で 位 置 づけつつ 開 発 に 取 り 組 まねばならない<br />

ことがわかる. 即 ち 従 来 の 殻 に 籠 もって 社 会 開 発 や 人 間 開 発 を 対 立 軸 として 捉<br />

えるのでなく, 研 究 や 実 務 の 対 象 拡 大 を 通 してそれらを 理 解 し, 取 り 込 んでい<br />

かねばならないのだ. ここに( 国 際 ) 開 発 学 には 学 際 性 が 要 求 されるという 自 覚<br />

が 醸 成 されることとなる.<br />

次 節 では 開 発 経 済 学 者 が「 途 上 国 の 貧 しい 人 々は 何 故 貧 しいのか」という 問 い<br />

に 答 えて 用 意 してきた「 貧 しさの 理 由 」の 変 遷 を, 開 発 思 想 のパラダイム・シ<br />

フト, およびそれを 支 えた 経 済 開 発 理 論 の 推 移 と 合 わせて 紹 介 したい.<br />

Column 1-1 ソロー・スワン 新 古 典 派 経 済 成 長 理 論 とその 後 の 経 済 成 長 論<br />

2. 開 発 経 済 学 の 歴 史 と「 開 発 思 想 」のパラダイム・シフト<br />

第 2 次 世 界 大 戦 以 降 , 経 済 開 発 の 開 発 思 想 パラダイムは, どのように 形 成 さ<br />

れ , どのような 変 遷 を 辿 り, 21 世 紀 において, 今 後 どこへ 向 かおうとしている<br />

のだろうか. 主 流 派 のみならず 非 主 流 派 の 開 発 理 念 , 基 本 コンセプトが 興 隆 ,<br />

衰 退 する 契 機 となった 出 来 事 などを 交 え, バランスよく 且 つ 動 学 的 (ダイナミ<br />

ック)に 整 理 して, 将 来 展 望 につなげる 必 要 がある.<br />

経 済 開 発 のパラダイムを 支 える 開 発 経 済 学 の 理 論 面 では, 戦 後 , 当 時 の 先 進<br />

国 経 済 用 に 開 発 された 分 析 手 法 を 借 りて 始 められた 開 発 経 済 学 による 開 発 分 析<br />

が , 古 典 派 経 済 学 , 構 造 主 義 経 済 学 , 厚 生 経 済 学 等 に 裏 打 ちされつつ 独 自 の 開<br />

発 経 済 理 論 を 多 く 生 み 出 した 時 代 から, 新 古 典 派 経 済 学 が 再 興 され, これが<br />

国 際 経 済 学 ( 国 際 貿 易 論 と 国 際 金 融 論 ), 財 政 学 , 制 度 経 済 学 , ゲーム 理 論 , 情<br />

報 の 経 済 学 , 内 生 的 経 済 成 長 理 論 等 に 補 完 され, あるいは 取 って 代 わられてい<br />

量 移 入 をもって 貧 困 にあえぐ 開 発 途 上 国 の 経 済 成 長 を 離 陸 させようとする 支 援 アプロー<br />

チは「ビッグ・プッシュ(big push)」と 呼 ばれた.<br />

8


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

く 所 謂 「 開 発 経 済 学 の 興 隆 , 衰 退 , 新 展 開 (rise, decline, and resurgence)」<br />

の 過 程 を 通 じ, 開 発 経 済 学 が 借 り 物 理 論 から 独 自 理 論 構 築 へ, そして 近 代 経 済<br />

学 の 一 複 合 領 域 として, 他 領 域 ・ 新 領 域 を 取 り 込 みつつ 分 析 対 象 を 広 げながら<br />

展 開 されてきたことを 示 し, あわせて「 経 済 開 発 」の 近 未 来 を 俯 瞰 する. 本 節<br />

では, これらを 年 代 別 に 整 理 して 追 っていくという 手 法 で 提 示 したい 9 . ただ<br />

し 読 者 には, 開 発 経 済 学 の 諸 理 論 の 理 解 に 汲 々とするよりもむしろ, 開 発 思<br />

想 ・パラダイムの 大 きな 流 れ 自 体 を 掴 み 取 ることに 努 めて 欲 しい. 読 者 の 理 解<br />

と 概 念 整 理 を 助 けるため, 図 1-1 には 大 まかな( 経 済 ) 開 発 パラダイムの 変 遷<br />

を 図 にして 示 し, 表 1-3 には, 戦 後 世 界 経 済 システムの 変 遷 や 重 要 政 治 経 済 事<br />

象 と, 開 発 パラダイムや「 貧 困 の 理 由 」の 変 遷 との 対 応 表 を 用 意 した.<br />

9 本 節 の 執 筆 に 当 たり 筆 者 は, 経 済 開 発 の 諸 理 論 を 提 唱 する 原 論 文 ・ 原 著 群 に 加 えて, 過<br />

去 の 開 発 経 済 学 の 概 念 整 理 を 行 った 多 くの 書 物 にも 影 響 を 受 けている. 中 でもマイヤー 教<br />

授 の 以 下 の 2 作 には 特 に 整 合 的 な 論 点 整 理 において 影 響 を 受 けた. Meier, Gerald M. and<br />

Stiglitz, Joseph E. (2000), Frontiers of Development Economics: The Future in Perspective,<br />

Oxford University Press [ 邦 訳 :マイヤー, G.M. および スティグリッツ, J.E. (2003), 『 開<br />

発 経 済 学 の 潮 流 ― 将 来 の 展 望 』( 関 本 勘 次 , 近 藤 正 規 , 国 際 協 力 研 究 グループ 訳 )シュプ<br />

リンガー・フェアラーク 東 京 ], および Meier, Gerald M. (2004), Biography of a Subject,<br />

Oxford University Press [ 邦 訳 :マイヤー, G.M. (2006), 『 開 発 経 済 学 概 論 』( 渡 辺 利 夫 , 徳<br />

原 悟 訳 ) 岩 波 書 店 ].<br />

9


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』 「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

図 1-1 ( 経 済 ) 開 発 パラダイムの 変 遷<br />

古 典 派 経 済 学<br />

構 造 主 義 開 発 経 済 学<br />

新 古 典 派 経 済 学 ( 再 興 )<br />

従 属 論<br />

開 発 ミクロ 経 済 学<br />

新 制 度 経 済 学<br />

(NIE)<br />

新 古 典 派 経 済 成 長 論<br />

内 生 的 経 済 成 長 論<br />

( 戦 後 -1960 年 代 )<br />

国 家 開 発 計 画<br />

輸 入 代 替 工 業 化 戦 略<br />

(ISI)<br />

(1970 年 代 -)<br />

輸 出 指 向 工 業 化 戦 略<br />

(1980 年 代 )<br />

構 造 調 整 プログラム<br />

(SAP)<br />

(1990 年 代 )<br />

グッド・ガバナンス<br />

(1990 年 代 末 -)<br />

貧 困 削 減 戦 略 文 書<br />

(PRSP)<br />

(21 世 紀 )<br />

開 発 の 新 政 治 経 済 学<br />

人 間 開 発<br />

(HDI)<br />

ベーシック・ヒューマン・ニーズ<br />

(BHN)<br />

MDGs (-2015)<br />

社 会 資 本<br />

(Social Capital)<br />

政 府 の 役 割<br />

( 市 場 と 政 府 )<br />

グローバリゼーション<br />

( 出 所 ) 筆 者 作 成 .<br />

10


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』 「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

年 代<br />

世 界 政 治 ・ 経 済<br />

システム<br />

開 発 パラダイム 開 発 計 画 と 輸 入 代 替 工 業<br />

化<br />

市 場 , 民 間 セクターの 欠 落<br />

表 1-3 世 界 政 治 ・ 経 済 システムと 開 発 パラダイムの 変 遷 ( 第 2 次 世 界 大 戦 以 降 )<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

第 2 次 世 界 大 戦 終 了 後 1970 年 代 初 頭 1973-74, 1978-80 1980 年 代 初 頭 1980 年 代 末 -1997 1997-20 世 紀 末<br />

(1944.7-)<br />

ブレトンウッズ 体 制 崩 壊 第 1 次 および 第 2 次 石 油 危 機 レーガノミクス (Reaganomics) 混 沌 とした 調 整 過 程<br />

急 速 なグローバリゼーション アジア 金 融 危 機 (1997-)<br />

1) ニクソン・ショック (1971.8.15) 1) 第 4 次 中 東 戦 争 勃 発 ( 強 いアメリカを 目 指 して) 1) プラザ 合 意 (1985.9)<br />

1) US 財 政 規 律 復 活 1) 東 アジアの 奇 跡 の 幻 ?<br />

OPEC 石 油 価 格 引 上 げ 第 40 代 レーガン 大 統 領 (1981.2-) G5 がドルの 追 加 切 下 げに 合 意<br />

アメリカは 通 貨 価 値 維 持 に 失 (1973.10.6; $2.8/barrel to<br />

(\/$: 240 at 1985.8/9,<br />

2) 中 南 米 経 済 の 復 活 2) 経 常 勘 定 危 機 から 資<br />

敗 し 金 ストックの 減 少 に 直 面 .ド $11)<br />

200 at 1985.12, 160 at 1986.12)<br />

本 勘 定 危 機 へ<br />

ルの 金 兌 換 を 停 止 .<br />

ブレトンウッズ 体 制 (BWS)の 確 立<br />

と<br />

グローバリゼーションの 進 展<br />

資 本 原 理 主 義<br />

ハロッド・ドーマー・モデル<br />

構 造 主 義<br />

2 部 門 モデル<br />

1940-60 年 代 1970 年 代 1980 年 代 1990 年 代<br />

連 合 国 代 表 がアメリカNH 州 ブレトンウッズに 集 ま<br />

り. 戦 後 経 済 体 制 構 築 を 協 議<br />

第 3 次 中 東 戦 争 勃 発 (1967.6)<br />

戦 後 の 経 済 復 興 と, 第 2 次 世 界 大 戦 へとつながった<br />

近 隣 窮 乏 化 政 策 ( 保 護 貿 易 . 為 替 切 下 げ 競 争 によ<br />

る 失 業 の 輸 出 )の 再 現 を 防 ぐため.<br />

i) 経 済 復 興 の 資 金 支 援<br />

(IBRD 1945-)<br />

ii) 主 要 国 通 貨 間 の 為 替 レートの 安 定<br />

(IMF 1947-).<br />

iii) 保 護 貿 易 主 義 の 回 避<br />

(GATT 1948-).<br />

の 体 制 作 りを 行 った.<br />

[ 日 本 : IMF & WB, 1952-<br />

GATT, 1955-<br />

OECD, 1964-]<br />

第 1 世 代<br />

農 業 近 代 化<br />

「 人 的 資 本 」の 欠 如<br />

ソロー 成 長 会 計 ・ 経<br />

済 成 長 モデル( 技 術<br />

外 生 )<br />

2) スミソニアン 体 制 (1971.12)<br />

G10 はドルを 切 り 下 げたレベル<br />

での 固 定 相 場 維 持 を 目 指<br />

す.($1=\308, 17% revaluation)<br />

3) 主 要 国 通 貨<br />

為 替 変 動 相 場 制 への 移 行<br />

(1973.2/3)<br />

国 連 人 間 環 境 会 議<br />

(ストックホルム, 1972)<br />

輸 出 指 向 工 業 化 へ<br />

輸 入 代 替 工 業 化 戦 略 の 生 んだ<br />

非 効 率 な 国 営 企 業<br />

国 際 収 支 赤 字 拡 大<br />

「 価 格 (prices)を 正 せ」<br />

「 価 格 歪 曲 の 回 避 」へ<br />

1) 強 い 民 間 企 業 の 育 成<br />

税 率 ↓ → 税 収 ↑ (?)<br />

規 制 緩 和 . 通 貨 供 給 量 の 制 御<br />

2) イラン 革 命 (end of 1978 -<br />

1979.2 -)<br />

OPEC 石 油 価 格 引 上 げ<br />

(1979.6; $14.55/barrel to<br />

2) ルーブル 合 意 (1987.2)<br />

G7で 切 下 げられつつあるドル 為 替<br />

2) 高 金 利 政 策 による 強 いドル 復 活 レート 水 準 の 安 定 を 図 ったが.ドルは 下<br />

落 を 続 けた.<br />

$$23.5)(1980; more than $30) 3) 強 い 軍 事 力 構 築<br />

防 衛 費 . ↑→ 政 府 支 出 ↑ 3) ブラック・マンデー 株 価 暴 落<br />

→ 財 政 赤 字 ↑→ より 高 金 利 (1987.10.19)<br />

4) 湾 岸 戦 争 (1991.1-2)<br />

アメリカの 財 政 赤 字 . 経 常 収 支 赤 字 の 双<br />

4) 2)&3) が 貿 易 赤 字 拡 大 を 生 む 子 の 赤 字 問 題<br />

5) ヨーロッパ 統 合 (1992)<br />

i) 石 油 危 機 により 先 進 国 や<br />

他 資 源 輸 入 国 でスタグフレー<br />

ション(インフレーションと 経<br />

済 低 迷 )が 発 生 .<br />

ii) オイル・ダラーがユーロ・<br />

ダラー 市 場 を 通 じて 開 発 途 上<br />

諸 国 への 貸 付 け 急 増 .<br />

iii) 資 源 ナショナリズム 台 頭 .<br />

iv) NIEO ( 新 国 際 経 済 秩 序 )<br />

宣 言 (UN, 1974).<br />

v) 南 南 協 力 .<br />

保 護 貿 易 主 義 の 台 頭 .<br />

新 古 典 派 経 済 学 の 再 興<br />

「 北 」からベーシック・ヒュー<br />

マン・ニーズ・アプローチ<br />

「 南 」からNIEO( 新 国 際 経 済<br />

秩 序 ) 要 求<br />

「 輸 出 指 向 工 業 化 」と「 第 2の<br />

輸 出 悲 観 論 」<br />

i) アメリカも 石 油 危 機 後 スタグフ<br />

レーションに 苦 しむ.<br />

ii) ユーロ・ダラー 市 場 からの 開 発<br />

途 上 諸 国 の 多 大 な 借 入 れ.および<br />

高 金 利 とドル 高 が 債 務 危 機 を 生<br />

む (1982.8 Mexico -).<br />

第 2 世 代<br />

新 古 典 派 経 済 学 の 再 興<br />

マクロビジョン 形 成 モデルから<br />

技 術 的 なミクロ 分 析 へ<br />

開 発 ミクロ 経 済 学 の 誕 生<br />

i) 1) が 海 外 直 接 投 資 (FDI)の 急 増 を 生<br />

む.<br />

ii) 開 発 途 上 諸 国 は<br />

国 際 収 支 問 題 , 債 務 危 機 に 直 面 .<br />

→ 経 済 安 定 化 (Stabilization)<br />

→ 構 造 調 整<br />

(Structural Adjustments)<br />

貿 易 自 由 化 の 復 活 (1980 年 代 半 ば)<br />

構 造 調 整<br />

「 政 策 (policies)を 正 せ」<br />

開 発 ミクロ 経 済 学 の 興 隆<br />

3) ベルリンの 壁 崩 壊<br />

(1989.11).<br />

ソ 連 邦 崩 壊 (1991.12)と 移 行 経<br />

済 誕 生<br />

市 場 経 済 化 . 世 界 経 済 への 統<br />

合<br />

6) アジア 型 成 長 モデル 台 頭<br />

(『 東 アジアの 奇 跡 』, 1993)<br />

i) 円 の 切 り 上 げ<br />

(1992-1994),<br />

アジアからの 輸 出 の 興 隆 ,<br />

アジアへの FDI の 興 隆 .<br />

ii) メキシコ・ペソ 危 機<br />

(1994.12.20-)<br />

ウルグアイ・ラウンド<br />

(1986-94)<br />

WTO 貿 易 体 制 樹 立<br />

(1995.1.1 -)<br />

地 域 貿 易 協 定 の 興 隆 (1990s<br />

-)<br />

国 連 環 境 開 発 会 議<br />

(リオデジャネイロ, 1992.6)<br />

3) グッド・ガバナンス?<br />

4) 1 国 の 政 策 vs.<br />

グローバルな 政 策<br />

第 2 世 代 から 次 世 代 へ<br />

21 世 紀<br />

不 公 正 かつ 不 安 定 なグローバリ<br />

ゼーション・プロセス?<br />

1) 9.11 同 時 多 発 テロ<br />

(2001.9.11)<br />

2) アフガニスタン 戦 争<br />

(2001.10-)<br />

3) イラク 戦 争<br />

(2003.3-)<br />

i) 実 需 および 投 機 的 資 金 流 入 によ<br />

る 資 源 価 格 高 騰 .<br />

ii) 資 源 ナショナリズム. 資 源 外 交 の<br />

再 台 頭 .<br />

ii) アメリカ サブプライム・ローン 問<br />

題 による 世 界 金 融 市 場 の 混 乱 .<br />

WTOドーハ・ラウンド<br />

( 開 発 ラウンド)<br />

(2001-)<br />

京 都 議 定 書<br />

( 京 都 , 1997.12)<br />

次 世 代<br />

開 発 ガバナンス<br />

「ガバナンス(governance)を 正<br />

せ」<br />

新 制 度 経 済 学<br />

内 生 的 経 済 成 長 理 論<br />

第 2 世 代 から 次 世 代 へ<br />

「 成 長 の 質 」<br />

「 制 度 (institutions)を 正<br />

せ」<br />

次 世 代<br />

「 開 発 の 新 政 治 経 済 学 」 樹 立<br />

多 極 化 と 多 様 化<br />

公 正 な 制 度<br />

グローバリゼーションと<br />

公 平 ・ 公 正 なインセンティブ 構 造<br />

「 新 自 由 主 義 」<br />

社 会 資 本 と 政 府 の 調 整 機 能<br />

貧 困 の 理 由<br />

従 属 論 ( 輸 出 代 替 工 業 化 )<br />

プレビッシュ・シンガー 命 題<br />

開 発 途 上 国 の 農 民 ・ 住 民 ・ 貧 困 層 は 「XXXXXX」 故 に 貧 しい<br />

「 非 合 理 的 である」<br />

「 合 理 的 であるが<br />

資 本 不 足 」<br />

「 人 間 開 発 」と「 人 間 の 安 全 保<br />

障 」<br />

「 政 府 の 過 剰 な 介 入 政 策 の 失 敗 」 「 貧 困 な 政 策 」 「 不 完 全 な 情 報 」 「グッド・ガバナンスの 欠 如 」 「 正 しい 制 度 構 築 欠 如 」<br />

「 貧 困 から 抜 け 出 すインセンティブ<br />

が 公 正 かつ 公 平 に 提 供 されない」<br />

( 出 所 ) 筆 者 作 成<br />

11


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

2.1 1940-1960 年 代 : 開 発 計 画 と 輸 入 代 替 工 業 化 : 開 発 経 済 学 の 勃 興<br />

第 2 次 世 界 大 戦 後 , 植 民 地 支 配 を 脱 して 政 治 的 独 立 を 勝 ち 取 ったアジアやア<br />

フリカ 諸 国 は, 多 くの 制 約 の 中 で, 経 済 的 な 独 立 ・ 自 立 をも 目 指 して 国 家 経 済<br />

開 発 に 取 り 組 むこととなった. 市 場 や 民 間 セクターの 存 在 しない, あるいは 未<br />

熟 な 状 況 下 において, 国 家 の 役 割 は 大 きく, マクロレベルの 開 発 ビジョンを 掲<br />

げた 国 家 開 発 計 画 の 下 に 開 発 が 押 し 進 められた. 当 初 は 概 して 整 合 性 に 乏 しい<br />

粗 雑 な 計 画 も 少 なくなかったが, 「 国 づくり」をはじめるに 当 たり, ビジョン<br />

形 成 は 重 要 な 作 業 項 目 であった 10 . 政 府 主 導 で 資 本 蓄 積 と 経 済 の 構 造 変 革 ( 工<br />

業 化 )を 果 たし, 先 述 したヌルクセの「 貧 困 の 悪 循 環 」を 断 ち 切 って, ロスト<br />

ウの 示 した「 離 陸 」を 果 たそうとした 11 . こうして 1 人 当 たりの 所 得 を 高 めるた<br />

めに, 国 内 総 生 産 (GDP)を 増 加 させねばならないが(すなわち 経 済 成 長 達 成 ),<br />

それには 資 本 蓄 積 が 必 要 とされたことから, 「 資 本 原 理 主 義 (capital<br />

fundamentalism)」が 開 発 の 主 流 理 念 となった 12 .<br />

もともとは 当 時 の 先 進 西 欧 諸 国 において 発 生 する 好 況 と 不 況 ( 失 業 )の 波 が<br />

何 故 起 こるのか, 経 済 の 不 安 定 性 を 分 析 するために 考 案 された, ハロッド・ド<br />

ーマー・モデル(Harrod, 1939; Domar, 1946)が, 所 与 の 技 術 ( 資 本 係 数 )の 下<br />

で 一 定 の 目 標<br />

GDP 成 長 率 を 達 成 するために 必 要 な, 資 本 必 要 量 , 必 要 投 資 率<br />

( 必 要 貯 蓄 率 )を 求 める( 借 り 物 の) 枠 組 みとして 使 用 された 13 .<br />

第 2 次 世 界 大 戦 の 末 期 , 大 戦 につながった 近 隣 窮 乏 化 政 策 ( 為 替 レートの 切<br />

下 げや 輸 入 障 壁 強 化 を 通 した 失 業 の 輸 出 )の 再 現 を 防 ぐために, 連 合 国 が 米 国<br />

ニューハンプシャー 州 の 保 養 地 ブレトン・ウッズに 集 まって 戦 後 の 世 界 経 済 シ<br />

ステム 構 築 を 討 議 した. このブレトン・ウッズ 会 議 (1944.7)によって 設 立 された<br />

10 マハラノビス 等 の 手 による 精 緻 な 経 済 成 長 モデルによって 裏 付 けられていたインドの<br />

5 カ 年 計 画 と, これに 基 づいた 国 営 企 業 を 核 とした 重 工 業 化 は, 当 時 の 開 発 経 済 学 者 達 の<br />

注 目 を 浴 びた.<br />

11 Rostow(1959,1960)の「 経 済 成 長 段 階 説 (stages of economic growth)」では, 経 済 成 長 の<br />

段 階 を, 「 伝 統 社 会 」, 「 移 行 期 ( 離 陸 準 備 期 間 )」 , 「 離 陸 」, 「 成 熟 への 邁 進 」, そして<br />

「 大 量 消 費 社 会 」へと 5 段 階 の 進 行 過 程 として 分 類 した. 経 済 が「 離 陸 」して 工 業 化 して<br />

いくためには, 運 輸 インフラ 等 に 支 えられて 商 取 引 が 生 じて 余 剰 が 生 まれ, これが 貯 蓄 さ<br />

れて 投 資 されるようになり 資 本 蓄 積 が 進 まねばならないとされた.<br />

12 後 述 するが, 開 発 経 済 学 の 歴 史 は, この「 資 本 」の 捉 え 方 の 変 遷 の 歴 史 でもある. 当 初<br />

は 生 産 関 数 の 中 の「 物 理 的 な 資 本 」としてのみ 考 えられていた「 資 本 」がやがて 今 日 に 至<br />

る 過 程 で, 「 人 的 資 本 」, 「 知 識 資 本 」, 「 社 会 資 本 」 等 の 新 概 念 として 捉 えられるよう<br />

になってきたのだ.<br />

13 ハロッド・ドーマー・モデルの 経 済 開 発 モデルとしての 使 用 法 については, 「 参 考 文 献<br />

ガイド」に 紹 介 した 開 発 経 済 学 の 標 準 的 な 教 科 書 を 参 照 せよ.<br />

12


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

のが, 戦 後 の 経 済 復 興 を 資 金 面 で 支 援 する 国 際 復 興 開 発 銀 行 (IBRD, 1945 年 設<br />

立 ), 為 替 レートの 安 定 を 図 る 国 際 通 貨 基 金 (IMF, 1947 年 設 立 ), そして 保 護<br />

貿 易 主 義 を 回 避 する 交 渉 の 場 としての「 関 税 ・ 貿 易 に 関 する 一 般 協 定 」( GATT,<br />

1948 年 設 立 )であった 14 . 米 ドルを 基 軸 通 貨 として IMF を 中 心 とした 国 際 通<br />

貨 体 制 が 構 築 されたが, この 通 貨 体 制 や 設 立 された 諸 機 関 をふくめて, ブレト<br />

ン・ウッズ 体 制 (Bretton Woods System: BWS)と 呼 ばれる. また 米 国 のケネデ<br />

ィ 大 統 領 の 国 連 総 会 に 対 する 提 案 により, 1961 年 から 第 1 次 「 国 連 開 発 の 10 年 」<br />

が 始 まり, これが 第 3 次 まで 続 いた. 開 発 途 上 国 の 長 期 開 発 戦 略 や 先 進 諸 国 の<br />

国 際 開 発 協 力 等 の 目 標 が 設 定 され, これが 後 の, 「ミレニアム 開 発 目 標 (MDGs)」<br />

につながっていった.<br />

国 家 開 発 計 画 と 政 府 主 導 の 開 発 努 力 というこの 時 代 の 開 発 パラダイムの 第 1<br />

の 特 徴 に 加 えて, 今 ひとつの 特 徴 は, 開 発 途 上 国 がこの 国 家 主 導 の 下 に 採 用 し<br />

た「 輸 入 代 替 工 業 化 (Import Substitution Industrialization: ISI) 戦 略 」であった.<br />

そもそも, やっと 旧 宗 主 国 からの 政 治 的 独 立 を 勝 ち 得 たのだから, 経 済 的 にも<br />

旧 宗 主 国 を 中 心 に 諸 外 国 の 影 響 を 断 ちたい, そのためにこれら 諸 国 からの 輸 入<br />

に 頼 らず, 自 らが 必 需 品 を( 輸 入 代 替 として) 生 産 しようとするのは 至 極 当 然<br />

なことであった 15 .<br />

アルバート・ハーシュマン(Albert O. Hirschman)は『 経 済 発 展 の 戦 略 』の<br />

中 で, 国 内 の 多 様 な 産 業 セクターを 同 時 に 開 発 することによって 互 いに 需 要 波<br />

及 効 果 を 生 むという 当 時 の「 均 斉 成 長 論 (balanced growth theory)」に 対 して, 限<br />

られた 資 源 を 他 産 業 への 連 関 効 果 の 高 い 特 定 の(できれば 比 較 優 位 を 有 する)<br />

産 業 に 集 中 投 下 して 産 業 育 成 を 行 うという「 不 均 斉 的 成 長 論 ( unbalanced growth<br />

theory)」を 展 開 したが, ここにおいても( 均 斉 成 長 論 者 と 同 じく), ( 輸 入 代<br />

替 ) 国 内 産 業 育 成 を 目 指 した 輸 入 制 限 の 必 要 性 が 謳 われていた(Hirschman<br />

1958) . 輸 出 競 争 力 の 無 い 段 階 での 産 業 育 成 には, 国 内 需 要 による 下 支 えが 必<br />

14 厳 密 には, ブレトン・ウッズ 会 議 で 提 唱 された 強 力 な 世 界 貿 易 機 関 (ITO)は 実 現 しな<br />

かったが, 代 わりに 貿 易 自 由 化 の 交 渉 の 場 として GATT が 設 立 された. 世 界 貿 易 機 構<br />

( WTO, 1995-)の 設 立 にもつながった 交 渉 ラウンドが 有 名 なウルグアイ・ラウンド( 1986-94)<br />

である. IBRD に , 1960 年 設 立 の 最 貧 国 向 けの 無 利 子 融 資 機 関 である 国 際 開 発 協 会<br />

( International Development Association: IDA)を 合 わせて 世 界 銀 行 (World Bank)と 呼 ぶ . ま<br />

た , その 後 設 立 された 国 際 金 融 公 社 (IFC) , 多 国 間 投 資 保 証 機 関 (MIGA) , 国 際 投 資 紛<br />

争 解 決 センター(ICSID)を 含 めて 世 界 銀 行 グループと 呼 んでいる.<br />

15<br />

輸 入 代 替 工 業 化 戦 略 の 政 治 経 済 学 については, Hirschman, Albert O. (1968),”Political<br />

Economy of Import Substituting Industrialization,” Quarterly Journal of Economics, February を<br />

参 照 せよ. ここでは「ISI 戦 略 」の 失 敗 の 理 由 も 語 られている.<br />

13


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

要 であるが, その 国 内 市 場 規 模 は 輸 入 量 から 類 推 できるとし, この 輸 入 を 規 制<br />

して 国 内 市 場 規 模 を 確 保 せよというのである(ibid. Ch.7) .<br />

国 連 ラテンアメリカ 経 済 委 員 会 (ECLA)の 初 代 委 員 長 を 務 めたラウル・プ<br />

レビッシュ(Raúl Prebisch)は , 世 界 の 中 心 にある 先 進 国 が 工 業 製 品 を 周 辺 にあ<br />

る 途 上 国 に 輸 出 し, 途 上 国 は 価 格 も 安 く 需 要 の 価 格 弾 力 性 も 所 得 弾 力 性 も 低 い<br />

1 次 産 品 の 輸 出 に 限 られる 中 で, 交 易 条 件 ( 輸 出 価 格 と 輸 入 価 格 の 比 率 )の 長<br />

期 的 低 下 が 開 発 途 上 国 の 成 長 の 制 約 条 件 になるとした( Prebisch, 1950) 16 . 投<br />

資 国 と 被 投 資 国 の 間 の 不 公 平 な 利 益 配 分 についてのハンス・シンガー(Hans<br />

Singer)の 論 考 と 合 わせて(Singer, 1950) , 輸 出 悲 観 論 である「プレビッシ<br />

ュ=シンガー 命 題 」が 樹 立 されたが, これが 経 済 開 発 の「 従 属 論 」として 保 護<br />

主 義 に 基 づく 国 家 主 導 の 計 画 された 輸 入 代 替 工 業 化 を 押 し 進 める ECLA( C)<br />

開 発 パラダイムの 下 支 えとなった 17 .<br />

この 時 代 の 開 発 経 済 学 理 論 の 勃 興 についてであるが, ジェラルド・マイヤー<br />

( Gerald M. Meier)が 述 懐 しているように, 初 期 の 開 発 経 済 学 者 は 資 本 蓄 積 ,<br />

人 口 , 技 術 を 重 視 していた 古 典 派 成 長 経 済 学 の 遺 産 を 高 く 評 価 し, 新 古 典 派 経<br />

済 学 とケインズ 経 済 学 の 市 場 ― 価 格 システムの 妥 当 性 には 疑 問 の 目 を 向 けてい<br />

た(マイヤー, 2006, p. 74) . 市 場 ― 価 格 システムそのものが 極 めて 未 熟 であ<br />

り , また, 貧 困 に 喘 ぐ 開 発 途 上 国 の 人 民 が, 先 進 国 の 住 民 と 同 じような( 経 済 的 )<br />

合 理 性 , 即 ち 直 面 するインセンティブ 構 造 や 所 得 ・ 資 源 制 約 の 中 での 効 用 極 大<br />

化 という 新 古 典 派 経 済 学 の 規 範 性 を 有 しているとは 考 えていなかったからだ.<br />

この 経 済 社 会 システムの 基 本 的 , 構 造 的 差 異 が, 「 構 造 主 義 開 発 経 済 学 」の 出<br />

発 点 であった. 輸 入 代 替 工 業 化 戦 略 を 唱 えた 上 述 のプレビッシュも 構 造 主 義<br />

経 済 学 者 (Structuralist)に 属 する. 国 家 の 大 々 的 な 関 与 を( 間 接 的 に) 支 持 した<br />

経 済 理 論 は 厚 生 経 済 学 (Welfare Economics)であったと 言 えるだろう.<br />

16 1948 年 に 国 連 経 済 社 会 理 事 会 傘 下 の 地 域 経 済 委 員 会 として 発 足 した 国 連 ラテンアメリ<br />

カ 経 済 委 員 会 (ECLA)は , 1984 年 に 現 在 の 名 称 である 国 連 ラテンアメリカ・カリブ 経 済 委<br />

員 会 (ECLAC)に 改 称 されている. 事 務 局 はチリの 首 都 サンティアゴに 置 かれている.<br />

17 更 に 内 向 きな 開 発 政 策 を 指 向 する「 従 属 理 論 」というものもあった. これは 開 発 経 済 学<br />

者 の 交 易 条 件 悪 化 に 根 ざした 従 属 回 避 の 保 護 貿 易 論 を 遙 かに 超 え, 「 国 際 資 本 主 義 システ<br />

ムに 巻 き 込 まれた 開 発 途 上 国 が 搾 取 される」という 社 会 学 者 , 政 治 学 者 の 主 張 を 中 心 とす<br />

るものであった. 奇 しくもグローバル 金 融 危 機 に 世 界 が 突 入 した 現 在 , 再 び 聞 かれること<br />

の 多 くなった 言 説 であるが, 開 発 経 済 学 パラダイムの 変 遷 の 中 では 非 主 流 の 言 説 であった<br />

と 言 われている.<br />

この 時 代 , 「プレビッシュ-シンガー 命 題 」への 反 論 を 展 開 したのは, ヤコブ・ヴァイ<br />

ナー(Jacob Viner, 1953)の「 国 際 貿 易 と 経 済 発 展 」 論 やラ・ミント(Hla Myint, 1954-55)<br />

の「 余 剰 はけ 口 」 論 であり, 輸 入 代 替 政 策 を 批 判 しつつ 開 発 途 上 国 にとっての 外 国 貿 易 の<br />

重 要 性 を 説 いた.<br />

14


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

アーサー・ルイス(Arthur W. Lewis)は 開 発 途 上 国 経 済 社 会 構 造 の「2 重 性<br />

( dualism)」すなわち 伝 統 経 済 と 近 代 経 済 の 共 存 , 都 市 と 農 村 , 農 業 と 工 業 な<br />

どの 2 重 構 造 とその 変 革 に 注 目 して 2 部 門 モデル( Dual Sector Model, Two Sector<br />

Model)と 農 村 の「 余 剰 労 働 (surplus labor)」の 動 きに 関 する 論 文 を 発 表 した<br />

( Lewis, 1954). この 2 部 門 モデルは, 借 り 物 ではない 開 発 経 済 学 としての 最<br />

初 の 体 系 化 された 開 発 途 上 国 構 造 変 化 分 析 の 理 論 モデルであった. 産 業 構 造 変<br />

化 や 労 働 移 動 に 留 まらず, 成 長 と 不 平 等 との 関 係 , 農 業 輸 入 自 由 化 や 農 業 にお<br />

ける 生 産 性 向 上 の 役 割 と 影 響 など, 経 済 開 発 に 重 要 な 様 々な 政 策 へ 理 論 的 示 唆<br />

を 提 供 した 18 .<br />

この 時 代 にはまた, ( 近 代 ・ 新 古 典 派 )マクロ 経 済 成 長 理 論 の 祖 といわれる, ロ<br />

バート・ソロー(Robert Solow)の 成 長 モデル, 成 長 会 計 の 原 型 も 構 築 され, 資<br />

本 蓄 積 の 重 要 性 の 上 に, (この 時 点 ではまだ 外 生 的 な) 技 術 進 歩 の 重 要 性 を 確<br />

認 している(Solow, 1956,1957) .<br />

さて, この 時 代 , 貧 困 の 原 因 は 何 であると 考 えられていたかであるが, 先 ず<br />

は 途 上 国 の 構 造 や 住 民 の 行 動 規 範 は 先 進 国 のそれとは 違 うという 構 造 主 義 (2<br />

...<br />

部 門 モデルに 描 かれた 農 村 を 想 起 せよ)に 根 ざして, 先 述 したように,「 開 発 途<br />

..................<br />

上 国 の 農 民 は 非 合 理 的 であるから 貧 しい」と 考 えられた. この 時 代 , 伝 統 的 農<br />

業 社 会 であった 途 上 国 において, 農 民 は 国 民 の 殆 どを 占 めていた. その 後<br />

1960 年 代 に 入 り, 途 上 国 農 村 での 現 地 調 査 (field study)が 進 むと, 農 民 が 賃 金<br />

や 農 産 物 価 格 等 のシグナルを 通 じた 経 済 的 インセンティブに 合 理 的 に 反 応 して<br />

.................<br />

...<br />

いることが 分 かるようになり, 「 開 発 途 上 国 の 農 民 は 合 理 的 であるが,<br />

資 本 が<br />

...........<br />

不 足 しているので 貧 しい」と 考 えるようになった.<br />

こうして 農 業 の 近 代 化 が 行 われ, 農 業 機 械 や 灌 漑 施 設 や 化 学 肥 料 等 も 大 量 導<br />

入 されていったが, 物 理 的 資 本 を 投 入 するだけでは, 農 民 の 貧 困 状 態 が 必 ずし<br />

も 改 善 されないことも 判 明 した. セオドア・シュルツ(Theodre W. Schultz)は,<br />

物 理 的 資 本 の 投 下 後 も, 大 部 分 の 貧 困 国 では, 利 用 可 能 な 資 源 が 実 際 に 利 用 さ<br />

れる 方 法 を 効 率 的 に 機 能 させることによって 初 めて 達 成 されるはずの 経 済 成 長<br />

が 殆 どみられないとし, それは「 人 的 資 本 」の 欠 如 によるものであると 考 えた.<br />

18 この 時 代 に 出 現 した 開 発 理 論 ・アプローチには( 他 にも), リチャード・ネルソン<br />

( Richard R. Nelson)の「 低 均 衡 の 罠 」から 抜 け 出 すためのローゼンシュタイン-ロダン( P.N.<br />

Rosenstein-Rodan)の「ビッグ・プッシュ」とその 後 の「 均 斉 成 長 論 ( balanced growth theory)」<br />

や , ハーベイ・ライベンシュタイン(Harvey Leibenstein)の「 臨 界 最 小 努 力 」, 逆 に 限 ら<br />

れたリソース 制 約 のなかで 先 導 部 門 育 成 を 説 くアルバート・ハーシュマン(Albert O.<br />

Hirschman)の「 不 均 斉 的 成 長 論 (unbalanced growth theory)」 等 がある.<br />

15


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

経 済 成 長 を 実 現 するためには, ( 中 略 ) 再 生 産 可 能 な 財 の 量 を 増 加 させるこ<br />

と , 生 産 の 主 体 としての 国 民 の 質 を 改 善 すること, 生 産 技 能 のレベルを 上 昇<br />

させることである(Schultz, 1956, p372) 19 .<br />

こうして 国 家 計 画 による 国 家 主 導 の 産 業 育 成 が 行 われてきたのであるが,<br />

1960 年 代 の 末 から 1970 年 代 初 頭 にかけて, 絶 対 貧 困 が 減 少 しないこと, 国 内<br />

格 差 が 拡 大 したことなどへの 不 満 が 高 まっていった.<br />

工 業 化 を 目 指 した 工 業<br />

助 成 , 産 業 保 護 の 中 で, 農 業 や 農 村 は 往 々にして 置 き 去 りにされ, 非 効 率 な 国<br />

営 企 業 がのさばり, 国 内 マーケット 規 模 拡 大 がなかなか 進 まず, 輸 入 代 替 工 業<br />

化 戦 略 の 失 敗 が 露 見 する 中 で, 国 際 収 支 赤 字 も 拡 大 を 続 けていた. 国 内 民 間 セ<br />

クターが 育 ってきたこともあり, 賃 金 , 利 子 率 や 外 国 為 替 等 の 価 格 歪 曲 につな<br />

がっていた 政 府 介 入 を 取 り 払 おうとする 機 運 が 高 まった. 「 価 格 の 正 常 化<br />

( Getting Prices Right)」や 少 なくとも「 価 格 歪 曲 の 回 避 (Avoid Getting Prices<br />

Wrong)」が 叫 ばれる 中 で, 開 発 経 済 学 の 分 野 でも, 新 古 典 派 経 済 学 の 再 興<br />

( Resurgence of Neoclassical Economics)が 起 こることとなる.<br />

2.2 1970 年 代 : 輸 出 指 向 工 業 化 : 新 古 典 派 経 済 学 の 再 興 と 国 際 経 済 学<br />

1970 年 代 は, 世 界 経 済 激 動 の 時 代 であった. 1971 年 8 月 の 米 国 のドルと 金 と<br />

の 兌 換 停 止 (ニクソン・ショック)にはじまり, 1973 年 の 2-3 月 までには 主 要<br />

国 通 貨 が 為 替 変 動 相 場 制 に 移 行 し, ブレトン・ウッズ 体 制 が 崩 壊 した. 第 4 次<br />

中 東 戦 争 勃 発 とイラン 革 命 を 契 機 に 世 界 は 2 度 の 石 油 ショックを 経 験 した. 石<br />

油 価 格 引 き 上 げに 成 功 した OPEC 諸 国 の 国 際 社 会 での 発 言 権 は 高 まり, あわせ<br />

て 世 界 で「 資 源 ナショナリズム」の 台 頭 を 見 た. 資 源 保 有 国 の 発 言 権 の 高 まり<br />

を 受 けて「 南 」の 諸 国 は 1974 年 に 国 連 において「 新 国 際 経 済 秩 序 (NIEO)」 樹<br />

立 宣 言 を 勝 ち 取 った 20 . 「 北 」の 諸 国 や 国 際 機 関 は 1970 年 代 前 半 , 「 国 連 開 発<br />

の 10 年 」で 謳 われてきた 資 金 や 技 術 の( 大 量 ) 供 与 によるビッグ・プッシュ<br />

戦 略 が, 貧 困 削 減 へのトリクル・ダウン 効 果 を 限 定 的 にしか 生 まなかったとし<br />

て「ベーシック・ヒューマン・ニーズ(Basic Human Needs: BHN)」の 開 発<br />

19 この 論 文 のタイトルは「 経 済 成 長 促 進 のための 政 府 の 役 割 (The Role of Government in<br />

Promoting Economic Growth)」であったが, 当 時 彼 が, 市 場 を 重 視 する 新 古 典 派 経 済 学 の 牙<br />

城 であるシカゴ 大 学 経 済 学 部 の 学 部 長 であったという 事 実 には 興 味 をそそられる. 人 的 資<br />

本 形 成 においては, 国 家 の 役 割 を 重 視 したのだ.<br />

20 この 宣 言 には, 途 上 国 にとっての 持 続 的 な 交 易 条 件 改 善 の 方 策 , 特 恵 的 関 税 待 遇 , 資 金<br />

移 転 条 件 の 改 善 や 国 際 援 助 の 拡 大 等 が 盛 り 込 まれていた.<br />

16


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

( 援 助 )アプローチを 打 ち 出 した. 1972 年 の ILO 報 告 書 や, 同 時 期 の 世 界 銀 行<br />

総 裁 ロバート・マクナマラの BHN への 戦 略 転 換 の 方 針 発 表 においては, 成 長<br />

の 恩 恵 が 貧 困 層 に 広 く 行 き 渡 るようにと「 成 長 の 成 果 のより 平 等 な 分 配 」が 提<br />

唱 されたが, 「 南 」 側 は. これを 必 ずしも 好 意 的 に 受 け 入 れたわけではなかっ<br />

た .<br />

先 述 した 通 り, 1940-60 年 代 に 支 配 的 であった 輸 入 代 替 工 業 化 戦 略 は 成 功 を<br />

収 めたとは 言 えず, 多 くの 諸 国 で 工 業 化 の 停 滞 や 国 際 収 支 赤 字 の 拡 大 を 招 いた.<br />

1960 年 代 に 目 覚 ましい 経 済 成 長 と 工 業 化 を 遂 げたのは, 日 本 , 韓 国 , 台 湾 , 香<br />

港 , シンガポールといった 東 アジアの( 当 時 の) 新 興 国 群 であり, これらの 諸<br />

国 では 民 間 企 業 が 国 際 競 争 に 打 ち 勝 ちつつ, 成 熟 した 先 進 諸 国 市 場 に 輸 出 攻 勢<br />

をかけてこれが 工 業 化 を 促 進 するという「 輸 出 指 向 工 業 化 (Export–Oriented<br />

Industrialization: EOI) 戦 略 」を 採 っていた. 我 が 国 は, 民 間 企 業 の 輸 出 競 争 力<br />

が 高 まる 中 で, 1960 年 代 前 半 に 意 欲 的 な 輸 入 自 由 化 に 取 組 み, 金 融 面 での 為 替<br />

管 理 も 取 り 除 いていった 21 . こうして 輸 出 指 向 工 業 化 は 1970 年 代 に 入 り, より<br />

多 くの 開 発 途 上 国 に 拡 大 しはじめるが, 石 油 ショックによる 先 進 国 の 輸 入 需 要<br />

低 迷 と 保 護 主 義 的 機 運 の 高 まりと 共 に, 第 2 の 輸 出 悲 観 論 も 展 開 された.<br />

1970 年 代 に 入 り, 開 発 経 済 学 は, 消 費 者 や 生 産 者 という 経 済 主 体 の 最 適 化 行<br />

動 ( 効 用 最 大 化 , 利 潤 最 大 化 )に 基 づく 市 場 の 均 衡 価 格 ( 需 要 と 供 給 を 一 致 さ<br />

せる 価 格 ) 決 定 機 能 やそれによる 生 産 資 源 の 最 適 配 分 機 能 を 重 視 する 新 古 典 派<br />

経 済 学 に 基 を 置 くようになる. 国 家 開 発 戦 略 策 定 などのマクロ・ビジョン 形 成<br />

のモデルから, 関 税 保 護 や 農 業 補 助 金 の 影 響 など, 新 古 典 派 理 論 で 技 術 的 に 分<br />

析 の 可 能 なミクロ 事 象 へ 取 り 組 むようになる. マクロ 政 策 やマクロ 調 整 も, ミ<br />

クロレベルでの 経 済 主 体 へのインセンティブ 提 供 が 正 しく 成 されているかとい<br />

う 視 点 で 吟 味 されることとなっていく. この 流 れは 次 節 で 紹 介 するように, や<br />

がて<br />

1980 年 代 に 向 けて「 構 造 改 革 」や「ミクロ 開 発 経 済 学 (Development<br />

Microeconomics)」の 樹 立 につながっていく.<br />

「 輸 出 指 向 工 業 化 戦 略 」を 理 論 的 に 支 えたのは, 国 際 貿 易 論 であった. 1970<br />

年 代 には, それまで 民 間 資 金 が 大 量 に 流 れ 込 むことの 無 かった 途 上 国 へ,<br />

( 1980 年 代 の 債 務 危 機 につながっていく)オイル・ダラー, ユーロ・ダラーの<br />

21 「 輸 入 代 替 工 業 化 (ISI) 戦 略 」と「 輸 出 指 向 工 業 化 (EOI) 戦 略 」は 完 全 相 互 排 除 の 関<br />

係 にあるのではなく, 実 は 主 たる 戦 略 の 変 化 の 中 で 共 存 していることが 多 い. 我 が 国 の<br />

1960 年 代 の 開 発 戦 略 (やその 後 の 韓 国 の 開 発 戦 略 )を,「 輸 出 指 向 の ISI」であるとか「 輸<br />

出 化 を 意 識 した ISI」と 称 する 経 済 学 者 も 多 い 所 以 である.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

流 入 という 金 融 フローを 生 んだ. これらの 資 金 フローの 分 析 には, 国 際 金 融 論<br />

が 使 用 された. この 時 代 より, 開 発 経 済 学 者 の 多 くはまた, 国 際 経 済 学 者 とい<br />

う 肩 書 きを 合 わせ 持 つようになる 22 .<br />

... ...<br />

貧 困 の 理 由 については, 1960 年 代 末 から 1970 年 代 を 通 して, 「 貧 困 は政 府 の<br />

........................<br />

過 剰 な 介 入 政 策 の 失 敗 の 結 果 生 み 出 され 増 幅 している」とされた. 政 府 介 入 を<br />

廃 して「 価 格 の 正 常 化 (Getting Prices Right)」を 進 める 事 が 重 要 とされた.<br />

2.3 1980 年 代 : 構 造 調 整 : 開 発 ミクロ 経 済 学 の 勃 興 と 財 政 学<br />

1982 年 の 債 務 危 機 勃 発 と, これに 対 する 国 際 機 関 の 救 済 措 置 に 伴 う 構 造 調 整<br />

政 策 が 1980 年 代 の 経 済 開 発 あるいは 援 助 アプローチの 特 徴 である. 多 くのラ<br />

テンアメリカやアフリカ 諸 国 は, 1970 年 代 のオイル・ダラーの 還 流 借 入 れを, 有<br />

効 な 輸 出 の 伸 びによる 外 貨 獲 得 をもって 返 済 することが 出 来 なかった. 借 入<br />

資 金 が 投 資 に 回 されて 生 産 能 力 や 輸 出 競 争 力 の 伸 びにつながらなかったのは,<br />

そうならないような 欠 陥 構 造 が 途 上 国 に 存 在 していたからであると 考 えられ,<br />

貿 易 の 自 由 化 や 国 内 規 制 緩 和 , 政 府 介 入 の 排 除 が IMF や 世 界 銀 行 によって 要 求<br />

されていった 23 . 構 造 改 革 によって, 途 上 国 の 経 済 構 造 や 政 府 介 入 の 構 造 を 出<br />

来 るだけ 先 進 諸 国 のそれに 近 づけようとしたのだ. これらの 要 求 項 目 は, いわ<br />

ゆるワシントン・コンセンサスと 後 に 呼 ばれるものを 体 現 していた 24 . 国 際 収 支<br />

の 赤 字 穴 埋 めができなくなると 所 謂 , 国 際 収 支 危 機 (BOP crisis)が 発 生 し, IMF<br />

の 救 済 パッケージに 頼 ることになるのだが, 国 際 収 支 の 赤 字 は 民 間 セクターの<br />

赤 字 と 政 府 の 赤 字 である 財 政 赤 字 から 形 成 される. ラテンアメリカ 諸 国 はこの<br />

財 政 赤 字 も 大 きかったので, 税 収 拡 大 や 政 府 支 出 の 削 減 という 財 政 管 理 を 行 う<br />

ことになった. ここで 開 発 経 済 学 は 財 政 学 を 強 く 必 要 とすることとなった.<br />

混 沌 とした 調 整 過 程 が 続 いた 1980 年 代 であるが, ガット・ウルグアイ・ラウ<br />

22<br />

日 本 では 1960 年 代 には 未 だ 開 発 経 済 学 者 や 国 際 開 発 学 者 が 出 現 しておらず, むしろ,<br />

国 際 経 済 学 者 (や 地 域 研 究 者 )が 開 発 の 議 論 に 参 加 していったといえる.<br />

23 通 常 , 借 款 によるプロジェクト 援 助 等 はそれからの 将 来 的 な 獲 得 便 益 ・ 収 入 から 返 済 が<br />

なされるが, IMF の「 構 造 調 整 ファシリティ(SAF)」や 世 界 銀 行 の「 構 造 調 整 融 資 (SAL)」<br />

等 のプログラム 融 資 は, 赤 字 の 穴 埋 めに 使 われる( 輸 入 代 金 の 立 て 替 えと 考 えても 良 い)<br />

ので, それ 自 体 が 将 来 の 何 らかの 新 たな 収 入 を 担 保 に 融 資 できるわけではない. そこで, 1<br />

国 の 経 済 や 政 府 部 門 の 構 造 改 革 を 条 件 (コンディショナリティ)として 付 けて, 国 家 の 外<br />

貨 獲 得 能 力 を 増 すことにより, 将 来 の 弁 済 能 力 を 増 すという 手 法 をとったのだ.<br />

24 ワシントン・コンセンサスは 後 に 10 項 目 に 整 理 されて 提 示 されたため, 「モーゼの 十<br />

戒 」のごとく( 国 際 機 関 によって 開 発 途 上 国 に 押 しつけられ) 使 われたとされている.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

ンド(1986-94)の 開 始 と 進 展 という 明 るい 話 題 もあった. 途 上 国 の 経 済 構 造 は<br />

構 造 改 革 で 自 由 化 し, 世 界 貿 易 システムは GATT 交 渉 で 自 由 化 をすすめるとい<br />

う , グローバリゼーションと 市 場 原 理 主 義 が 拡 張 しはじめた 時 代 であった.<br />

アルバート・ハーシュマン(Albert O. Hirshman)は 1980 年 代 初 頭 に「 開 発 経<br />

済 学 の 勃 興 と 衰 退 」という 論 文 を 発 表 した(Hirshman, 1981). 1960 年 代 末 から<br />

1980 年 代 初 頭 にかけての, それまで 興 隆 を 続 けた( 古 典 派 経 済 学 の 遺 産 を 多 用<br />

した) 構 造 主 義 ベースの 開 発 経 済 学 の 衰 退 をハーシュマンは「 衰 退 」と 呼 んだ.<br />

ここで 語 られた 開 発 経 済 理 論 ・ 思 想 の 分 類 学 に 端 を 発 し, 我 が 国 の 開 発 経 済 学<br />

者 の 中 には, 構 造 主 義 開 発 経 済 学 がこの 時 期 に, 新 古 典 派 ( 開 発 ) 経 済 学 , 改 良<br />

主 義 開 発 経 済 学 , および 新 マルクス 的 開 発 経 済 学 の3つに 枝 分 かれしたとまと<br />

める 者 もいる. ここで 改 良 主 義 は, 先 述 したベーシック・ヒューマン・ニーズ・<br />

アプローチにつながった「 成 長 の 果 実 の 分 配 ( 所 得 分 配 )」を 重 要 視 する 考 え 方<br />

と 理 解 すればよい. 新 マルクス 的 開 発 経 済 学 は, これも 先 述 した 経 済 的 な( 新 )<br />

「 従 属 論 」を 指 している. ただし 賢 明 な 読 者 は, すでにこの 分 類 論 が 少 し 暴 力<br />

的 であることに 気 づかれるであろう. 開 発 思 想 は 併 存 しながら 互 いに 影 響 し 合<br />

って 進 化 していくものであるのだから.<br />

社 会 学 者 の 中 には, この 論 文 を 引 用 して, 「 1970 年 代 末 から 1980 年 代 初 頭<br />

には 開 発 経 済 学 は 死 んだのであり, 経 済 開 発 のオールターナティブとして 社 会<br />

開 発 があるのだ」と 主 張 する 者 もある. 確 かにハーシュマンは, この 論 考 の 最<br />

後 に, 経 済 のみによって 開 発 の 目 的 が 達 せられるのでは 無 いことに 言 及 し,<br />

その 意 味 で, 経 済 成 長 によって(のみ) 開 発 達 成 をめざした 従 来 のオーソドッ<br />

クスな 開 発 経 済 学 は( 完 全 には) 復 権 することはないだろうとした. ただし, こ<br />

れは 経 済 学 が, 多 くの 開 発 途 上 国 が( 経 済 ) 開 発 に 取 り 組 む 際 の 政 治 ・ 社 会 環<br />

境 を 含 めた 周 辺 環 境 への 洞 察 , およびそれらを 扱 う 学 問 と 協 働 することの 必 要<br />

性 を 示 唆 したものである.<br />

この 時 代 , 開 発 思 想 と 開 発 理 論 の 主 流 は, 紛 れもなく( 再 興 した) 新 古 典 派<br />

経 済 学 にあった 25 . 1940-60 年 代 の, 先 進 国 と 途 上 国 は 構 造 的 に 違 うという 構 造<br />

主 義 開 発 経 済 学 の 流 れが, 途 上 国 の 民 も, 先 進 国 の 民 と 同 じようにインセンテ<br />

25 ハーシュマンは, この 流 れを「 経 済 開 発 政 策 が 効 率 の 改 善 という 技 術 的 な 作 業 に 格 下 げ<br />

された」(1981, p.21)と 嘆 いたが, 筆 者 はむしろ, 開 発 経 済 学 や 経 済 開 発 政 策 は, 貧 困 削 減<br />

を 目 指 し 多 種 多 様 な 理 論 フレームワークを 必 要 に 応 じて 組 み 立 てていく 経 済 学 ・ 開 発 政 策<br />

であると 考 えている. 良 い 開 発 経 済 学 者 には, 柔 軟 性 , 適 応 性 と 学 際 的 取 組 みへの 理 解<br />

が 要 求 されるのではないだろうか.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

ィブと 与 えられた 情 報 にそって 合 理 的 に( 最 適 ) 行 動 するので, 先 進 国 に 適 用<br />

されてきた 経 済 理 論 を 適 宜 取 り 入 れ 組 み 合 わせて 経 済 開 発 にあたるという 新 古<br />

典 派 を 基 調 とした( 開 発 ) 経 済 学 に 取 って 代 わられたということである.<br />

構 造 改 革 を 支 えたのは 新 古 典 派 経 済 学 であることは 周 知 の 事 実 だが, ゲーム<br />

理 論 を 用 いた 制 度 の 経 済 学 や, 新 制 度 経 済 学 (New Institutional Economics:<br />

NIE)の 果 たした 役 割 も 見 逃 せない. 新 制 度 経 済 学 については 1980 年 代 の 構 造<br />

改 革 よりも 1990 年 代 の( 開 発 )ガバナンス 論 に 与 えた 影 響 の 方 が 大 きいので, 次<br />

節 で 概 説 することとする.<br />

構 造 調 整 政 策 のもとで 自 由 化 や, 規 制 緩 和 , 財 政 改 革 ( 補 助 金 改 革 , 収 入 改 革<br />

等 ) が 行 われるに 当 たり, 貧 困 の 理 由 については 以 下 のように 語 られていた.<br />

..................................<br />

「 開 発 途 上 国 は 貧 困 の 悪 循 環 のために 貧 困 なのでなく 貧 困 な 政 策 故 に 貧 困 状 況<br />

.....<br />

にあるのだ」と. そして「 政 策 を 正 せ(Getting Policies Right)」と.<br />

2.4 1990 年 代 : 開 発 ガバナンス: 新 制 度 経 済 学 と 内 生 的 経 済 成 長 理 論<br />

26<br />

1990 年 代 は 冷 戦 の 終 結 と, グローバリゼーションの 伸 展 , 市 場 ( 原 理 ) 主 義<br />

と 民 主 主 義 からなる「 新 自 由 主 義 」の 世 界 への 拡 散 を 米 国 が 目 指 した 時 代 であ<br />

った. 世 界 貿 易 機 構 (WTO) が 1995 年 の 初 頭 に 設 立 されている. 1993 年 に 世<br />

界 銀 行 が 出 版 した『 東 アジアの 奇 跡 』は 世 界 中 で 大 きな 反 響 を 呼 び, 所 謂 「 東<br />

アジア 型 開 発 モデル」の 南 アジア, アフリカ, 東 欧 等 への 導 入 伝 播 の 議 論 を 喚<br />

起 した 27 . 高 貯 蓄 ・ 高 投 資 を 支 える 経 済 制 度 ・ 環 境 , 介 入 の 度 合 いに 差 はあれ<br />

ど 一 般 に 良 好 な 政 府 と 市 場 の 関 係 , および 教 育 を 通 じた 人 的 資 源 の 継 続 的 な 育<br />

成 といった 経 済 成 長 のファンダメンタルズ( 基 礎 要 件 )の 東 アジア 諸 国 に 於 け<br />

る 充 実 ぶりが 紹 介 された. 加 えて, 貿 易 自 由 化 , 外 資 導 入 等 を 通 じた 輸 出 振 興<br />

策 , 即 ちグローバル 経 済 との 積 極 的 な 統 合 を 指 向 した 開 発 戦 略 の 成 功 と, 他 開<br />

発 途 上 国 地 域 への 適 用 が 謳 われた. 日 本 , 4 匹 の 虎 ( 香 港 , 韓 国 , シンガポール,<br />

台 湾 )およびアジア 新 興 工 業 国 群 (インドネシア, マレーシア, タイ)の 8 つ<br />

の 高 成 長 アジア 諸 国 (HPAE)の 成 長 神 話 から 導 き 出 されたこのグローバル 経 済<br />

26 開 発 経 済 学 におけるガバナンス 論 の 詳 細 については, 第 II 部 「 課 題 クラスター2:ガバ<br />

ナンス」の 第 C2-3 節 を 参 照 せよ.<br />

27 World Bank (1993), The East Asian Miracle: Economic Growth and Public Policy, Oxford<br />

University Press [ 邦 訳 : 世 界 銀 行 (1994), 『 東 アジアの 奇 跡 ― 経 済 成 長 と 政 府 の 役 割 』( 白<br />

鳥 正 喜 監 訳 ) 東 洋 経 済 新 報 社 ]. 本 書 は 最 終 章 「 変 化 する 世 界 に 於 ける 政 策 とパラダイム」<br />

において 輸 出 振 興 を 核 とする 開 放 開 発 戦 略 の 伝 播 を 標 榜 している.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

との 統 合 による 高 度 経 済 成 長 の 実 現 という 処 方 箋 は, 1978 年 以 降 「 改 革 開 放 」<br />

を 通 して 高 成 長 を 続 ける 中 国 , 1986 年 以 降 「ドイモイ」のもとでの 改 革 開 放 路<br />

線 , 市 場 経 済 化 で 高 度 経 済 成 長 を 記 録 するベトナム, 1991 年 以 降 世 界 銀 行 ・IMF<br />

の 経 済 安 定 化 ・ 構 造 調 整 路 線 を 踏 襲 した「LPG (Liberalization, Privatization and<br />

Globalization)」モデルを 経 済 成 長 戦 略 の 中 心 に 据 え, 高 成 長 で 世 界 の 耳 目 を 集<br />

めるインド 等 で 実 行 されてきた.<br />

また, 世 界 銀 行 は『 東 アジアの 奇 跡 』において, 新 古 典 派 経 済 学 の 自 由 主 義<br />

に 根 ざした「マーケット・フレンドリー・アプローチ」を 妨 げない「 機 能 的 ア<br />

プローチ」という 日 本 , 韓 国 , 台 湾 などの 諸 国 で 成 功 を 収 めた 政 府 介 入 モデル<br />

を 認 めている. 「 市 場 競 争 」よりも 効 率 的 かつ 公 平 な「 仮 想 競 争 市 場 (コンテ<br />

スタブル・マーケット)」を 維 持 した 政 府 介 入 の「 制 度 」とそれを 支 える「 制 度<br />

能 力 」に 一 定 の 評 価 を 下 したことは, 制 度 経 済 学 の 発 展 と 共 に「 政 府 の 役 割 」<br />

が 再 考 されるきっかけとなった.<br />

1980 年 代 末 から 1990 年 代 前 半 にかけて, 1980 年 代 の 構 造 調 整 政 策 の 成 否 に<br />

ついての 評 価 が 行 われた. 確 かに 韓 国 やタイなどでは( 広 い 意 味 ではその 後 の<br />

中 国 , ベトナム, インドでも) 構 造 改 革 は 成 功 したと 考 えられているが, 大 半 の<br />

開 発 途 上 国 , 特 にサハラ 以 南 アフリカではそれが 見 るべき 成 果 を 上 げなかった<br />

28 . 構 造 調 整 政 策 への 批 判 は, それが 社 会 的 弱 者 に 過 度 の 改 革 の 痛 みを 強 いる<br />

という 事 実 に 集 中 していると 良 く 言 われているが, 今 ひとつの 批 判 は 実 はアフ<br />

リカの 施 政 者 から 1989 年 に 提 示 されたガバナンスの 欠 如 に 関 するものであっ<br />

................................<br />

た . 「 開 発 途 上 国 は 貧 困 の 悪 循 環 のために 貧 困 なのでなく 貧 困 な 政 策 故 に 貧 困<br />

.......<br />

状 況 にあるのだ」としても, 「 健 全 な 政 策 処 方 箋 」そのものが 経 済 成 長 なり 貧<br />

困 削 減 を 生 み 出 すわけではない. 改 革 目 標 ・ 開 発 目 標 の 達 成 には 政 策 を 適 切 に<br />

実 行 に 移 す 強 いリーダーシップや 良 好 な 開 発 マネジメント( 能 力 )としての「グ<br />

ッド・ガバナンス」が 必 要 であり, アフリカにはそれが 欠 如 しているというも<br />

..........<br />

....<br />

のであった. ワシントンの 国 際 機 関 はすぐに「 開 発 途 上 国 の 貧 困 は,<br />

政 策 処 方<br />

28 筆 者 は 国 際 連 合 本 部 勤 務 時 代 , アフリカ 東 部 諸 国 が 共 同 で 実 施 し, 国 連 アフリカ 経 済<br />

委 員 会 (ECA)が 事 務 局 となった『アフリカ 独 自 の 構 造 改 革 プログラム(African Alternative<br />

Framework for Structural Adjustment Program: AAF-SAP)』プロジェクトに 一 員 として 参 加 し,<br />

アフリカの 研 究 者 と 共 に IMF・ 世 界 銀 行 のアフリカにおける 構 造 調 整 政 策 を 批 判 し, 代 替<br />

案 を 提 示 したことがある. アフリカの 人 々は, 例 え 構 造 改 革 が 成 功 すれば 強 い 経 済 が 出 現<br />

するとしても, それに 至 る 過 程 で 弱 者 が 切 り 捨 てられたり, アフリカ 文 化 が 踏 みにじられ<br />

たり, 社 会 的 に 許 容 できない 効 果 が( 途 中 ) 出 現 することは 望 ましくないと 考 えていた.<br />

世 界 銀 行 も 1994 年 に 発 刊 された 報 告 書 Adjustment in Africa でアフリカでの 構 造 調 整 政 策<br />

が 概 して 成 功 とは 言 えなかったことを 認 めている.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

...........<br />

.............<br />

...........<br />

箋 が 悪 いのではなくて,<br />

その 実 行 マネジメント 能 力 , グッド・ガバナンスを 欠<br />

.........<br />

いているからである」として, 「ガバナンスを 正 せ(Getting Governance Right)」<br />

と 唱 えはじめた. アジアの 成 功 国 においてさえ, 1997 年 に 勃 発 した「アジア 金<br />

融 危 機 」 以 降 , ガバナンスの 欠 如 が 指 摘 された.<br />

国 連 開 発 計 画 (UNDP)はその『 人 間 開 発 報 告 』において, 「 人 間 開 発 」( 1990)<br />

や「 人 間 の 安 全 保 障 」( 1994)の 概 念 を 押 し 出 して, ( 経 済 ) 開 発 の 領 域 をも 押<br />

し 広 げようとしていたが, IMF や 世 界 銀 行 が 提 唱 していた「 健 全 なる 開 発 マネ<br />

ジメント(sound development management)」としてのグッド・ガバナンスの 領<br />

域 を, 「 参 加 」や「 平 等 」 等 の 要 素 を 加 えて 経 済 以 外 の 領 域 にまで 拡 大 した(UNDP,<br />

1997).<br />

IMF, 世 界 銀 行 の「ガバナンスを 正 せ(Getting Governance Right)」を 理 論 的<br />

に 下 支 えしているのは, 新 制 度 経 済 学 (New Institutional Economics: NIE)<br />

である. 新 制 度 経 済 学 の 主 張 は 大 まかには 2 つにまとめられる. すなわち,<br />

1) 制 度 が 経 済 パフォーマンスを 規 定 する. および,<br />

2) 制 度 は(インセンティブ 構 造 )のミクロ 経 済 学 で 分 析 可 能 である.<br />

これは 正 しく, 制 度 経 済 学 と(1980 年 代 の 構 造 調 整 を 理 論 的 に 支 えた) 新 古 典<br />

派 経 済 学 の 融 合 を 意 味 しており, ブレトン・ウッズ 国 際 機 関 にとっては 大 変 都<br />

合 の 良 いものでもあった. 今 少 し 説 明 をすると, この 新 しい 制 度 の 経 済 学 は,<br />

1 取 引 費 用 の 減 少 と 2 情 報 フローの 容 易 化 と 徹 底 を 標 榜 するものである.<br />

ここでは 公 的 部 門 ( 政 府 )の 役 割 は, 所 有 権 の 確 立 とともに, 取 引 費 用 を 減 少 さ<br />

せ 情 報 のフローを 助 ける「 調 整 機 能 」にあるとされ, ここにグッド・ガバナン<br />

ス 論 の 根 源 がある.<br />

1980 年 代 にはいって 第 2 世 代 の 開 発 経 済 学 者 たちによって 興 された「 開 発 の<br />

ミクロ 経 済 学 」は, この 新 制 度 経 済 学 に 関 して, 不 完 全 でコストのかかる 情 報 ,<br />

不 完 全 な 市 場 , リスクの 存 在 , 取 引 費 用 に 関 する 問 題 等 の 分 析 に 取 り 組 むよう<br />

になった. これらを 応 用 すると, 途 上 国 農 業 に 広 範 に 見 られる 小 作 制 度 の 有 用<br />

性 や, マイクロファイナンスの 制 度 的 優 位 性 を 示 すことも 出 来 るようになった.<br />

開 発 途 上 国 にはその 開 発 途 上 国 に 合 った 制 度 が 育 っていてそれを 有 効 活 用 する<br />

という 機 運 , 「 土 着 の 制 度 を 最 大 限 に 活 用 せよ(making the most of local<br />

institutions)」との 考 えも, これによって 理 論 的 に 支 持 されることとなる.<br />

......................<br />

貧 困 の 理 由 については, 「 開 発 途 上 国 の 農 民 は 合 理 的 であるけれども 不 完 全<br />

22


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

............<br />

な 情 報 故 に 貧 困 状 況 にある」と 言 ったところか 29 . これを 含 めて「 制 度 を 正 せ<br />

( Getting Institutions Right)」が 開 発 のスローガンとなった.<br />

マクロ 経 済 成 長 論 の 発 展 過 程 においては, 1980 年 代 半 ばから 多 くの 新 しい 経<br />

済 成 長 理 論 が 開 発 されてきているが, その 内 の 幾 つかは「 内 生 的 経 済 成 長 理 論<br />

( endogenous growth theories)」として 括 ることが 出 来 る. これは, かつてソロ<br />

ーが 新 古 典 派 の 経 済 成 長 モデルにおいて 技 術 進 歩 を 重 要 としつつも 外 生 的 に 扱<br />

っていたのを, 内 生 的 に 扱 おうとしたものである. こうすることによって 経 済<br />

政 策 , 開 発 政 策 が 長 期 の 1 人 当 たり 所 得 の 成 長 率 に 及 ぼす 影 響 を 理 論 的 に 解 明<br />

することができる. 概 説 すれば, 経 済 学 でいうところの「 規 模 の 経 済 」や「 外<br />

部 性 」を 取 り 込 んだ 内 生 的 成 長 理 論 は, 皆 が 一 緒 に 技 術 やアイデアに 投 資 する<br />

と , それが 互 いに 正 の 効 果 を 及 ぼし 合 い( 外 部 性 ), 総 体 としての 規 模 の 大 き<br />

さのメリットも 享 受 できる( 規 模 の 経 済 )ので 経 済 は 物 理 的 制 約 条 件 を 超 えて<br />

成 長 するというものである. よって, 皆 が 他 の 人 の 投 資 にただ 乗 りしようと<br />

して, 結 局 投 資 が 行 われないという 事 態 をさけるために, 政 府 の 調 整 機 能 が 重<br />

要 視 されることとなる 30 .<br />

1990 年 代 末 から 21 世 紀 への 転 換 点 における 援 助 アプローチの 変 遷 としては,<br />

1999 年 に 当 時 の 世 界 銀 行 総 裁 であったジェームズ・ウルフェンソンが 提 唱 した<br />

「 包 括 的 開 発 フレームワーク(CDF)」と「 貧 困 削 減 戦 略 書 (PRSP)」を 挙 げて<br />

おかねばならない. CDF は 包 括 的 な 貧 困 削 減 努 力 をマトリックス 形 状 にまとめ<br />

たもので, ガバナンス, 教 育 , インフラ 等 の 14 の 取 組 み 項 目 と, 途 上 国 政 府 ,<br />

援 助 供 与 国 政 府 , 市 民 社 会 , 民 間 セクターの 4 つの 活 動 主 体 の 14x4 のマトリッ<br />

クスで 貧 困 削 減 のための 諸 政 策 ・プロジェクトを 協 調 して 展 開 しようとするも<br />

のであった. これは 後 の「 援 助 協 調 」の 議 論 にもつながっていった.<br />

PRSP の 目 的 は, 同 じく 1999 年 のケルン・サミットで 決 定 された 重 債 務 貧 困<br />

国 の 債 務 免 除 (HIPC initiative)に 合 わせて, 債 務 支 払 いに 充 てられるはずであ<br />

った 政 府 財 政 資 金 を, 免 除 を 受 けた 途 上 国 が 貧 困 削 減 のために 有 効 に 活 用 する<br />

ように 仕 向 けるために, 債 務 免 除 の 条 件 として 国 際 開 発 コミュニティーが 求 め<br />

29 実 際 インドのある 村 において, 村 人 の 生 産 する 穀 物 の, 都 市 穀 物 市 場 価 格 がオンライ<br />

ンで 提 供 されたとたん, 仲 介 人 との 価 格 交 渉 に 変 化 が 現 れ, 村 民 の 平 均 所 得 が 40%も 向 上<br />

したという 事 例 が, 情 報 化 を 進 めるインドで 報 告 されたりしている.<br />

30 内 生 的 経 済 成 長 理 論 の 代 表 的 な 論 文 として, Romer, Paul M. (1986), "Increasing Returns<br />

and Long-run Growth," Journal of Political Economy , 94 (October), pp.1002-37, Romer, Paul<br />

M. (1990), "Endogenous Technological Change," Journal of Political Economy, 98 (October),<br />

pp.71-102 を 挙 げておく.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

たものであり, PRSP は IMF・ 世 界 銀 行 の 承 認 を 得 ることが 条 件 化 された. CDF<br />

と PRSP は 連 動 しているので, その 作 成 や 実 施 には 国 内 の 各 主 体 ( 政 府 , 市 民 社<br />

会 , 民 間 セクター)の 参 加 も 必 須 とされており, これを 用 意 する 途 上 国 政 府 に<br />

は 多 大 なる 作 成 負 担 がかかることとなり, 実 行 のキャパシティに 疑 問 符 がつく<br />

こともある 31 .<br />

2.5 21 世 紀 : 多 極 化 と 多 様 化 : 開 発 の 新 政 治 経 済 学 ?<br />

21 世 紀 に 入 り, 開 発 経 済 学 の 領 域 は 膨 張 を 続 け, 開 発 パラダイムは 政 治 , 経<br />

済 , 文 化 ・ 社 会 の 融 合 を 基 に 展 開 されるようになってきている. PRSP の 次 は 何<br />

か 斬 新 な, 政 治 ・ 経 済 ・ 文 化 の 融 合 に 支 えられた 開 発 の 新 政 治 経 済 学 が 必 要 と<br />

されるのではないだろうか.<br />

米 国 型 金 融 モデルが 崩 壊 した 今 , 米 国 一 極 集 中 型 の 世 界 経 済 システム, 新 古<br />

典 派 経 済 学 に 裏 打 ちされた 自 由 市 場 原 理 主 義 と 民 主 主 義 の 合 体 した「 新 自 由 主<br />

義 」の 拡 散 に 根 ざしたアメリカナイゼーションとしてのグローバリゼーション<br />

は , 間 違 いなく 大 きな 転 換 点 を 迎 えようとしている. 今 後 , 多 極 化 していくグ<br />

ローバル 社 会 は, 政 府 の 役 割 を 再 認 識 し, 国 際 通 貨 ・ 金 融 制 度 を 含 めて 多 種 多<br />

様 な 制 度 ・システムの 構 築 ・ 再 構 築 を 迫 られることになるだろう.<br />

「 貧 困 」は, 「 公 正 」な 競 争 の 結 果 として 生 じているものと 言 うよりは, む<br />

しろ「 公 正 」な 競 争 を 妨 げる 制 度 , 政 治 構 造 , 文 化 ・ 社 会 構 造 の 存 在 の 帰 結 で<br />

ある 場 合 が 多 い. 今 後 , 冷 戦 後 の 米 国 一 極 体 制 が 崩 壊 し, 多 極 化 する 世 界 に 新<br />

たなグローバルシステム・ 制 度 構 築 が 求 められる 中 , 「 公 正 」な 開 発 を 実 現 す<br />

る 制 度 の 構 築 , 異 文 化 尊 重 の 原 理 に 根 ざした 文 化 ・ 制 度 の 多 様 性 の 維 持 と 共 生<br />

を 可 能 とする「 開 発 と 制 度 」を 指 向 した 取 組 み, すなわち, 開 発 の「 新 政 治 経<br />

済 学 」の 樹 立 が 望 まれているのではないだろうか.<br />

長 い 間 世 界 銀 行 の 調 査 局 エコノミストを 務 めたウィリアム・イースタリ-<br />

( William Easterly)は 2001 年 に 世 銀 を 去 る( 追 われる?)に 当 たり, 回 顧 録 The<br />

Elusive Quest for Growth( 邦 訳 :『エコノミスト 南 の 貧 困 と 闘 う』)を 著 したが,<br />

31 次 々に 難 題 を 押 しつけられるアフリカ 諸 国 は, 「 価 格 を 正 せ(Getting Prices Right)」「 政<br />

策 を 正 せ(Getting Policies Right)」「ガバナンスを 正 せ(Getting Governance Right)」「 制 度<br />

を 正 せ(Getting Institutions Right)」と 要 求 されてきて, 最 後 にはアフリカがアフリカにあ<br />

ることを 貧 困 の 理 由 として「 地 理 を 正 せ(Getting Geography Right)」とでも 言 われるので<br />

はないかと 揶 揄 している. グローバリゼーションと 人 の 移 動 が 拡 大 してくると, まんざ<br />

らこれも 的 はずれでなくなるかもしれない.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

一 言 にまとめると 彼 は, 援 助 も 構 造 調 整 も 債 務 救 済 も 教 育 も, ( 貧 しい) 人 々に<br />

正 しいインセンティブを 提 供 することに 失 敗 しており, その 意 味 で 経 済 学 の 基<br />

本 原 理 を 無 視 した 結 果 , 失 敗 に 終 わったと 回 想 している.<br />

....<br />

..................<br />

上 述 の 主 張 と 合 わせると「 貧 困 は,<br />

貧 困 層 にそこから 抜 け 出 すインセンティ<br />

.......................<br />

ブが 公 正 かつ 公 平 に 提 供 されない 限 り 無 くならない」と 言 えるのではないだろ<br />

うか. また,「 国 際 開 発 」にたずさわる 全 てのステーク・ホールダー 間 で, こ<br />

のインセンティブが 調 整 され 共 有 される 必 要 があるだろう.<br />

1990 年 代 より 開 発 経 済 学 には, 社 会 資 本 (Social Capital)の 経 済 開 発 や 開 発<br />

理 論 への 組 み 込 みが 求 められている. グローバル 化 の 中 で 国 家 や 社 会 の 凝 集<br />

力 (cohesion)の 確 保 も 求 められている. 社 会 資 本 には 公 的 社 会 資 本 (public<br />

social capital)と 市 民 社 会 資 本 (civil social capital)があるとされるが, 公 的 社<br />

会 資 本 の 整 備 とともに, それと 市 民 社 会 資 本 との 連 携 調 整 も 政 府 の 果 たすべき<br />

調 整 機 能 の1つとされている. 21 世 紀 にはまた, 20 世 紀 の 議 論 とは 違 った 内<br />

容 での「 市 場 と 国 家 の 役 割 」の 議 論 が 必 要 とされている. 開 発 のコンテクスト<br />

において 市 場 の 役 割 の 分 析 が 開 発 経 済 学 の 役 目 , 政 府 の 役 割 の 分 析 が 開 発 政 治<br />

学 の 役 目 ( 第 2 章 参 照 ), 社 会 への 諸 参 加 主 体 間 の 関 係 分 析 が 開 発 社 会 学 の 役<br />

目 ( 第 3 章 参 照 )だったとすると, その 連 携 調 整 を 分 析 するには, 開 発 経 済 学 ,<br />

開 発 政 治 学 , 開 発 社 会 学 の 融 合 が 必 要 とされてくることとなる.<br />

再 び 開 発 経 済 学 の 領 域 拡 大 に 議 論 をもどすと, その 基 となる 経 済 学 自 体 の 領<br />

域 拡 大 にも 目 を 向 けねばならないだろう. 「 世 を 経 (おさ)め 民 を 済 (すく)<br />

う」ために 創 始 された 経 済 学 の 原 点 は, 実 は 道 徳 論 ( 倫 理 学 )と 物 理 学 にあっ<br />

たことを 知 る 人 は 少 ない. 経 済 学 の 祖 アダム・スミスは『 国 富 論 』(1776)の 中 で,<br />

人 がそれぞれの 幸 福 を 最 大 化 する 行 動 をとれば, 総 体 としての 経 済 社 会 も 最 良<br />

の 結 果 を 迎 えるという「 見 えざる 手 」の 存 在 を 唱 えた. しかし, アダム・スミ<br />

スはそれ 以 前 にはグラスゴー 大 学 の 道 徳 哲 学 教 授 を 努 め 彼 の 倫 理 教 説 を 体 系 化<br />

して『 道 徳 情 操 論 』( 1759)を 著 していた. 経 済 学 の 主 体 である「 人 間 」に 先 ず<br />

目 を 向 けていたのである. アマルティア・センの「 人 間 開 発 論 」につながった<br />

種 々の 主 張 には, 経 済 学 の 基 にあった 倫 理 学 のにおいがする. 経 済 学 の 残 りの<br />

半 分 は, 物 理 学 を 模 範 として 厳 密 な 科 学 を 目 指 し, 理 論 の 精 緻 化 を 指 向 してき<br />

た 経 済 科 学 である. これは 長 きに 渡 って「 人 」の 合 理 性 , 合 理 的 選 択 にその 礎<br />

を 置 いていたが, ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)が 2002 年 に 行 動<br />

経 済 学 でノーベル 経 済 学 賞 を 受 賞 すると, 新 たな 視 点 で「 人 間 」やその 選 択 を<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

分 析 することが 流 行 となった. 「 人 間 は 感 情 で 動 く 生 き 物 で 決 して 合 理 的 でな<br />

い 選 択 をする」とすると, まったく 新 しい 経 済 学 の 地 平 線 が 現 れてくるのであ<br />

る . 実 は, 青 木 昌 彦 等 の「 比 較 制 度 分 析 」においても 既 に「 人 間 はあくまで 部<br />

分 的 にのみ 合 理 的 である」という 仮 定 が 採 用 されていた. これによって 開 発 経<br />

済 学 は 従 来 その 範 疇 外 にあるとしてきた「 開 発 」の 目 的 を, 開 発 経 済 学 の 体 系<br />

のなかで 分 析 しようとすることになるかもしれない. これは, 次 世 代 の 開 発 経<br />

済 学 者 への 期 待 ではあるが.<br />

3. 「 開 発 」と 経 済 成 長 ― 不 平 等 ― 貧 困 削 減 の 三 角 形 32<br />

....<br />

第 1 節 で 紹 介 したように, 産 業 構 造 変 化 や 社 会 変 容 をプロセスとして 伴 う<br />

..<br />

「 経 済 開 発 」を 通 して 求 める 結 果 は, 貧 困 , 失 業 , 不 平 等 の 減 少 である. 開 発<br />

経 済 学 を 志 す 者 は, 所 得 増 大 ・ 雇 用 拡 大 を 通 して 貧 困 を 減 少 させる 経 済 成 長 ,<br />

即 ち「Pro-Poor Growth」の 実 現 を 目 指 しているのだ. そこで 本 節 では, 経 済 開<br />

発 の 諸 政 策 を 展 開 するために 正 しくその 相 互 関 係 を 理 解 しておかねばならない<br />

「 経 済 成 長 ― 不 平 等 ― 貧 困 削 減 の 三 角 形 」について, 開 発 経 済 学 者 が 検 証 を 重<br />

ねてきた 結 果 を 提 示 しておきたい.<br />

図 1-2 の 三 角 形 で 示 されるように(ここでは 便 宜 上 逆 三 角 形 ), 一 般 に 貧 困<br />

削 減 は 経 済 成 長 および 所 得 ・ 資 産 の 分 配 が 及 ぼす 削 減 効 果 の2つに 分 けられる<br />

とされる 33 . 成 長 効 果 と 分 配 効 果 を 独 立 して 扱 えるかどうかは, 経 済 成 長 と 不<br />

平 等 とのトレード・オフ, または 所 謂 「クズネッツ 仮 説 」の 検 証 や 分 配 の 不 平<br />

等 が 逆 に 経 済 成 長 に 与 える 効 果 の 検 証 に 拠 る.<br />

32 本 節 では, 大 坪 (2008)で 行 われた 経 済 成 長 ― 不 平 等 ― 貧 困 削 減 の 三 角 関 係 の 各 辺 に 関<br />

する 研 究 のサーベイ, 論 点 整 理 , 今 後 の 分 析 研 究 の 方 向 性 等 を 要 約 して 紹 介 する. 詳 し<br />

くは, 大 坪 滋 (2008),「 経 済 成 長 ― 不 平 等 ― 貧 困 削 減 の 三 角 関 係 に 関 する 一 考 察 」,『 国 際<br />

開 発 研 究 フォーラム』, 36, pp.21-44 < http://www.gsid.nagoya-u.ac.jp/bpub/research/<br />

public/forum/36/index.html>よりダウンロード 可 >を 参 照 せよ.<br />

33 貧 困 率 の 変 化 の 成 長 効 果 (growth effect)と 分 配 効 果 (distribution effect)への 分 解 展 開 に<br />

ついては, Datt and Ravallion (1992)が 詳 しいが, 最 近 では Fields (2001), Bourguignon (2003,<br />

2004) 等 でも 詳 細 に 取 り 扱 われている.<br />

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1ジニ 係 数<br />

『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

図 1-2 経 済 成 長 - 不 平 等 - 貧 困 削 減 の 三 角 関 係 と 開 発 ガバナンス<br />

経 済 成 長<br />

平 均 所 得 増 加<br />

トレード・オフ?<br />

開 発 ガバナンス<br />

政 治 ・ 制 度 ・ 社 会<br />

不 平 等 ・ 格 差<br />

所 得 分 配<br />

貧 困 削 減 への「 成 長 」 効 果 'Pro-Poor' 貧 困 削 減 への「 分 配 」 効 果<br />

貧 困 削 減<br />

絶 対 貧 困 の 減 少<br />

( 出 所 ) 筆 者 作 成 .<br />

過 去 , 開 発 コミュニティーにおいては, クズネッツ 論 文 (Kuznets: 1955, 1963)<br />

の 指 し 示 すものとして, 経 済 成 長 と 所 得 分 配 の 不 平 等 との 関 係 が 図 1-3 に 示 さ<br />

れるように 逆 U 字 型 曲 線 (inverted U-curve)で 表 わされ 得 るとされ, 経 済 発 展<br />

の 初 期 には 所 得 分 配 の 不 平 等 は 悪 化 し, 中 所 得 国 のある 段 階 を 過 ぎ 成 熟 国 へ 移<br />

行 するにつれてそれは 改 善 されると 言 う「クズネッツ 仮 説 (Kuznets’<br />

hypothesis) 」が 形 成 された. 即 ち, 開 発 の 初 期 段 階 からある 中 所 得 に 至 るまで<br />

は , 経 済 成 長 と 所 得 分 配 の 平 等 の 間 に<br />

はトレード・オフが 存 在 し, 所 得 の 増 加<br />

図 1-3 クズネッツの 逆 U 字 曲 線<br />

(とトリクルダウン 効 果 による 貧 困 削 減 )<br />

を 享 受 するためには, 分 配 の 不 平 等 はそ<br />

の 副 産 物 として 甘 受 されるべきものとさ<br />

れていた. しかしながら 20 世 紀 末 の 時<br />

点 においては, ’Pro-Growth’<br />

と ’Pro-Poor’(なり’Pro-Equity’)が 必 ず<br />

しも 相 容 れないものではなく, 貧 困 削 減<br />

を 目 的 とした’Pro-Poor Growth’ が 実 現<br />

0<br />

1 人 当 たりの 所 得 水 準<br />

され 得 るとの 認 識 が 共 有 されることになった 34 .<br />

実 際 , 経 済 成 長 が 所 得 分 配 の 不 平 等 に 及 ぼす 影 響 に 関 する Paukert(1973),<br />

Ahluwalia (1976), Ahluwalia, Carter and Chenery (1979) 等 の 1970 年 代 の 研 究 で<br />

34 ‘Pro-Poor Growth’の 系 譜 については, 長 田 (2007) に 詳 しい.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

はクズネッツの 逆 U 字 型 曲 線 が( 各 国 のデータを 横 断 的 に 使 用 した)クロスカ<br />

ントリー 分 析 で 確 認 されたが, 諸 国 の 家 計 調 査 データを 集 め, 時 間 軸 を 追 加 し<br />

たパネル 分 析 や, 各 国 固 有 の 固 定 効 果 を 除 去 した Deininger and Squire (1996,<br />

1998), Bruno, Ravallion, and Squire (1996, 1998) 等 の 1990 年 代 の 研 究 では,「ク<br />

ズネッツ 仮 説 」は 否 定 されるに 至 っている. これらの 検 証 結 果 が 示 すものは,<br />

成 長 が 分 配 に 有 意 な 影 響 を 及 ぼさないと 言 うことではなくて, 成 長 と 分 配 の 関<br />

係 の 一 般 化 をはかるには 余 りに 多 くの 各 国 特 有 の 要 素 が 存 在 すると 言 うことで<br />

ある.<br />

逆 に, 所 得 分 配 の 不 平 等 が 経 済 成 長 に 及 ぼす 影 響 についてであるが, 1990 年<br />

代 に Benabou (1996), Perotti (1996) 等 の 行 った, 家 計 調 査 を 用 いたクロスカン<br />

トリー 分 析 では 所 得 ・ 消 費 の 不 平 等 が 経 済 成 長 に 負 の 影 響 を 及 ぼすことが 確 認<br />

された. しかし, パネル 分 析 を 可 能 にするより 良 いデータを 使 用 した 分 析 では,<br />

逆 に 不 平 等 が 成 長 を 加 速 させる 効 果 を 発 見 した Forbes (1998), 時 間 軸 を 足 した<br />

パネル 分 析 ではクロスカントリー 分 析 で 発 見 された 不 平 等 の 成 長 減 衰 効 果 が 消<br />

失 することを 示 した Li and Zou (1998), 負 の 関 係 はむしろ 資 産 の 不 平 等 と 成 長<br />

の 間 にあるとした Barro (1999) 等 がある. 現 在 では, 所 得 ・ 消 費 不 平 等 と 経 済<br />

成 長 との 負 の 関 係 は, 「クズネッツの 逆 U 字 曲 線 仮 説 」と 同 じ 運 命 を 辿 り, そ<br />

の 必 然 性 は 認 められないと 言 う Deininger and Squire (1998) 等 の 見 方 が 力 を 得<br />

つつある.<br />

しかしながら, 資 産 の 不 平 等 が 経 済 成 長 にあたえる 負 の 影 響 については,<br />

Galor and Zeira (1993) 等 理 論 モデルが 存 在 する. 金 融 市 場 の 不 完 全 性 の 仮 定 の<br />

下 に, 資 産 不 平 等 が 短 期 的 な 経 済 活 動 に( 悪 ) 影 響 を 与 え, さらに( 教 育 ) 投<br />

資 の 不 可 分 性 の 仮 定 が 加 えられると 影 響 は 長 期 的 なものになるとされる. 実 証<br />

分 析 では, Deininger and Olinto (2000) による 家 計 調 査 のパネル 分 析 があるが,<br />

ここでは 所 得 の 不 平 等 ではなく 資 産 ( 土 地 )の 分 配 の 不 平 等 が 経 済 成 長 に 与 え<br />

る 負 の 効 果 が 大 きいことが 示 されている. 世 界 銀 行 の 世 界 開 発 報 告 2006 年 号<br />

『 平 等 と 開 発 』(2006) では, これら 研 究 の 流 れを 踏 まえて, 市 場 が 不 完 全 であ<br />

る 状 況 ではパワーや 資 産 の 不 平 等 が 機 会 の 不 平 等 を 呼 び, 生 産 資 源 の 無 駄 と 非<br />

効 率 な 配 分 を 生 むとしている. この 報 告 書 の 今 一 つのメイン・メッセージは,<br />

経 済 や 政 治 の 不 平 等 が 制 度 の 健 全 な 発 達 を 阻 害 すると 言 うものである. 不 平 等<br />

な 社 会 には, 人 のネットワークなどの 社 会 資 本 や 社 会 制 度 が 育 ちにくいと 言 う<br />

ことである.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

後 の 関 連 研 究 に 大 きな 影 響 を 与 えた Dollar and Kraay (2002) の<br />

Growth is<br />

Good for the Poor( 経 済 成 長 は 貧 困 層 に 恩 恵 をもたらす) 論 文 では, 1950 年 から<br />

1999 年 までの 間 で, 少 なくとも 2 時 点 において 所 得 水 準 の 下 位 20%の 層 ( 最 下<br />

位 5 分 位 層 )の 平 均 所 得 が 計 算 され 得 る 92 カ 国 , 285 件 のデータを 使 用 して, 最<br />

下 位 5 分 位 層 の 1 人 当 たりの 平 均 所 得 増 加 率 の, 1 国 全 体 の 1 人 当 たりの 平 均 所<br />

得 増 加 率 (マクロ 経 済 成 長 )に 対 する 弾 性 値 (elasticity), 所 謂 「 平 均 所 得 弾 性<br />

値 」を 推 計 した 結 果 , その 推 計 値 は, 1から 有 意 に 乖 離 しているとは 言 えない<br />

とした( 図 1-4) . この 結 果 は, 種 々のコントロール 変 数 や 所 謂 ’Pro-Poor’ 変 数<br />

( 初 等 教 育 達 成 度 , 政 府 の 教 育 および 健 康 に 関 する 社 会 支 出 の 対 総 政 府 支 出 比 ,<br />

農 業 生 産 性 , およびガバンナンス 変 数 のひとつである 民 主 主 義 的 な 組 織 係 数 )<br />

の 追 加 に 対 しても 頑 強 性 を 有 することが 示 され, 総 じて, 経 済 成 長 ( 国 民 平 均<br />

所 得 水 準 の 向 上 )が, 平 均 的 には 他 の 所 得 層 と 同 様 に 貧 困 層 にも 恩 恵 をもたら<br />

すことから, 標 準 的 な 経 済 成 長 増 進 のための 政 策 があらゆる 貧 困 削 減 政 策 の 中<br />

心 にあるべきだとしている.<br />

図 1-4 経 済 成 長 は 貧 困 層 に 恩 恵 をもたらす<br />

( Growth is Good for the Poor)<br />

(『グロ 開 』 図 1-4, p.61 の 邦 訳 図 を 張 る)<br />

( 注 ) 横 軸 には 1 国 全 体 の 1 人 当 たり 平 均 所 得 の 増 加 率 , 縦 軸 には 所 得 水 準 の 下<br />

位 20%の 層 の 平 均 所 得 の 増 加 率 をとり,その 相 関 関 係 を 示 している.<br />

( 出 所 ) Dollar and Kraay (2004), Figure 4. ただし, この 図 が 最 初 に 使 われたのは<br />

Dollar and Kraay (2002), Figure 1 である. 作 者 の 了 解 を 得 て 再 掲 .<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

貧 困 削 減 の 経 済 成 長 , 分 配 の 改 善 に 対 する 弾 性 値 の 推 計 についてであるが,<br />

Bourguignon (2003) では 1 日 1 ドルの 貧 困 線 から 得 た 貧 困 率 の 変 化 率 をサーベ<br />

イ 平 均 所 得 の 変 化 率 とジニ 係 数 (Gini Coefficient)の 変 化 率 に 回 帰 させ, 平 均 所<br />

得 の 弾 性 値 -2.01, 不 平 等 度 の 弾 性 値 4.72 と 推 計 している. さらに 各 弾 性 値 は<br />

平 均 所 得 水 準 や 不 平 等 の 水 準 に 依 存 すると 仮 定 し, 交 差 項 を 平 均 所 得 の 変 化 率<br />

およびジニ 係 数 の 変 化 率 の 双 方 に 設 定 した 結 果 , 高 い 初 期 不 平 等 は, 貧 困 削 減<br />

の 経 済 成 長 に 対 する 弾 性 値 のみならず, 分 配 改 善 に 対 する 弾 性 値 も 悪 化 させ,<br />

また 同 様 に, 低 い 所 得 水 準 にあっては, 貧 困 削 減 の 経 済 成 長 に 対 する 弾 性 値 の<br />

みならず, 分 配 改 善 に 対 する 弾 性 値 も 低 いと 言 う 結 果 を 得 た. Ravallion (2005)<br />

では, 貧 困 の 削 減 率 を 平 均 所 得 成 長 率 ( 経 済 成 長 率 )と 全 弾 力 性 (total elasticity)<br />

の 積 として 分 解 し, 全 弾 力 性 をジニ 係 数 の 非 線 形 関 数 として 定 義 して, そのパ<br />

ラメターを 推 計 している. 図 1-2 における, 不 平 等 の 効 果 と 経 済 成 長 の 効 果 が<br />

合 成 された 弾 性 値 を 推 計 していることになる. 貧 困 削 減 の 経 済 成 長 全 弾 力 性 は,<br />

ジニ 係 数 が 0.2 強 から 0.6 程 度 に 悪 化 するにつれて, -4.3 から-0.6 に 縮 小 するこ<br />

とが 示 された. 所 得 分 配 が 不 平 等 である, あるいは 悪 化 するといった 状 況 下 で<br />

は , 経 済 成 長 は 貧 困 削 減 に 繋 がりづらいのである 35 .<br />

これらの 研 究 から 導 き 出 された 示 唆 を 統 合 すると 以 下 のようになるだろう.<br />

1) 経 済 成 長 と 所 得 分 配 の 関 係 については, これを 規 定 するものは 社 会 経<br />

済 構 造 , 制 度 , 文 化 , 政 策 等 の 各 国 固 有 の 要 因 であると 考 えられ, 経 済 成 長<br />

が 所 得 分 配 を 悪 化 させる, あるいは 所 得 分 配 の 悪 化 が 経 済 成 長 を 減 速 (あ<br />

るいは 加 速 )させると 言 う 必 然 性 は 存 在 しない. 「 平 均 的 」に 見 ると, 各 国<br />

の 平 均 所 得 の 増 加 ( 経 済 成 長 )は, 弾 性 値 1 の 関 係 でそれぞれの 国 の 貧 困<br />

層 の 所 得 向 上 にも 結 びついている.<br />

2) 資 産 分 配 の 不 平 等 が, その 後 の 経 済 成 長 や 社 会 資 本 形 成 に 悪 影 響 を 与<br />

えることはある 程 度 普 遍 性 のある 関 係 であると 考 えられる. よって 長 期 に<br />

わたって 所 得 分 配 を 不 平 等 化 する 成 長 戦 略 は, やがて 不 平 等 な 資 産 形 成 に<br />

35 2000 年 9 月 にニューヨークで 開 催 された 国 連 ミレニアム・サミットで 採 択 された「 国<br />

連 ミレニアム 宣 言 」に 基 づく「ミレニアム 開 発 目 目 標 (Millennium Development Goals:<br />

MDGs)」に 掲 げられた 2015 年 までの 8 つの 達 成 目 標 の 内 の 第 1 目 標 は 極 貧 状 態 や 飢 餓 の<br />

根 絶 である. より 具 体 的 には 所 得 で 測 られた 貧 困 ( 貧 困 者 比 率 )の 半 減 , 即 ち 経 済 成 長 で<br />

あり, また, 経 済 成 長 によってもたらされるべき 女 性 や 若 年 層 を 含 めた 雇 用 機 会 提 供 , 飢<br />

餓 人 口 比 率 の 半 減 が 目 標 とされている. 残 りの 7 大 目 標 は 社 会 開 発 , 環 境 , 政 治 (グローバ<br />

ル・パートナーシップ)に 関 する 目 標 である. 開 発 経 済 学 者 としては, 社 会 開 発 重 視 は 許<br />

容 するとしても, 所 得 不 平 等 や 格 差 是 正 に 関 する 努 力 目 標 が 明 示 されなかったことは 残 念<br />

に 思 う.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

繋 がり, 成 長 や 貧 困 削 減 のボトルネックとなる 可 能 性 大 である.<br />

3) 短 ・ 中 期 的 には, 経 済 成 長 と 所 得 分 配 にそれぞれ 影 響 を 及 ぼす 開 発 戦 略<br />

は , ある 程 度 独 立 して 展 開 可 能 であるが, 貧 困 削 減 への 影 響 を 考 慮 した 場<br />

合 , 所 得 分 配 をより 不 平 等 にする 経 済 成 長 戦 略 は 回 避 されるべきか, 貧 困<br />

層 への 適 切 な 所 得 ・ 消 費 移 転 政 策 等 で 補 完 されねばならない.<br />

4) 「 平 均 的 」な 関 係 や, 無 関 係 の 周 囲 にある「ばらつき」につき, 各 国 固<br />

有 の 要 因 に 注 意 を 払 いつつ 取 り 組 まねばならない.<br />

図 1-4 の 右 下 の 象 限 に 位 置 する 諸 国 では, 1 国 全 体 の1 人 当 たりの 平 均 所 得 が<br />

伸 びているのに, 最 下 位 五 分 位 層 のそれは 減 少 している 36 . 貧 困 層 に 成 長 の 果<br />

実 が 及 ばないどころか, 彼 らは 成 長 の 犠 牲 になっているのだ. 所 得 分 配 の 不 平<br />

等 が 急 拡 大 しているであろうこれら 諸 国 に 存 在 する 社 会 経 済 構 造 , 制 度 , 文 化 ,<br />

政 策 等 の 各 国 固 有 の 要 因 とは 何 であろうか. 経 済 開 発 の 目 指 す「 開 発 」の 結 果<br />

獲 得 のためにも, 政 治 (ガバナンス)と 社 会 開 発 が 必 要 なのである.<br />

4. 他 分 野 とのかかわりをどう 考 えてきたか<br />

第 1 節 で「 経 済 開 発 」とは 何 かを 示 すことに 努 めたが, そこでは「 経 済 成 長 」<br />

に 伴 って 生 じる 経 済 的 構 造 変 化 のみならず, 都 市 化 や 生 活 様 式 の 変 化 という 社<br />

会 的 変 化 , 血 縁 関 係 や 種 族 関 係 から 契 約 社 会 への 移 行 という 文 化 的 変 容 , 法 制<br />

....<br />

度 構 築 や 民 主 化 等 を 含 む 政 治 体 制 の 変 化 が「 開 発 」のプロセスの 中 で 生 じるこ<br />

とを 示 した. 第 2 節 では, ( 経 済 倫 理 学 の 伝 統 を 踏 まえ) 経 済 学 者 から 生 まれ<br />

た「 人 間 開 発 」 概 念 , 新 制 度 経 済 学 が 下 支 えした( 良 い 開 発 マネジメントとし<br />

ての)ガバナンス 論 , 社 会 資 本 や 市 民 社 会 の 経 済 開 発 への 明 示 的 取 込 みや, 社<br />

会 的 ネットワーク 形 成 への 補 助 を 含 めた 政 府 の 調 整 者 としての 役 割 の 分 析 等<br />

36 図 1-4 にはデータの 採 れる 諸 国 については 1 国 当 たり 数 個 の 観 測 期 間 が 示 されているの<br />

で , ある 国 が 戦 後 の 経 済 成 長 史 のなかで 常 時 そうであったというわけではないが, 右 下 の<br />

象 限 に 位 置 する 諸 国 ( 観 測 点 が 存 在 する 諸 国 )は, ラテンアメリカ・カリブ 海 地 域 のコロ<br />

ンビア, ドミニカ 共 和 国 , エクアドル, ホンジュラス, プエルトリコ, ベネズエラ 等 であ<br />

り , サブサハラアフリカのエチオピア, ザンビア, セネガル, タンザニア 等 である. 東 ア<br />

ジアではフィリピンそして 1980 年 代 末 から 1990 年 代 前 半 にかけての 中 国 がここに 位 置 す<br />

る . 先 進 国 の 中 ではアメリカの 1980 年 代 および 1990 年 前 半 にかけての 観 測 期 間 がこの 象<br />

限 に 属 することに 興 味 をそそられる. アメリカ 第 40 代 の 大 統 領 であるレーガン 大 統 領 の<br />

下 , 所 謂 サプライサイド 経 済 政 策 により 起 業 家 ・ 企 業 家 や 富 裕 層 が 優 遇 される 中 で 経 済 成<br />

長 は 達 成 したが 貧 困 層 の 生 活 苦 が 増 した( 実 質 所 得 が 実 際 に 低 下 した) 時 代 であった. (こ<br />

の 図 の 作 者 である Aart Kraay 提 供 の 元 データから 筆 者 分 析 .)<br />

31


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

..<br />

が , 開 発 経 済 学 の 系 譜 ・ 未 来 展 望 として 示 された. 第 3 節 では, 「 開 発 」の 結 果<br />

として, 貧 困 , 失 業 , 不 平 等 の 減 少 を 求 めるのであれば, 雇 用 増 大 ( 失 業 低 下 )<br />

につながる 経 済 成 長 とともに, 所 得 や 資 産 の 分 配 の 不 平 等 が 是 正 されていくよ<br />

うな 開 発 システムを 指 向 した 開 発 ガバナンスが「Pro-poor Growth」 実 現 のため<br />

に 必 要 であることが 示 された. 経 済 成 長 が「 平 均 的 」には 貧 困 層 の 所 得 ・ 機 会<br />

増 大 と 貧 困 削 減 につながるとしても, この 関 係 に 存 在 する 大 きな「ばらつき」<br />

は , 社 会 経 済 構 造 , 制 度 , 文 化 , 政 策 等 の 各 国 特 有 の 要 因 に 左 右 されているこ<br />

とが 示 された.<br />

これらを 踏 まえて 本 節 では, 経 済 成 長 (あるいは 経 済 開 発 )と, 人 間 開 発 , 社<br />

会 開 発 , ガバナンス, 制 度 等 との 関 係 についての 知 見 を 要 約 して 紹 介 し, 開 発<br />

経 済 学 者 が 追 い 求 めてきた( 福 祉 向 上 と 貧 困 削 減 に 寄 与 する) 高 所 得 水 準 なり<br />

高 所 得 の「 要 因 」 把 握 にあたり, 開 発 政 治 学 や 開 発 社 会 学 で 語 られる 要 素 との<br />

かかわりを 示 したい.<br />

4.1 経 済 成 長 の 要 因 探 求 :アド・ホック 経 済 成 長 式 推 計<br />

開 発 経 済 学 者 は 絶 えず「 世 界 には 何 故 , 高 経 済 成 長 を 経 験 する 諸 国 と 低 成 長<br />

に 喘 ぐ 諸 国 が 存 在 するのか」「 世 界 には 何 故 , 高 所 得 の 諸 国 と 低 所 得 の 諸 国 が 同<br />

時 に 存 在 しているのか」と 問 い 続 けてきた.Box 1-1 で 紹 介 されている 新 古 典<br />

派 経 済 成 長 理 論 も 内 生 的 経 済 成 長 理 論 等 を 含 む 新 経 済 成 長 論 も, この 問 いに 答<br />

えるべく 形 成 されてきた. またこれら 理 論 構 築 とは 別 に, 何 が 高 経 済 成 長 , 高<br />

所 得 を 規 定 する 要 因 ・ 要 素 であるのかについて, 「1 人 当 たりの 所 得 増 加 率 」<br />

を 考 えられる 諸 要 因 に 回 帰 させるという 直 接 的 な 実 証 研 究 も 多 く 行 われてきた<br />

37<br />

. 表 1-4 に , その 代 表 的 な 推 計 結 果 を 1 つ,Barro (1997), Determinants of<br />

Economic Growth より 引 用 して 紹 介 しておきたい. この 実 証 分 析 は, 大 体 100 ヶ 国<br />

程 度 の 諸 国 の 1960 年 から 1990 年 までの 経 済 ・ 社 会 データを 用 いて 行 われたパネ<br />

ル・データ 分 析 である.<br />

37 生 産 関 数 やそれを 使 用 した 成 長 会 計 式 の 推 計 ( 残 差 項 の 説 明 を 目 指 した 全 要 素 生 産 性<br />

推 計 を 含 む)に 基 づくものとは 異 なり, 経 済 成 長 (1 人 当 たり 所 得 増 加 )を 説 明 すると 考<br />

えられる 諸 要 素 ・ 要 因 を 順 次 盛 り 込 んでいくこの 推 計 式 分 析 は, 特 定 の 成 長 理 論 に 依 拠 し<br />

ない「アド・ホック 成 長 式 推 計 」と 呼 ばれている.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

表 1-4 アド・ホック 経 済 成 長 推 計 式<br />

( 人 間 資 本 , ガバナンス, 制 度 と 経 済 成 長 )<br />

被 説 明 変 数 1 人 当 たり 平 均 実 質 所 得 の 期 間 平 均 成 長 率<br />

説 明 変 数<br />

推 計 係 数 値 標 準 誤 差<br />

条 件 付 き 所 得 収 束<br />

(1) 初 期 所 得 水 準 ( 対 数 値 ) -0.0254 0.0031<br />

初 期 人 間 資 本<br />

(2) 25 歳 以 上 男 子 の 中 等 教 育 以<br />

上 の 教 育 年 数<br />

0.0118 0.0025<br />

(3) 平 均 余 命 ( 対 数 値 ) 0.0423 0.0137<br />

(4) (1) X (2) -0.0062 0.0017<br />

人 口 圧 力<br />

(5) 出 生 率 -0.0161 0.0053<br />

ガバナンス・ 制 度<br />

(6) 政 府 支 出 の 対 GDP 比<br />

( 教 育 , 防 衛 支 出 を 除 く)<br />

-0.136 0.026<br />

(7) 法 制 度 ( 主 観 的 指 数 ) 0.0293 0.0054<br />

(8) 民 主 化 ( 政 治 権 利 指 数 ) 0.090 0.027<br />

(9) (8)の 二 乗 項 -0.088 0.024<br />

(10) インフレ 率 ( 経 済 ガバナンス) -0.043 0.008<br />

環 境 変 数<br />

(11) 交 易 条 件 変 化<br />

( 輸 出 価 格 / 輸 入 価 格 比 の 変 化 )<br />

0.137 0.030<br />

R 2 ( 決 定 係 数 )( 各 期 間 毎 ) .58 .52 .42<br />

国 数 (データ 数 )( 各 期 間 毎 ) 80 87 84<br />

( 注 ) 被 説 明 変 数 は 1 人 当 たり 平 均 実 質 所 得 の 期 間 (1965-75, 1975-85, 1985-90)<br />

平 均 増 加 率 . 初 期 所 得 水 準 は 各 期 間 開 始 5 年 前 の 値 ( 1960, 1970, 1980 年 値 )<br />

を 使 用 . 3 期 間 に 渡 る 3 式 の 3 段 階 最 小 二 乗 法 による 同 時 推 計 . 読 者 の 理 解<br />

を 助 けるために 筆 者 が 説 明 変 数 を 分 類 化 した. 民 主 化 の 2 変 数 (8,9 項 )の<br />

共 同 有 意 を 示 すp 値 は 0.0006 で 2 変 数 一 緒 に 有 意 である.<br />

( 出 所 ) Barro (1997), Table 1.1 の 結 果 の 一 部 を 簡 略 化 ・ 分 類 改 訂 ・ 翻 訳 して 再 掲 .<br />

第 (1) 項 の 負 の 有 意 な 推 計 値 は,( 他 の 説 明 変 数 で 代 表 される) 他 の 条 件 が 同 じ<br />

であれば, 平 均 的 に, 初 期 所 得 水 準 の 低 い 諸 国 の 方 がより 高 い 経 済 成 長 率 を 経<br />

験 するという「 条 件 付 き 所 得 収 束 」を 示 す 38 . 初 期 「 人 間 資 本 」の 役 割 ( 第 2,3<br />

項 )については, 教 育 水 準 および( 平 均 余 命 が 表 わすとされる) 医 療 ・ 保 健 ・<br />

衛 生 の 水 準 が 高 い 諸 国 ほど( 他 の 条 件 が 同 じであれば) 経 済 成 長 率 も 高 いこと<br />

が 示 される 39 . 第 (5) 項 の 負 の 有 意 な 推 計 値 は, 人 口 圧 力 の 高 い 諸 国 ほど, 1 人 当<br />

38 これは 所 得 の 条 件 付 きベータ 収 束 (ß-convergence)と 呼 ばれるものであり, 他 の 条 件<br />

が 同 じであれば, 低 所 得 国 の 所 得 水 準 がやがて 高 所 得 国 のそれにキャッチアップすること<br />

を 意 味 する.<br />

39 初 期 所 得 水 準 と 初 期 教 育 水 準 の 交 差 項 である 第 4 項 の 負 で 有 意 な 推 計 値 は, 教 育 水 準<br />

の 高 い 諸 国 ほど, 初 期 所 得 水 準 の 低 さがその 後 のより 高 い 経 済 成 長 につながることを 示 し<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

たりの 所 得 の 伸 びが 小 さいことを 示 す. ガバナンス・ 制 度 に 関 しては<br />

( Governance matters? ; Institutions matter?), 概 して 大 きな 政 府 ( 教 育 ・ 防 衛 を<br />

除 く 経 常 支 出 で)が 経 済 成 長 の 重 荷 になること( 第 6 項 ), 法 制 度 の 整 備 構 築<br />

が 経 済 成 長 を 促 進 すること( 第 7 項 ) 40 , インフレ・マネジメント( 経 済 マネ<br />

ジメント・ガバナンスを 表 わす)がしっかりしている 諸 国 ほど 期 間 平 均 経 済 成<br />

長 が 高 いこと( 第 10 項 )を 示 している. 民 主 主 義 についてであるが(Democracy<br />

matters?), 第 8 項 の 民 主 化 指 数 は 政 治 プロセスへの 参 加 の 度 合 いを 示 す 政 治 的<br />

権 利 を 表 わす 種 々のデータから 構 築 されている. 第 8,9 項 の 両 項 を 合 わせて 統<br />

計 的 に 有 意 な( 信 憑 性 の 高 い) 結 果 が 出 ているとされる. 第 8 項 の 民 主 化 指 数<br />

の 推 計 係 数 が 正 であることは, 民 主 化 の 水 準 が 高 い 諸 国 ほど 高 成 長 を 記 録 して<br />

いることを 表 わし, 第 9 項 ( 民 主 化 の 2 乗 項 )の 推 計 係 数 が 負 であることは, 先<br />

の 正 の 効 果 が 民 主 化 水 準 が 高 まるに 従 って 減 少 し, やがてそれが 正 から 負 の 純<br />

効 果 に 転 ずることを 意 味 している. Barro (1997)はこの 分 析 結 果 を,<br />

最 悪 の 独 裁 体 制 にある 諸 国 では, 政 治 的 な 権 利 の 高 まりは, 政 府 権 力 を 押 さえ<br />

ることにより 成 長 や 投 資 を 推 進 する. しかしある 一 定 程 度 の 民 主 化 の 進 んだ<br />

諸 国 では, それ 以 上 の 政 治 参 加 の 高 まりは 所 得 の 再 分 配 の 行 き 過 ぎを 恐 れて<br />

投 資 が 減 退 し, 成 長 を 阻 害 することにつながりかねない(Barro, 1997, p.59; 筆<br />

者 訳 ),<br />

と 解 釈 している. 民 主 化 指 数 の 国 際 比 較 や 時 系 列 比 較 によると, 大 体 1994 年 に<br />

おけるマレーシアやメキシコの 民 主 化 レベルに 達 した 以 降 は, 民 主 化 (より 広<br />

範 な 政 治 参 加 )は 経 済 成 長 の 足 かせとなるかもしれないということになる.あ<br />

くまでこれらは, 多 くの 諸 国 の 四 半 世 紀 余 に 渡 る「 平 均 的 な」 相 関 関 係 から 導<br />

かれた 解 釈 であり, 各 国 特 有 の 要 因 による「ばらつき」が 存 在 していることに<br />

注 意 せねばならないが 41 .<br />

さらに, もっと 重 要 なことであるが, そもそもここ( 表 1-4)に 示 されてい<br />

るのは( 部 分 的 な) 相 関 関 係 の 存 在 であって, 因 果 関 係 の 存 在 やその 方 向 性 が<br />

ている.<br />

40 ここで 使 用 されている 法 制 度 変 数 は, International Country Risk Guide による, 官 僚 組 織<br />

の 質 , 政 治 汚 職 の 程 度 , 政 府 による 契 約 支 払 い 拒 絶 , 政 府 による 収 奪 リスク, そして 全 体<br />

的 な 法 秩 序 維 持 の 程 度 がそれぞれ( 当 該 国 で 活 動 する 企 業 や 投 資 家 などにより) 主 観 的 に<br />

評 価 されたものを 指 数 化 して 使 用 している.<br />

41 アマルティア・センは, 「インドにおいて 民 主 化 は 貧 困 の 削 減 に 寄 与 してきた」と 述 べ<br />

ている. 「 民 主 的 な 政 府 はインド 各 地 における 貧 困 (やそれによる 人 民 の 死 )を 無 視 出 来<br />

ないからだ」.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

証 明 されたわけではない.<br />

4.2 経 済 成 長 と 人 間 開 発<br />

第<br />

4.1 節 でも 示 されたように, 人 間 資 本 の 充 実 と 経 済 成 長 の 間 には 密 接 な<br />

「 平 均 的 な」 相 関 関 係 が 存 在 する. ここでは 第 2 節 でも 紹 介 された, ポール・<br />

ストリーテンやアマルティア・センの「 人 間 開 発 」の 思 想 に 強 く 影 響 されて 開<br />

発 された, 国 連 開 発 計 画 (UNDP)の「 人 間 開 発 指 数 (HDI)」 を 用 いて, 経 済<br />

成 長 と 人 間 開 発 の 間 の「 平 均 的 な」 相 関 関 係 と「ばらつき」を 示 したい.<br />

「 人 間 開 発 」とは 人 々の 選 択 肢 を 拡 げるプロセスである. それは 消 費 できる<br />

財 の 選 択 肢 というより, 人 間 の 能 力 と 活 動 を 拡 大 することで 生 まれてくる 選<br />

択 肢 である. 開 発 のあらゆるレベルで 人 間 開 発 にとって 不 可 欠 な 能 力 がいく<br />

つかある. その 能 力 がなければ 生 活 における 多 くの 選 択 肢 を 利 用 することが<br />

できない. その 能 力 とは, 健 康 で 長 生 きできること, 知 識 のあること, まず<br />

まずの 生 活 を 営 むのに 必 要 な 資 金 を 入 手 できることであり, これらは 人 間 開<br />

発 指 数 に 反 映 されている 42 .<br />

「 人 間 開 発 指 数 (HDI)」は, 寿 命 ( 出 生 児 平 均 余 命 ), 知 識 ( 成 人 識 字 率 と<br />

初 等 ・ 中 等 ・ 高 等 教 育 就 学 率 の 複 合 指 数 ), および 生 活 水 準 ( 調 整 済 み 1 人 当<br />

たりの 所 得 ;PPP$)それぞれを 指 数 化 したものを, 3 分 の 1 ずつの 等 しいウェ<br />

イトを 掛 けて 統 合 した 指 数 である. よって 所 得 なり 経 済 成 長 が 既 に 3 分 の1の<br />

ウェイトで 参 入 されていることには 注 意 が 必 要 だが, 図 1-5 に 示 されているよ<br />

うに,HDI と 1 人 当 たり 所 得 水 準 との 間 には 高 い 相 関 関 係 が 存 在 する. HDI の 所<br />

得 以 外 の 2 指 数 は, 健 康 ( 保 健 ・ 医 療 )および 教 育 と 社 会 開 発 の 2 つの 柱 を 体<br />

現 しているので, これはまた, 「 経 済 成 長 」と「 社 会 開 発 」の 間 の「 平 均 的 に」<br />

高 い 相 関 関 係 を 示 すものでもある.<br />

42 ストリーテン, ポール(1999), 「 人 間 開 発 の 10 年 」 国 連 開 発 計 画 『 人 間 開 発 報 告 書 1999<br />

年 版 』, p. 22 を 参 照 した. 同 じ『 人 間 開 発 報 告 書 1999 年 版 』に 掲 載 された セン, アマル<br />

ティア(1999),「 人 間 開 発 の 評 価 」(p. 29)によると,センは「 人 間 開 発 指 標 (HDI)」 自 体 は 簡<br />

略 で 不 完 全 なものであり「 人 間 開 発 」を 部 分 的 に 体 現 しているに 過 ぎないことを 警 告 して<br />

いる.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

‐0.2<br />

図 1-5 1 人 当 たり 所 得 と 人 間 開 発<br />

( Growth is Good for the Poor)<br />

縦 0.3<br />

(<br />

中 軸<br />

所<br />

人<br />

得<br />

間<br />

国<br />

0.2<br />

開<br />

平<br />

発<br />

均<br />

指<br />

数 0.1<br />

(<br />

H<br />

D<br />

ら I<br />

)<br />

の 0<br />

‐20 乖 ‐10 0 10 20 30 40 50 60 70 80<br />

離<br />

ガボン<br />

) ‐0.1<br />

赤 道 ギニア<br />

0.774 か<br />

ボツワナ<br />

南 アフリカ<br />

横 軸 : 1 人 当 たり 実 質 GDP ( 単 位 : ppp $1,000)<br />

( 中 所 得 国 平 均 $6,649からの 乖 離 )<br />

‐0.3<br />

‐0.4<br />

‐0.5<br />

( 注 ) 横 軸 には 2006 年 の 1 人 当 たり 平 均 所 得 (2005 年 基 準 の 購 買 力 平 価 )を 中 所<br />

得 国 の 平 均 値 (ppp$6,649)からの 乖 離 で 表 わし, 縦 軸 には 同 じく 2006 年 の<br />

人 間 開 発 指 数 (HDI)を 中 所 得 国 の 平 均 値 (0.774)からの 乖 離 で 示 している.<br />

( 出 所 ) 国 連 開 発 計 画 (UNDP)の 人 間 開 発 データ・サイト< http://hdr.undp.org/<br />

en/statistics/data/>から 基 礎 データを 入 手 して 筆 者 作 成 .<br />

この 散 布 図 はまた, 所 得 増 加 ( 経 済 成 長 )が 人 間 開 発 (あるいは 社 会 開 発 )<br />

に 与 えるであろう 正 の 効 果 は, 所 得 水 準 が 低 いほど 大 きく, 所 得 水 準 が 高 ま<br />

り 中 所 得 水 準 から 高 所 得 水 準 に 転 じるに 従 って 減 退 することを 示 唆 している<br />

( 因 果 関 係 が 証 明 されたわけではないが) 43 . 低 所 得 水 準 に 喘 ぐ 諸 国 の 間 の,<br />

人 間 開 発 (あるいは 社 会 開 発 )の 到 達 度 には 大 きな「ばらつき」があるとも 言<br />

える.『 人 間 開 発 報 告 書 』は, 各 国 の 所 得 水 準 の 世 界 におけるランクと HDI ラ<br />

ンクとの 乖 離 を 示 すことによってこの 関 係 に 潜 む「ばらつき」を 浮 き 立 たせて<br />

いる. 図 1-5 では, 所 得 水 準 が 中 所 得 諸 国 の 平 均 を( 大 きく) 上 回 るのに, HDI<br />

43 章 末 のインターネット・リソース・ガイドにも 示 したが『 人 間 開 発 報 告 』のデータ・<br />

サイトの 中 の「 人 間 開 発 アニメーション」では, 人<br />

間 開 発 と 経 済 開 発 ( 経 済 成 長 )との 関 係 をアニメーションで 示 し, 人 間 開 発 が 経 済 成 長 を<br />

促 進 するという 立 場 をとっており, 大 変 興 味 深 い.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

で 測 られた 人 間 開 発 の 進 展 が 遅 れている 赤 道 ギニア(HDI ランク- 所 得 ランク<br />

= - 86), ガボン( 同 -55), ボツワナ( 同 -69), 南 アフリカ( 同 -49)が 示<br />

されているが, これらの 諸 国 には, 高 所 得 が 高 人 間 開 発 ( 高 社 会 開 発 )に 結 び<br />

つかないなにがしかの 各 国 固 有 の 理 由 がある. 逆 に 所 得 水 準 に 比 して 人 間 開 発<br />

( 社 会 開 発 )の 進 んでいるキューバ( 同 +40) , トンガ( 同 +32) , ミャンマ<br />

ー( 同 +29)マダガスカル( 同 +22) , ネパール( 同 +17)などの 諸 国 も 注 目<br />

に 値 する. 「 国 民 総 幸 福 (GNH)」で 有 名 なブータンはこのランク 差 が-20 で<br />

あり, 所 得 水 準 のランク 程 , 人 間 開 発 ( 社 会 開 発 )が 進 んでいないのは 意 外 で<br />

ある. 「 所 得 水 準 (1 人 当 たり GNI)」と「 幸 福 」に 隔 たりがあるように, 「 人<br />

間 開 発 」と「 幸 福 」の 間 にも 隔 たりがあるのかもしれない.<br />

4.3 これからの 課 題<br />

本 第 4 節 ではアド・ホックな 経 済 成 長 推 計 式 における 諸 非 経 済 要 因 と 経 済 成<br />

長 との 関 係 , 所 得 水 準 と 人 間 開 発 指 数 (HDI)との 関 係 における, 社 会 開 発 と<br />

経 済 成 長 との 相 関 関 係 を 通 して, 経 済 開 発 と 政 治 ・ 制 度 開 発 , 社 会 開 発 とのか<br />

かわりの 一 部 を 紹 介 した.<br />

紙 面 の 都 合 上 ここでは 詳 しく 取 り 上 げなかったが, 社 会 資 本 と 経 済 成 長 と<br />

の 関 係 (Social capital matters?) 分 析 は, 今 後 政 府 の 調 整 機 能 や, 取 引 費 用 や 情<br />

報 の 伝 達 等 の 観 点 から 新 制 度 経 済 学 におけるミクロ 経 済 分 析 も 進 められるべ<br />

き 研 究 対 象 分 野 である. 20 世 紀 は 人 口 爆 発 の 世 紀 であったが, 21 世 紀 は 人 口 老<br />

齢 化 ・ 人 口 減 少 の 世 紀 へと 代 わっていく. 多 くの 開 発 途 上 国 が, 先 進 国 の 幾 多<br />

の( 高 コストの) 社 会 保 障 制 度 をまねて 高 齢 化 社 会 に 対 応 することは 不 可 能 で<br />

あり, ここでも 地 域 住 民 のネットワークなど, 社 会 資 本 の 果 たす 役 割 が 不 可 欠<br />

であると 思 われる.<br />

自 由 ・ 民 主 主 義 と 経 済 成 長 との 関 係 (Freedom matters?; Democracy matters?)<br />

分 析 は, 特 定 の 政 治 参 加 の 権 利 等 の 指 標 を 超 えて, 今 少 し 幅 広 く 行 われるべ<br />

き 研 究 分 野 ではある. ただし, 米 国 主 導 の「 新 自 由 主 義 」の 意 味 での 画 一 的 な<br />

自 由 ・ 民 主 化 は 退 潮 し, 米 国 一 極 体 制 から 今 後 多 極 化 を 進 める 世 界 の 中 で「 自<br />

由 」の 多 様 化 が 起 こるのではないだろうか. 「 開 発 」のプロセスや 結 果 に 影 響<br />

を 及 ぼす 政 治 体 制 や 制 度 は, 今 後 益 々それらの 果 たす「 機 能 」に 注 目 して 分 析<br />

され, 特 定 の 体 制 ・ 制 度 の 画 一 的 な 押 しつけや 導 入 ではない, 「 同 機 能 」を 果<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

たす 土 着 の 制 度 や, 各 国 に 適 応 した 制 度 の 構 築 が 進 むのではないだろうか.<br />

経 済 開 発 の 概 念 や 対 象 分 野 そのものが 経 済 成 長 から 大 きく 拡 大 していること<br />

は 先 に 示 した. 開 発 経 済 理 論 , 経 済 成 長 理 論 は 高 所 得 水 準 と 高 成 長 の「 要 素 ・<br />

要 因 」を 探 し 求 め 続 けるが, その 過 程 で, これからも 政 治 , 制 度 , 社 会 , 人 間<br />

と 分 析 対 象 領 域 を 拡 げていくことになるだろう.<br />

人 間 の 合 理 性 を 少 なくとも 部 分 的 には 否 定 し, 感 情 を 加 味 した「 幸 福 の 経 済<br />

学 」が 今 後 拡 大 していくのであれば, それらを 取 り 入 れる 経 済 開 発 ( 理 論 )では,<br />

やはり「 開 発 」の 結 果 達 成 される「 人 間 の 状 態 」において 目 的 ( 関 数 )が 設 定 さ<br />

れることにもなろう. 「 人 間 が 人 間 らしく 生 きる 能 力 を 有 した 状 態 」をエンパ<br />

ワーされた 状 態 と 呼 ぶのであれば,‘empowerment’ によって「’empowered’され<br />

た 人 間 の 状 態 」 達 成 が「( 経 済 ) 開 発 の 目 的 」とされるのかもしれない.<br />

5. 経 済 開 発 の 主 要 課 題<br />

本 節 では, 開 発 経 済 学 者 が( 経 済 ) 開 発 の 課 題 として 取 り 組 んできた 諸 問 題<br />

の 中 から 主 要 と 思 われるものを 選 んで 提 示 することにより, 読 者 に 経 済 開 発<br />

の 対 象 領 域 についての 認 識 を 深 めて 頂 きたい. 対 象 課 題 の 中 には, 純 粋 に 経 済<br />

的 な 問 題 の 他 に, 前 節 までに 紹 介 した 経 済 開 発 の 対 象 領 域 の 拡 大 を 反 映 した 諸<br />

課 題 も 多 い. 開 発 経 済 学 の 教 科 書 では 一 般 に,「 開 発 」の 議 論 において 解 決 され<br />

た( 同 意 が 得 られた)とされる 課 題 ・ 設 問 , 未 だにその 答 えの 出 ていない 課 題 ・<br />

設 問 ,(1つの 課 題 の 解 決 から 生 まれた2 次 的 な 課 題 を 含 めて) 新 しく 生 まれて<br />

きた 課 題 ・ 設 問 等 に 分 類 して 諸 課 題 を 提 示 することが 多 いが, 実 は 開 発 経 済 学<br />

者 の 間 でも「 解 決 」に 同 意 が 得 られていないものが 多 く, また 一 度 解 決 したと<br />

される 課 題 が, 「 開 発 」の 行 われる 環 境 ・コンテクストの 変 化 から 再 度 問 題 視<br />

されることも 多 い. よって 本 節 では, 少 し 違 った 視 点 からの 分 類 法 を 使 用 して<br />

諸 課 題 を 提 示 することとする. また, 本 書 の 第 II 部 において, 最 も 重 要 と 思 わ<br />

れる 開 発 課 題 が 課 題 毎 に 学 際 的 に 取 り 扱 われるので, ここでは 課 題 内 容 の 説 明<br />

に 止 め, 議 論 の 方 向 性 や 結 論 等 には 言 及 しないこととする.<br />

5.1 「 貧 困 削 減 の 三 角 形 」に 関 して<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

1) 経 済 成 長 は 貧 困 削 減 の 必 要 十 分 条 件 であるか?<br />

経 済 開 発 は 所 得 と 雇 用 の 増 大 , 即 ち 経 済 成 長 を 通 して 貧 困 削 減 を 目 指 すもの<br />

である. 過 去 , 経 済 成 長 の 果 実 はトリクルダウンを 通 じて 途 上 諸 国 の 貧 困 削 減<br />

をもたらしてきたか? 経 済 成 長 は 貧 困 削 減 の 必 要 条 件 なのか 必 要 十 分 条 件 な<br />

のか? ‘Growth’ を ‘Pro-Poor Growth’とする 要 件 は 何 か?<br />

2) 経 済 成 長 の 要 因 は 何 か?<br />

世 界 には 何 故 , 高 経 済 成 長 を 経 験 する 諸 国 と 低 成 長 に 喘 ぐ 諸 国 が 存 在 するの<br />

か? 世 界 には 何 故 , 高 所 得 の 諸 国 と 低 所 得 の 諸 国 が 同 時 に 存 在 しているの<br />

か? 何 が 高 経 済 成 長 , 高 所 得 を 規 定 する 要 因 ・ 要 素 であるのか?<br />

3) 経 済 成 長 ( 所 得 増 大 )と 不 平 等 との 間 にはトレード・オフが 存 在 するのか?<br />

経 済 成 長 と 所 得 不 平 等 との 間 に 普 遍 的 な 関 係 が 存 在 するか? 経 済 成 長 は 所 得<br />

の 不 平 等 を 伴 うものであろうか? 所 得 ・ 資 産 不 平 等 は, 経 済 成 長 を 加 速 する<br />

か 減 速 するか? 地 理 的 な 不 平 等 (spatial inequality)についてはどうであろ<br />

うか? 国 家 開 発 と 地 域 開 発 の 間 にはどのような 整 合 性 が 保 たれるべきであろう<br />

か? より 平 等 かつ 高 成 長 を 目 指 すには 何 が 必 要 とされるのか?<br />

4) 投 資 と 成 長 のインセンティブを 損 なわない 再 分 配 政 策 とは 何 か?<br />

資 産 や 成 長 の 果 実 のより 平 等 な 分 配 ・ 再 分 配 が 貧 困 削 減 に 重 要 であるとされ<br />

る . 同 時 に, 過 度 な 所 得 再 分 配 は, 投 資 家 , 起 業 家 , 企 業 の 投 資 意 欲 をそぐこ<br />

とも 確 認 されている. 投 資 と 成 長 のインセンティブを 損 なわない 再 分 配 政 策 と<br />

は 何 か?<br />

5) 農 業 開 発 は 経 済 成 長 のエンジンであり 得 るか?<br />

途 上 国 の 貧 困 層 の 多 くが 農 村 と 農 業 に 留 まっている 事 実 は, 貧 困 削 減 におけ<br />

る 農 村 開 発 の 変 わらぬ 重 要 性 を 示 唆 している. 昨 今 , アフリカやアジアで 再 台<br />

頭 している( 工 業 化 )に 頼 らない, 農 業 開 発 による 成 長 の 持 続 は 可 能 か? 農<br />

村 ・ 農 業 開 発 は 都 市 化 を 伴 う 工 業 化 による 経 済 開 発 より( 持 続 的 に)‘ Pro-Poor’<br />

であるか?<br />

5.2 開 発 ガバナンス・ 制 度 に 関 して<br />

6) 経 済 開 発 は 政 府 主 導 で 行 われるべきか, 市 場 主 導 で 行 われるべきか?<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

途 上 国 経 済 社 会 開 発 は 政 府 主 導 で 行 われるべきであろうか, 市 場 主 導 で 行 わ<br />

れるべきであろうか? 政 府 と 市 場 の 役 割 はどう 変 化 しているのか? 構 造 主<br />

義 派 における 政 府 主 導 の 国 家 開 発 計 画 の 時 代 から, 新 古 典 派 再 興 による 市 場 化<br />

の 流 れ, 新 内 生 的 経 済 成 長 論 から 生 まれたコーディネーターとしての 政 府 の 役<br />

割 の 再 確 認 へとパラダイムは 変 遷 している. 「 開 発 」のコンテクストで 望 まれ<br />

る 政 府 と 市 場 の 関 係 は 何 か?<br />

7) 経 済 開 発 に 最 適 な 政 治 体 制 は 何 であろうか?<br />

戦 後 多 くの 発 展 途 上 国 が 社 会 主 義 革 命 を 経 て 社 会 主 義 化 , 共 産 主 義 化 した.<br />

その 後 , 「 歴 史 の 終 わり」, 冷 戦 の 終 結 によって 1990 年 代 には 資 本 主 義 の 優 位<br />

性 が 証 明 されたと 言 われている. インドにおける 民 主 化 は 飢 餓 の 撲 滅 に 貢 献 し<br />

たとされているが, 東 南 アジアでは 開 発 独 裁 が 高 成 長 をもたらし, 貧 困 の 削 減<br />

をもたらしたと 言 われている. 対 外 経 済 援 助 の 交 換 要 件 として 民 主 化 ・ 民 主 主<br />

義 が 強 要 されることも 散 見 される 今 日 , 開 発 経 済 学 者 はこの 問 題 にどう 答 えを<br />

だしているのか?<br />

8) 「 東 アジアの 奇 跡 」「アジア 成 長 モデル」は 健 在 か? 他 地 域 への 適 用 性 は<br />

あるか?<br />

政 府 と 市 場 の 良 好 な 関 係 , 高 い 貯 蓄 率 と 人 的 資 源 への 投 資 を 基 に, 海 外 投 資<br />

受 け 入 れによる 輸 出 指 向 型 開 発 戦 略 を 展 開 して 高 成 長 を 遂 げた「 東 アジアの 奇<br />

跡 」「アジア 成 長 モデル」はアジア 金 融 危 機 後 も 健 在 であるか? 変 化 が 見 ら<br />

れるとすればそれは 何 か? 東 アジアの 成 功 体 験 (および 失 敗 体 験 )は 他 の 開<br />

発 途 上 地 域 に 適 用 可 能 なものであるか?<br />

9) ワシントン・コンセンサスに 基 づく 途 上 国 ( 経 済 ) 構 造 改 革 は 成 功 したか?<br />

1980 年 代 より 国 際 開 発 金 融 機 関 のドグマであった「ワシントン・コンセンサ<br />

ス」は 開 発 途 上 諸 国 の 経 済 社 会 開 発 に 寄 与 しただろうか?<br />

構 造 改 革<br />

( Structural Adjustment)の 光 と 影 を 検 証 すると, 途 上 諸 国 の 経 済 社 会 体 制 を<br />

先 進 諸 国 のそれに 迎 合 させていくという 基 本 戦 略 の 是 非 はどうか? ポスト・<br />

ワシントン・コンセンサスはどのように 形 成 され, どこへ 向 かうべきか?<br />

10 ) ガバナンスは 経 済 開 発 にとって 本 当 に 重 要 なのか?<br />

1980 年 代 から 1990 年 代 初 頭 へ 続 いた「 構 造 改 革 」が 多 くの 諸 国 で 失 敗 であ<br />

ったとされる 時 , その 理 由 の 筆 頭 にガバナンスの 欠 如 (lack of governance,<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

poor governance)が 挙 げられる. ガバナンスの 諸 要 素 は 多 様 であるが, 今 開 発<br />

コミュニティーにおいて 共 通 項 とされるものは 何 か? 経 済 開 発 の 施 政 者 の 間<br />

ではガバナンスは 何 を 意 味 するのか? 実 際 , ガバナンスの 諸 要 素 と 経 済 開 発<br />

の 間 には 検 証 可 能 な 因 果 関 係 が 存 在 しているのであろうか?<br />

11) 地 方 分 権 化 の 流 れは 経 済 開 発 のトリクルダウンを 促 進 するか?<br />

グローバリゼーションの 流 れと 並 行 して, アジアや 世 界 各 地 ではローカリゼ<br />

ーション, 地 方 分 権 化 の 流 れが 加 速 している. 地 方 分 権 化 は 地 方 住 民 の 参 加 や<br />

その 声 を 反 映 して, 経 済 成 長 の 利 益 の 地 域 的 トリクルダウンを 推 進 するのであ<br />

ろうか? 国 家 としての 経 済 開 発 の 効 率 性 や 整 合 性 は 犠 牲 にならないであろう<br />

か? 開 発 途 上 にある 諸 国 にとって 望 まれる 地 方 分 権 化 とはどのようなもので<br />

あろうか?<br />

5.3 グローバリゼーション 下 の「 開 発 」に 関 して<br />

12) 貿 易 の 自 由 化 , 貿 易 統 合 は 経 済 開 発 を 促 進 するか?<br />

戦 後 , 開 発 途 上 諸 国 は, 経 済 的 自 立 を 求 めた 輸 入 代 替 政 策 ( 内 向 きの 開 発 戦<br />

略 )から 輸 出 指 向 政 策 ( 外 向 きの 開 発 戦 略 )へと 基 本 戦 略 を 転 換 させてきた. 現<br />

在 WTO のメンバーシップは 途 上 諸 国 にとって, 経 済 開 発 に 必 要 不 可 欠 な 切<br />

符 であるとされる. 貿 易 自 由 化 にまつわる 種 々の 国 々の 成 功 体 験 と 失 敗 体 験 か<br />

ら 我 々は 何 を 学 んだか?<br />

13) 金 融 の 自 由 化 , 金 融 統 合 は 経 済 開 発 を 促 進 するか?<br />

かつて 米 国 議 会 で 途 上 国 援 助 擁 護 に 使 用 された’two-gap model’ の 時 代 から,<br />

資 金 の 乏 しい 開 発 途 上 諸 国 において, 開 発 の 内 部 金 融 のみならず 外 部 金 融 の 機<br />

会 拡 大 は 必 須 であるとされてきた. 民 間 金 融 に 限 れば, 開 発 の 外 部 金 融 の 恩 恵<br />

を 受 けている 途 上 諸 国 の 数 は 限 られている(せいぜい 20-30 カ 国 ). 金 融 自 由<br />

化 によって 債 務 危 機 , 金 融 危 機 に 繰 り 返 し 巻 き 込 まれる 途 上 諸 国 も 現 れた. 金<br />

融 自 由 化 が 経 済 開 発 を 促 進 するために 必 要 とされる 条 件 は 何 か? 我 々は 債 務<br />

危 機 , (アジア) 金 融 危 機 等 から 我 々は 何 を 学 んだのか? 世 界 はブレトン・<br />

ウッズ 体 制 崩 壊 後 , 確 固 たる 世 界 金 融 体 制 を 再 構 築 出 来 ないでいる. このよう<br />

な 条 件 下 で 開 発 資 金 を 必 要 とする 途 上 諸 国 の 取 るべき 道 は 何 か?<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

14) 国 際 ( 労 働 ) 人 口 移 動 は 開 発 途 上 国 を 地 理 的 制 約 から 開 放 するか?<br />

貿 易 や 金 融 の 自 由 化 に 比 して, 対 応 やグローバルなシステム 作 りが 遅 れてい<br />

るのが 国 際 労 働 移 動 ( 労 働 市 場 統 合 )の 分 野 である. 国 際 ( 労 働 ) 人 口 移 動 は, 途<br />

上 国 を 地 理 的 制 約 から 開 放 するのか? 開 発 途 上 国 と 先 進 国 の 双 方 にとって 望 ま<br />

しい「 人 的 資 源 市 場 」の 開 放 ・ 統 合 とは 何 か?<br />

15) グローバリゼーションは 経 済 開 発 を 促 進 するか?<br />

グローバリゼーションは 貿 易 , 資 金 , 情 報 ・アイデア, 国 境 を 越 えた 労 働 移 動 ,<br />

および 海 外 投 資 活 動 に 裏 打 ちされた 多 国 籍 企 業 の 多 国 間 生 産 ネットワークの 拡<br />

張 に 拠 る 世 界 経 済 のより 緊 密 な 結 びつき, 統 合 を 意 味 する. 多 国 籍 企 業 の 地 球<br />

規 模 の 展 開 は 途 上 国 開 発 を 促 進 するか? 多 様 な 分 野 において 伸 展 ・ 深 化 するグ<br />

ローバリゼーションは, 開 発 途 上 諸 国 の 経 済 開 発 にどのような 正 の 効 果 と 負 の<br />

効 果 を 及 ぼしているのか? 途 上 諸 国 に 求 められているのは 何 か?<br />

16) 自 由 貿 易 協 定 (FTA)などの 地 域 協 定 は 途 上 国 開 発 の 切 り 札 なのか?<br />

グローバリゼーションの 流 れは, リージョナリゼーションの 流 れも 生 んでい<br />

る . ガット・ウルグアイ・ラウンドの 成 功 により 貿 易 障 壁 は 地 球 規 模 で 低 くな<br />

りつつあるにかかわらず 自 由 貿 易 協 定 や 地 域 経 済 連 携 協 定 などが 花 盛 りなのは<br />

何 故 か? WTO 交 渉 が 暗 礁 に 乗 り 上 げつつある 今 , 2 国 間 や 地 域 諸 国 間 の 交<br />

渉 の 進 展 のスピード 感 は 否 応 なしに 高 まっている. 開 発 途 上 諸 国 はこのような<br />

地 域 協 定 をどう 創 出 し, どう 加 わっていくべきか? 発 言 力 の 弱 い 個 々の 開 発<br />

途 上 諸 国 にとって, 地 域 協 定 は 途 上 国 開 発 の 切 り 札 と 成 り 得 るのであろうか?<br />

17) IMF, World Bank, WTO 等 を 通 じたグローバル・ガバナンスは 途 上 国 開<br />

発 を 促 進 してきたか?<br />

グローバリゼーションの 進 展 により 貿 易 や 金 融 面 での 結 合 度 が 高 まり, 自 国<br />

のコントロールの 外 にある 要 因 で 開 発 途 上 諸 国 の 開 発 プロセスが 頓 挫 すること<br />

が 多 々 見 られることとなった. 途 上 諸 国 の 経 済 社 会 開 発 を 助 ける 国 際 貿 易 体<br />

制 , 国 際 金 融 体 制 , また 環 境 や 情 報 化 を 国 際 的 に 管 理 運 営 する 地 球 公 共 財<br />

( global public goods)の 望 まれる 姿 とは?<br />

5.4 新 たな 挑 戦 ・ 制 約 に 関 して<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

18) 経 済 開 発 と 人 間 開 発 の 間 にはどのような 因 果 関 係 があるのか?<br />

新 しい 経 済 成 長 理 論 では, 人 的 資 本 (Human Capital)や 知 識 資 本 ( Knowledge<br />

Capital)の 重 要 性 が 強 調 されている. 社 会 構 成 員 各 自 の 人 材 や R&D への 投 資 が<br />

必 要 とされ, 新 しい 知 識 やアイデアが 社 会 公 共 財 となるよう 政 府 の 調 整 機 能<br />

(コーディネーション)が 重 要 視 される. 人 的 資 本 への 投 資 はそれをファイナ<br />

ンスする 所 得 , 経 済 成 長 によって 支 えられるものであるが, 人 間 開 発 が 経 済 成<br />

長 を 可 能 にし, 支 えるものであることも 確 かである. 経 済 開 発 と 人 間 開 発 の 因<br />

果 関 係 をどうとらえ, どのような 施 策 が 採 られるべきか?<br />

19) 制 度 , 社 会 資 本 構 築 は 経 済 開 発 を 促 進 するか?<br />

近 年 , 経 済 成 長 ・ 経 済 開 発 達 成 に 必 要 な 諸 要 素 , 所 得 成 長 のポテンシャル<br />

(steady state income level) 高 揚 と 成 長 の 安 定 性 確 保 には, 法 制 度 を 含 めた 様 々<br />

な 社 会 制 度 を 含 む 制 度 的 要 因 (institutions)および 社 会 資 本 (social capital)の 構<br />

築 が 必 要 であるとされるに 至 っている. これら 新 しく 経 済 開 発 分 析 に 取 り 込 ま<br />

れてきた 諸 要 素 は 実 際 どの 程 度 経 済 成 長 ・ 経 済 開 発 を 左 右 しているのであろう<br />

か? 多 様 な 開 発 途 上 諸 国 に 必 要 とされる 制 度 , 社 会 資 本 にはどのような 共 通<br />

項 があるのであろうか?<br />

20) 資 源 に 富 む 国 々の 開 発 は 容 易 なのか? 資 源 ガバナンスはどうあるべき<br />

か?<br />

エネルギーや 鉱 物 資 源 に 富 む 諸 国 において 経 済 成 長 が 停 滞 する 現 象 は 古 くは<br />

「オランダ 病 」や「 資 源 の 呪 い」としてとらえられていた. アフリカ 諸 国 を 対<br />

象 とした 実 証 分 析 でも, 資 源 に 富 む 諸 国 が 経 済 成 長 の 達 成 により 苦 労 している<br />

姿 が 映 し 出 されている. 1970 年 代 に 台 頭 した 資 源 ナショナリズムは 持 てる 国 と<br />

持 たざる 国 に 途 上 諸 国 を 2 分 化 した. 21 世 紀 に 入 り, 資 源 ナショナリズムが 再<br />

台 頭 している. 21 世 紀 には 化 石 燃 料 の 枯 渇 がはじまり, 更 に「 貧 困 」にも 重 要<br />

なインパクトを 及 ぼすとされる「 水 資 源 」の 争 奪 もはじまる. 諸 資 源 を 持 つ 国 ,<br />

持 たざる 国 の 開 発 戦 略 はどうあるべきか? 水 資 源 を 含 んだ 資 源 のグローバ<br />

ル・ガバナンスはどうあるべきか?<br />

21) 環 境 保 全 と 経 済 開 発 の 間 にはトレード・オフが 存 在 するのか?<br />

地 球 温 暖 化 が 原 因 とされる 異 常 気 象 が 身 近 になった 21 世 紀 初 頭 の 今 , かつ<br />

て 大 量 資 源 消 費 に 支 えられ 経 済 成 長 を 遂 げた 先 進 諸 国 の 間 には 危 機 感 が 芽 生 え,<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

環 境 保 全 の 地 球 的 枠 組 みが 模 索 されている. 京 都 アジェンダにおいても WTO<br />

の 関 係 会 合 においても, 発 展 途 上 諸 国 は, 地 球 環 境 保 全 の 行 動 とファイナンス<br />

は 先 進 国 主 体 に 行 われるべきと 主 張 している.<br />

急 成 長 する 中 国 やインドにお<br />

いて 現 在 のペースでエネルギー 消 費 を 含 めた 環 境 消 費 が 行 われ, アメリカ 等 の<br />

大 量 資 源 消 費 国 がその 生 活 様 式 を 改 めねば 地 球 環 境 は 破 綻 されると 思 われる.<br />

現 代 の 環 境 保 全 技 術 と, 排 出 権 取 引 などの 市 場 の 工 夫 をこらしても 経 済 開 発 と<br />

環 境 保 全 は 相 容 れないものであるのか? 開 発 途 上 諸 国 の 経 済 成 長 と 環 境 保 全<br />

の 間 にはトレード・オフが 存 在 しているか? 地 球 環 境 資 源 のグローバル・ガバ<br />

ナンスは 途 上 国 を 巻 き 込 みつつどう 進 展 すべきか?<br />

22) アジアをはじめとする 老 齢 化 に 開 発 コミュニティーはどう 対 応 すべき<br />

か?<br />

アジアにおいては, 日 本 のみならず 中 国 , 韓 国 , タイ 等 において 人 口 構 成 の<br />

老 齢 化 が 急 速 に 進 行 している. 世 界 の 諸 地 域 を 見 渡 してもアジアの 人 口 高 齢 化<br />

( dependency ratio で 見 て)は 他 地 域 に 先 駆 けて(10-15 年 は 早 く) 進 行 して<br />

いることがわかる. 1960 年 代 末 から 1970 年 代 を 通 じてアジアの 旺 盛 な 投 資 活<br />

動 は, この 地 域 の ’dependency ratio’ の 急 速 な 低 下 に 伴 う 貯 蓄 率 の 強 い 伸 び<br />

によって 支 えられてきた. 1 人 当 たり 所 得 が OECD 加 入 水 準 に 遥 かに 満 たない<br />

段 階 で 老 齢 化 を 迎 える 開 発 途 上 諸 国 はどのような 対 策 を 講 じて 行 くべきか?<br />

また, 先 進 諸 国 の 老 齢 化 にともない, 開 発 ・ 投 資 資 金 の 流 れはどのように 変 化<br />

して 行 くのであろうか?<br />

23) 援 助 は 経 済 開 発 を 促 進 しているか? 開 発 援 助 の 今 後 のあるべき 姿 は?<br />

開 発 援 助 ( 開 発 援 助 金 融 , 開 発 政 策 支 援 , 技 術 援 助 )は 途 上 国 経 済 社 会 開 発<br />

を 促 進 してきたか? 多 くの 援 助 供 与 国 で 財 政 健 全 化 が 行 われ, 援 助 のアカウ<br />

ンタビリティの 問 われる 現 在 , また 9.11( 同 時 多 発 テロ) 以 降 の 貧 困 削 減 とテ<br />

ロとの 戦 いの 関 係 付 け 以 降 , ( 経 済 開 発 ) 援 助 のモダリティはどのように 変 化<br />

していくのであろうか? 9.15(リーマン・ショック) 以 後 の 国 際 金 融 体 制 変<br />

化 のなかで, 公 的 資 金 , 民 間 資 金 の 役 割 と 関 係 はどう 変 化 するか? 開 発 金 融<br />

の 将 来 はどうあるべきか?<br />

24) 政 策 実 行 の 順 序 (sequence)をどう 捉 えるのか? 開 発 政 策 に 時 間 軸 を 足 す<br />

べきか?<br />

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「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

1990 年 代 以 降 , ガバナンス 論 , PRSP 導 入 , アジア 金 融 危 機 , グローバル 金<br />

融 ・ 経 済 危 機 と( 国 際 ) 開 発 において 難 問 に 直 面 する 度 に 新 しい「 開 発 」や「 経<br />

済 成 長 」の 必 須 条 件 ( 十 分 条 件 ではない)が 提 示 されてきた. 開 発 政 策 はどの<br />

ような 現 状 や 成 果 に 照 らし 合 わせてどうような 順 番 で 施 行 されるべきか, 制<br />

度 ( institutions)はどうような 順 に 変 化 すべきか? 例 えば, 開 発 独 裁 で 開 発<br />

( 発 展 )した 後 に 民 主 化 すべきか, 民 主 的 制 度 の 中 で 開 発 ( 発 展 )すべきか?<br />

このように 開 発 政 策 に 時 間 軸 を 明 確 に 導 入 する 必 要 があるか? 世 界 銀 行 が<br />

提 案 する 包 括 的 開 発 フレームワーク(CDF)が2 次 元 の 開 発 フレームワークで<br />

あるとすると, 時 間 軸 を 足 した3 次 元 の 開 発 フレームワークはどのように 規 定<br />

され, 実 行 されるべきか?<br />

25) 今 後 の 経 済 開 発 やそのパラダイムを 支 える 開 発 経 済 学 はどう 進 化 すべき<br />

か?<br />

現 在 開 発 経 済 学 において, ミクロ 面 では 情 報 の 非 対 称 や 欠 如 やリスクを 取 り<br />

込 んだ 開 発 のミクロ 経 済 学 , 制 度 経 済 学 が 進 展 し, マクロ 面 では 技 術 進 歩 を 内<br />

生 科 し, 政 府 の 調 整 機 能 を 重 視 する 内 生 的 成 長 論 が 進 展 している. 今 後 の 開 発<br />

経 済 理 論 の 発 展 は「 開 発 の 目 的 」を 明 示 的 に 取 り 込 むことに 成 功 するか?「 幸<br />

.... ..<br />

福 の 経 済 学 」の 進 展 にともない, 開 発 経 済 学 は「 開 発 」のプロセスや 結 果 だけ<br />

..<br />

でなくその 目 的 をも 扱 う 学 問 体 系 に 進 化 し 得 るか? それともそれは( 開 発 ) 経<br />

済 学 者 の 奢 りに 過 ぎないか?<br />

45


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

** 引 用 文 献 **<br />

日 本 語 文 献<br />

大 坪 滋 (2008),「 経 済 成 長 ― 不 平 等 ― 貧 困 削 減 の 三 角 関 係 に 関 する 一 考 察 」,『 国 際 開 発 研 究 フォ<br />

ーラム』, 36, pp.21-44.<br />

大 坪 滋 ( 編 )(2009), 『グローバリゼーションと 開 発 (Leading Issues in Development with<br />

Globalization)』 勁 草 書 房 .<br />

長 田 博 (2007), ”Pro-Poor Growth アプローチ,” 『 国 際 開 発 研 究 フォーラム』, 33, pp.25-41.<br />

欧 文 文 献<br />

Ahluwalia, Montek (1976), “Inequality, Poverty and Development,” Journal of Development Economics,<br />

3(4), pp.307-342.<br />

Ahluwalia, Montek, Carter, N.G. and Chenery, Hollis (1979), “Growth and Poverty in Developing<br />

Countries,” Journal of Development Economics, 6(3), pp.299-341.<br />

Barro, Robert J. and X. Sala-i-Martin (1995), Economic Growth, McGraw-Hill.<br />

Barro, Robert J. (1997), Determinants of Economic Growth: A Cross-Country Empirical Study, MIT Press.<br />

Barro, Robert J. (1999), “Inequality, Growth, and Investment,” Paper presented at the World Bank<br />

Macroeconomics Workshop, mimeo.<br />

Benabou, Roland (1996), “Inequality and Growth,” NBER Macroeconomics Annual, 1996, pp.11-74.<br />

Bourguignon, Francois (2003), “The Growth Elasticity of Poverty Reduction,” in Eicher, T. and Turnovsky,<br />

S. eds., Inequality and Growth, MIT Press.<br />

Bourguignon, Francois (2004), “The Poverty-Growth-Inequality Triangle,” Paper prepared for the Indian<br />

Council for Research on International Economic Relations—World Bank Lecture, India Habitat Center,<br />

New Delhi, February 4.<br />

Brinkman, Richard (1995), “Economic growth versus economic development: Toward a conceptual<br />

clarification,” Journal of Economic Issues, 29, pp.1171-1188.<br />

Bruno, Michael, Ravallion, Martin and Squire, Lyn (1996), “Equity and Growth in Developing Countries:<br />

Old and New Perspectives on the Policy Issues,” World Bank Policy Research Working Paper, No.<br />

2375, The World Bank.<br />

Bruno, Michael, Ravallion, Martin and Squire, Lyn (1998), “Equity and Growth in Developing Countries:<br />

Old and New Perspectives on the Policy Issues,” In Vito Tanzi and Ke-Young Chu eds., Income<br />

Distribution and High Growth, MIT Press.<br />

Collier, Paul (2007), The Bottom Billion, Oxford University Press [ 邦 訳 :コリア-, ポール (2008), 『 最<br />

底 辺 の 10 億 人 』( 中 谷 和 男 訳 ) 日 系 BP 社 ]<br />

Datt, G. and Ravallion, M. (1992), “Growth and Redistribution Components of Changes in Poverty<br />

Measures: a Decomposition with Application to Brazil and India in the 1980s,” Journal of Development<br />

Economics, 38(2), pp.275-295.<br />

Deininger, Klaus and Squire, Lyn (1996), “A New Data Set Measuring Income Inequality,” World Bank<br />

Economic Review, 10(3): 565-91.<br />

46


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

Deininger, Klaus and Squire, Lyn (1998), “New Ways of Looking at Old Issues: Inequality and Growth,”<br />

Journal of Development Economics, 57(2), pp. 257-285.<br />

Deininger, Klaus and Olinto, Pedro (2000), “Asset Distribution, Inequality, and Growth,” World Bank<br />

Policy Research Working Paper, No. 2375, The World Bank.<br />

Dollar, David and Krray, Aart (2002), “Growth is Good for the Poor,” Journal of Economic Growth, 7(3),<br />

pp. 195-225.<br />

Easterly, William (2001), The Elusive Quest for Growth: Economists’ Adventures and Misadventures in the<br />

Tropics, The MIT Press [ 邦 訳 :イースタリー,ウィリアム (2003), 『エコノミスト 南 の 貧 困 と 闘<br />

う』( 小 浜 裕 久 , 織 井 啓 介 , 冨 田 陽 子 訳 ) 東 洋 経 済 新 報 社 ]<br />

Fields, Gary (2001), Distribution and Development: a new look at the developing world, MIT Press.<br />

Forbes, Kristin (1998), “A Reassessment of the Relationship between Inequality and Growth,” MIT mimeo.<br />

Galor, Oded and Zeira J. (1993), “Income Distribution and Macroeconomics,” Review of Economic Studies,<br />

60, pp.35-52.<br />

Hirschman, Albert O. (1958), The Strategy of Economic Development, Yale University Press [ 邦 訳 :ハーシ<br />

ュマン, アルバート O. (1961), 『 経 済 発 展 の 戦 略 』( 小 島 清 監 修 , 麻 田 四 郎 訳 ) 厳 松 堂 出 版 ]<br />

Hirschman, Albert O. (1968), ”Political Economy of Import Substituting Industrialization,” Quarterly<br />

Journal of Economics, February<br />

Kuznets, Simon (1955), “Economic Growth and Income Inequality,” American Economic Review, 45,<br />

pp.1-28.<br />

Kuznets, Simon (1963), “Quantitative Aspects of the Economic Grwoth of Nations: VIII, Distribution of<br />

Income by Size,” Economic Development and Cultural Change (Part 2), pp. 1-80.<br />

Lewis, W. Arthur (1954), “Economic Development with Unlimited Supplies of Labor,” Manchester School<br />

of Economics and Social Studies, May, pp.139-91.<br />

Li, Hongyi and Zou, Heng-fu Zou (1998), “Income Inequality Is Not Harmful for Growth: Theory and<br />

Evidence,” Review of Development Economics, 2(3), pp. 318-34.<br />

Myint, Hla (1954-55), “Gains from International Trade and Backward Countries,” Review of Economic<br />

Studies, 22(58), pp.129-42.<br />

Nurke, Ragnar (1953), Problems of Capital Formation in Underdeveloped Countries, Oxford University<br />

Press.<br />

Paukert, F. (1973), “Income distribution at different levels of development: a survey of the evidence,”<br />

International Labour Review, 108, pp. 97-125.<br />

Perotti, Roberto (1996), “Growth, income distribution, and democracy: What the Data Say,” Journal of<br />

Economic Growth, 1(2), pp. 149-187.<br />

Prebisch, Raul (1950), The Economic Development of Latin America and Its Principal Problems, ECLAC.<br />

Ravallion, Martin (2005), “Inequality is Bad for the Poor.” World Bank Policy Research Working Paper,<br />

No. 3677, The World Bank.<br />

Romer, Paul M. (1986), "Increasing Returns and Long-run Growth," Journal of Political Economy , 94<br />

(October), pp.1002-37.<br />

47


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

Romer, Paul M. (1990), "Endogenous Technological Change," Journal of Political Economy, 98 (October),<br />

pp.71-102.<br />

Rostow, W.W. (1959), “The Stages of Economic Growth,” Economic History Review (August 1959).<br />

Rostow, W.W. (1960), The Stages of Economic Growth: A Non-Communist Manifesto, Cambridge<br />

University Press.<br />

Rostow, W.W. (1963), "The takeoff into Self-Sustained Grwoth," in Agarwala and Singh, The Economics of<br />

Underdevelopment, Oxford Univ. Press, pp. 154-186.<br />

Schultz, Theodore W. (1956), “The Role of Government in Promoting Economic Growth,” in L.D. White<br />

ed., The State of the Social Science, University of Chicago Press.<br />

Seers, Dudley (1969), ”The meaning of development,” Paper prepared for the 11 th World Conference of the<br />

Society for International Development, New Delhi.<br />

Sen, Amartya (1999), Development as Freedom, Anchor Books [ 邦 訳 : セン, アマルティア(2000), 『 自<br />

由 と 経 済 開 発 』( 石 塚 雅 彦 訳 ) 日 本 経 済 新 聞 出 版 社 ].<br />

Sen, Amartya (1999), “Assessing Human Development,” Human Development Report, 1999, UNDP, p.23<br />

[ 邦 訳 : セン, アマルティア(1999),「 人 間 開 発 の 評 価 」 国 連 開 発 計 画 『 人 間 開 発 報 告 書 1999 年<br />

版 』( 北 谷 勝 秀 , 椿 秀 洋 , 恒 川 恵 市 訳 ) 国 際 協 力 出 版 会 , p. 29].<br />

Singer, Hans (1950), “The Distribution of Gains between Investing and Borrowing Countries,” American<br />

Economic Review, 40(May), pp.473-85.<br />

Solow, Robert M. (1956), “A Contribution to the Theory of Economic Growth,” Quarterly Journal of<br />

Economics, 70(February), pp.65-94.<br />

Solow, Robert M. (1957), “Technical Change and the Aggregate Production Function,” Review of<br />

Economics and Statistics, 39, pp.312-20.<br />

Streeten, Paul (1999), “10 Years of Human Development,” Human Development Report, 1999, UNDP,<br />

pp.16-17 [ 邦 訳 : ストリーテン, ポール(1999), 「 人 間 開 発 の 10 年 」 国 連 開 発 計 画 『 人 間 開 発<br />

報 告 書 1999 年 版 』( 北 谷 勝 秀 , 椿 秀 洋 , 恒 川 恵 市 訳 ) 国 際 協 力 出 版 会 , pp. 22-23].<br />

Todaro, Michael P. and Smith, Stephen C. (2009), Economic Development, 10 th ed., Addison Wesley [ 邦 訳<br />

(2003 年 の 第 8 版 の 訳 書 ): トダーロ, マイケル・P およびスミス, ステファン・C (2004), 『ト<br />

ダロとスミスの 開 発 経 済 学 』( 岡 田 靖 夫 監 訳 , OCDI 開 発 経 済 研 究 会 訳 ) 国 際 協 力 出 版 会 ].<br />

UNDP (1997), “Governance for sustainable human development.”<br />

Viner, Jacob (1953), International Trade and Economic Development, Oxford University Press.<br />

World Bank (1992), Governance and Development, World Bank.<br />

World Bank (1993), The East Asian Miracle: Economic Growth and Public Policy, Oxford University<br />

Press [ 邦 訳 : 世 界 銀 行 (1994), 『 東 アジアの 奇 跡 ― 経 済 成 長 と 政 府 の 役 割 』( 白 鳥 正 喜 監 訳 ) 東<br />

洋 経 済 新 報 社 ]<br />

World Bank (1994), Adjustment in Africa: Reforms, Results, and the Road Ahead, Oxford University Press.<br />

World Bank (2006), World Development Report 2006: Equity and Development,Oxford University Press<br />

[ 邦 訳 : 世 界 銀 行 (2006), 『 世 界 開 発 報 告 2006: 平 等 と 開 発 』( 田 村 勝 省 訳 ) 一 灯 舎 ].<br />

World Bank (2007), World Development Indicators 2007 CD-ROM.<br />

World Bank (2008), World Development Indicators 2008 CD-ROM and Supplement.<br />

48


『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

** 参 考 文 献 ガイド **<br />

先 ず, 開 発 経 済 学 で 伝 統 的 に 扱 う「 経 済 成 長 ・ 不 平 等 ・ 貧 困 の 三 角 形 」を 正 しく 理 解<br />

し, また‘Pro-Poor Growth’ の 系 譜 を 理 解 しておくために 以 下 の 2 論 文 を 読 んで 頂 きた<br />

い. 両 論 文 とも 経 済 学 を 専 門 としない 読 者 にも 理 解 されるように 執 筆 されており, 以 下<br />

の URL よりダウンロードできる.<br />

大 坪 滋 (2008),「 経 済 成 長 ― 不 平 等 ― 貧 困 削 減 の 三 角 関 係 に 関 する 一 考 察 」,『 国 際<br />

開 発 研 究 フォーラム』, 36, pp.21-44.<br />

長 田 博 (2007), ”Pro-Poor Growth アプローチ,” 『 国 際 開 発 研 究 フォーラム』, 33,<br />

pp.25-41.<br />

開 発 と 不 平 等 との 関 係 に 興 味 を 持 たれた 読 者 は, 是 非 World Bank (2006), World<br />

Development Report 2006: Equity and Development,Oxford University Press [ 邦 訳 : 世 界 銀<br />

行 (2006), 『 世 界 開 発 報 告 2006: 平 等 と 開 発 』( 田 村 勝 省 訳 ) 一 灯 舎 ]を 一 読 すること<br />

を 勧 めたい.<br />

「 何 故 貧 困 は 無 くならないのか」という 経 済 開 発 の1 大 テーマを 扱 い, 過 去 50 年 間<br />

の 途 上 国 経 済 運 営 の 失 敗 の 上 に「 貧 しい 人 々に 貧 しさから 抜 け 出 すインセンティブ」を<br />

与 えよと 主 張 する,<br />

Easterly, William (2001), The Elusive Quest for Growth: Economists’ Adventures and<br />

Misadventures in the Tropics, The MIT Press [ 邦 訳 :イースタリー,ウィリアム<br />

(2001), 『エコノミスト 南 の 貧 困 と 闘 う』( 小 浜 裕 久 , 織 井 啓 介 , 冨 田 陽 子 訳 )<br />

東 洋 経 済 新 報 社 ]<br />

も 一 読 されたい. 同 様 に, アフリカ 経 済 研 究 の 権 威 で, 世 界 銀 行 の 開 発 研 究 グルー<br />

プ・ディレクターも 努 めたオックスフォード 大 学 のポール・コリア-が「 何 故 最 貧 国 は<br />

貧 困 から 抜 け 出 せないでいるのか」「この 最 も 貧 しい 国 々のために 本 当 になすべきこと<br />

は 何 か」を 論 考 した 以 下 の 書 も 勧 めておきたい.<br />

Collier, Paul (2007), The Bottom Billion, Oxford University Press [ 邦 訳 :コリア-, ポ<br />

ール (2008), 『 最 底 辺 の 10 億 人 』( 中 谷 和 男 訳 ) 日 系 BP 社 ]<br />

本 章 第 2 節 で 開 発 経 済 学 の 変 遷 や 潮 流 を 紹 介 したが, それは 筆 者 が 1980 年 代 初 めの<br />

スタンフォード 大 留 学 時 代 から( 経 済 ) 開 発 思 想 の 師 と 仰 ぐマイヤー 教 授 の 以 下 の 2 冊<br />

に 大 きな 影 響 を 受 けている.<br />

Meier, Gerald M. and Stiglitz, Joseph E. (2000), Frontiers of Development Economics:<br />

The Future in Perspective, Oxford University Press [ 邦 訳 :マイヤー, G.M. および<br />

スティグリッツ, J.E. (2003),『 開 発 経 済 学 の 潮 流 ― 将 来 の 展 望 』( 関 本 勘 次 , 近<br />

藤 正 規 , 国 際 協 力 研 究 グループ 訳 )シュプリンガー・フェアラーク 東 京 ].<br />

Meier, Gerald M. (2004), Biography of a Subject, Oxford University Press [ 邦 訳 :マイ<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

ヤー, G.M. (2006), 『 開 発 経 済 学 概 論 』( 渡 辺 利 夫 , 徳 原 悟 訳 ) 岩 波 書 店 ].<br />

『 開 発 経 済 学 概 論 』は, 「 何 が 開 発 途 上 国 の 経 済 成 長 の 源 泉 か」「 何 によって 国 家 間 の<br />

開 発 実 績 の 格 差 が 説 明 できるか」「どのような 政 策 が 開 発 の 促 進 に 最 も 適 合 的 か」とい<br />

う 問 いを 持 って, ( 経 済 開 発 から 人 間 開 発 に 至 る) 開 発 経 済 学 の 体 系 化 を 行 っている.<br />

また「グローバル 化 の 衝 撃 」 等 の 新 課 題 も 扱 っている. 高 度 な 経 済 開 発 の 思 想 論 や 成<br />

長 理 論 等 も 平 易 な 著 述 で 紹 介 されている.<br />

本 章 でも 紹 介 したが, 「 人 間 開 発 」という 新 たな 開 発 概 念 を 提 唱 し, 経 済 開 発 を「 手<br />

段 」として 位 置 づけつつ, その 領 域 拡 大 や 目 的 設 定 に 寄 与 したセンの 以 下 の 著 作 は 是 非<br />

読 んで 頂 きたい.<br />

Sen, Amartya (1999), Development as Freedom, Anchor Books [ 邦 訳 : セン, アマルテ<br />

ィア(2000), 『 自 由 と 経 済 開 発 』( 石 塚 雅 彦 訳 ) 日 本 経 済 新 聞 出 版 社 ].<br />

開 発 経 済 学 の 所 謂 , 教 科 書 と 呼 ばれるものは 色 々あるが, 先 ず 原 著 で 以 下 のグローバ<br />

ル・スタンダードの 教 科 書 にチャレンジされることを 薦 める.<br />

Todaro, Michael P. and Smith, Stephen C. (2009), Economic Development, 10 th<br />

ed., Addison Wesley. あるいは,<br />

Perkins, Dwight H., Radelet, Steven, and Lindauer, David L. (2006), Economics<br />

of Development, 6 th ed., W.W. Norton.<br />

Todaro and Smith の Economic Development, 8 th ed.(2003)には 邦 訳 , トダーロ, マイケ<br />

ル・P およびスミス, ステファン・C (2004), 『トダロとスミスの 開 発 経 済 学 』( 岡 田 靖<br />

夫 監 訳 , OCDI 開 発 経 済 研 究 会 訳 ) 国 際 協 力 出 版 会 があるので, この 版 については( 含<br />

まれる 開 発 関 連 のデータ 等 は 少 し 古 くなるが) 日 英 両 語 を 比 較 しながら 読 むことが 出 来<br />

る. 日 本 語 文 献 の 中 からは 先 ず, マイヤー, G.M. 編 ( 1999),『 国 際 開 発 経 済 学 入 門 』( 松<br />

永 宣 明 ・ 大 坪 滋 訳 ) 勁 草 書 房 を 読 んで 頂 きたい. 欧 米 で 開 発 経 済 学 の 読 本 として 著 名<br />

な Meier, Gerald M. (1995), Leading Issues in Economic Development, 6 th ed., Oxford<br />

University Press の 中 から, 開 発 の 歴 史 的 ・ 理 論 的 考 察 に 関 する 章 と 国 際 経 済 と 開 発 に 関<br />

する 章 , および 政 府 の 役 割 に 関 する 章 を 選 りすぐり, 新 たな 論 文 も 含 めて 日 本 の 読 者 向<br />

けに 翻 訳 したもので, 内 容 の 質 が 大 変 高 い. 白 井 早 百 合 (2008),『マクロ 開 発 経 済 学 :<br />

対 外 援 助 の 新 潮 流 』 有 斐 閣 , 第 1 章 「 経 済 格 差 のマクロ 経 済 学 」の 一 読 も 勧 めたい. こ<br />

れも 学 部 レベルの 教 科 書 で 誰 でも 容 易 に 読 める. 日 本 語 の 開 発 経 済 学 教 科 書 には 他<br />

に, 以 下 のようなものがある.<br />

絵 所 秀 紀 (1997), 『 開 発 の 政 治 経 済 学 』 日 本 評 論 社 .<br />

野 上 裕 生 (2004), 『 開 発 経 済 学 のアイデンティティ』 経 済 協 力 シリーズ 第 204 号 ,<br />

ジェトロ・アジア 経 済 研 究 所 .<br />

ジェトロ・アジア 経 済 研 究 所 , 朽 木 昭 文 , 野 上 裕 生 , 山 形 辰 史 ( 編 )(2004), 『テ<br />

キストブック 開 発 経 済 学 』 有 斐 閣 ブックス.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

黒 崎 卓 , 山 形 辰 史 (2003), 『 開 発 経 済 学 貧 困 削 減 へのアプローチ』 日 本 評 論 社 .<br />

高 橋 基 樹 , 福 井 清 一 ( 編 )(2008), 『 経 済 開 発 論 ― 研 究 と 実 戦 のフロンティア』<br />

勁 草 書 房 .<br />

次 に,「グローバリゼーションと 開 発 」について, 経 済 , 制 度 , 政 治 , 文 化 ・ 社 会 の 側 面<br />

からグローバリゼーション 下 の 種 々の 開 発 課 題 を 提 示 した 学 際 的 テキストとして 以 下<br />

を 薦 めたい.<br />

大 坪 滋 ( 編 )(2009),『グローバリゼーションと 開 発 (Leading Issues in Development<br />

with Globalization)』 勁 草 書 房 .<br />

今 日 の 経 済 開 発 や 国 際 開 発 は, モノ・ヒト・カネを 通 じた 経 済 統 合 や, 情 報 , 制 度 , イ<br />

デオロギー, 文 化 等 のグローバリゼーションの 伸 展 というコンテクストの 中 で 考 えて<br />

いかねばならず, グローバリゼーションの 諸 相 を 正 しく 理 解 し, その 下 での 開 発 の 主 要<br />

課 題 を 知 らねばならないからだ. また, 「グローバリゼーション」と「 経 済 成 長 ・ 不 平<br />

等 ・ 貧 困 」の 概 説 書 として, World Bank (2002), Globalization, Growth, and Poverty:Building<br />

an Inclusive World Economy, Oxford University Press [ 邦 訳 : 世 界 銀 行 (1992), 『グローバ<br />

リゼーションと 経 済 開 発 』( 新 井 敬 夫 訳 )シュプリンガー・フェアラーク 東 京 ]も 薦 めて<br />

おきたい.<br />

統 計 分 析 や 計 量 経 済 分 析 結 果 を 理 解 する 読 者 は, 関 連 議 論 に 大 きく 影 響 を 及 ぼした<br />

以 下 の 著 作 ・ 論 文 も 読 破 したい.<br />

Barro, Robert J. (1997), Determinants of Economic Growth: A Cross-Country Empirical<br />

Study, MIT Press.<br />

Dollar, David and Krray, Aart (2002), “Growth is Good for the Poor,” Journal of<br />

Economic Growth, 7(3), pp. 195-225.<br />

Ravallion, Martin. 2005. “Inequality is Bad for the Poor.” World Bank Policy<br />

Research Working Paper, No. 3677. Washington D.C.: The World Bank.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

** インターネット・リソース **<br />

開 発 経 済 学 に 興 味 を 持 たれた 読 者 に, 以 下 のインターネット・リソースの 活 用<br />

を 薦 めたい.<br />

1 開 発 経 済 学 の 初 学 者 向 けのオンライン・チューター(tutor2u サイト 内 ):<br />

http://www.tutor2u.net/maps/economics/OCR_Econ_AS_Unit2886.pdf<br />

英 語 サイトではあるが 経 済 開 発 の 諸 概 念 や 諸 理 論 が 順 序 立 てて, 平 易 かつ 簡<br />

潔 にまとめられている.<br />

2 世 界 銀 行 の 開 発 トピックのサイト:<br />

http://www.worldbank.org/html/extdr/thematic.htm<br />

貧 困 , MDGs,マクロ 経 済 と 成 長 , グローバリゼーション, 社 会 開 発 , 教 育 , 環<br />

境 等 々 様 々な 開 発 関 連 トピックの 情 報 サイトへの 窓 口 が 用 意 されている.<br />

貧 困 や 不 平 等 に 関 するデータを 入 手 したい 読 者 には 以 下 を 薦 めておきたい.<br />

3 世 界 銀 行 の「 貧 困 ネット」「 貧 困 計 算 」「 貧 困 と 不 平 等 」の 各 サイト:<br />

http://www.worldbank.org/poverty/<br />

この 中 の”Data and Tools”コーナーに, 貧 困 と 不 平 等 に 関 する Deininger and<br />

Squire (1997) およびこれを 拡 張 した UNU/WIDER(2000)の 所 得 ・ 消 費 不 平 等<br />

データへのリンクがある.<br />

4 世 界 銀 行 の「 貧 困 計 算 ネット(PovcalNet)」のサイト:<br />

http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/<br />

ここでは 世 界 銀 行 の 種 々の 貧 困 関 連 報 告 書 の 貧 困 係 数 を 再 現 ( 再 計 算 ) 出 来<br />

る .<br />

5 国 連 大 学 世 界 開 発 経 済 研 究 所 の 不 平 等 データベース・プロジェクト:<br />

http://www.wider.unu.edu/research/Database/en_GB/database/<br />

“UNU-WIDER World Income Inequality Database, Version 2.0c, May 2008”が 利<br />

用 可 能 .<br />

人 間 開 発 の 概 念 や, 諸 指 標 を 学 びたい 読 者 には 以 下 を 薦 める.<br />

6 国 連 開 発 計 画 (UNDP)の『 人 間 開 発 報 告 』サイト:<br />

http://hdr.undp.org/en/<br />

7 『 人 間 開 発 報 告 』のデータ・サイト:<br />

http://hdr.undp.org/en/statistics/data/<br />

最 新 の 人 間 開 発 指 標 が 入 手 出 来 る. またこの 中 の「 人 間 開 発 アニメーション」<br />

では, 人 間 開 発 と 経 済 開 発 ( 経 済 成 長 )との 関 係 をアニメーションで 示 して<br />

おり, 大 変 興 味 深 い.<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

Column 1-1<br />

ソロー・スワン 新 古 典 派 経 済 成 長 理 論 とその 後 の 経 済 成 長 論<br />

生 産 活 動 はある 技 術 の 元 に 資 本 (K)と 労 働 ( L)を 投 入 要 素 として 行 われる.<br />

一 般 的 な 生 産 関 数 は 式 (1) のように 表 される.<br />

Y = F(K, L) (1)<br />

F で 表 される 生 産 技 術 の 元 で, 資 本 と 労 働 の 投 入 量 をそれぞれ 2 倍 にすると,<br />

生 産 量 もまた 2 倍 になる. これを「 規 模 に 関 する 収 穫 が 不 変 (constant returns to<br />

scale: CRTS)」と 言 う. 生 産 量 (Y)を 労 働 投 入 者 数 (L)で 除 すと 懸 案 の「1 人<br />

当 たりの 生 産 量 ( 所 得 )」が 得 られるので (1) 式 の 両 辺 を L で 割 ると,<br />

y = Y/L = F(K/L, 1) = f(k) (2)<br />

となり, 1 人 当 たりの 生 産 量 (y)は 1 人 当 たりの 資 本 量 (k)の 関 数 (f)として 表<br />

される. k は 資 本 労 働 比 率 と 呼 ばれ, これが 増 大 する 過 程 を「 資 本 深 化 (capital<br />

deepening)」と 言 う. ここで 1 人 当 たりの 所 得 とは 1 人 当 たりの 生 産 量 , 即 ち 労<br />

働 生 産 性 と 同 義 であり, その 水 準 は 資 本 深 化 の 水 準 に 依 存 すると 言 う 経 済 成 長<br />

論 の 基 本 が 読 み 取 れる.<br />

図 B1-1-1 に 表 される (2) 式 の 生 産 関 数<br />

はまた, 「 資 本 の 限 界 生 産 性 逓 減 の 法 則<br />

( law of diminishing marginal productivity of<br />

capital)」に 支 配 されると 仮 定 される. 例 え<br />

ば, ある 一 定 数 の 労 働 者 (L)の 働 く 縫 製<br />

工 場 を 想 像 し, そこで 使 用 されるミシンの<br />

台 数 (K)を 増 やしていく 過 程 を 考 えると<br />

良 い. 最 初 は 手 縫 いで 行 っていた 縫 製 作 業<br />

の 効 率 がミシンの 導 入 で 飛 躍 的 に 増 大 する<br />

図 B1-1-1 生 産 関 数<br />

y<br />

y = f(k)<br />

k<br />

が, ミシンの 数 が 増 えていき, 労 働 者 1 人 当 たりのミシン 割 り 当 てが 増 えてく<br />

ると, 追 加 で 足 したミシン 1 台 から 得 られる 追 加 の 縫 製 済 みシャツの 枚 数 (こ<br />

れを 限 界 生 産 物 と 言 う)は 減 ってくる. 特 に 労 働 者 1 人 に 1 台 のミシンが 行 き<br />

渡 った 後 は, 追 加 でミシンを 導 入 してもそれ 以 上 シャツの 生 産 枚 数 は 増 えない<br />

ことが 想 像 されるであろう. このように 資 本 深 化 が 1 人 当 たり 生 産 量 ( 所 得 )<br />

の 増 大 に 与 える 影 響 は 深 化 が 進 むにつれて 逓 減 するのである.<br />

さて, 資 本 深 化 のスピード(∆k/k)は 以 下 のように 展 開 される.<br />

∆k/k = ∆K/K - ∆L/L = (I – dK)/K – n = sY/K – (n+d) (3)<br />

ここでは, 資 本 ストックの 純 変 化 量 (∆K)が 新 規 投 資 量 (I)から 減 価 償 却 量<br />

( dK; d は 減 価 償 却 率 )を 差 し 引 いた 量 であることと, 新 規 投 資 (I)は 貯 蓄 ( sY;<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

s は 貯 蓄 率 )によって 賄 われると 入 った 関 係 が 盛 り 込 まれていると 同 時 に, 労<br />

働 増 加 率 を( 人 口 増 加 率 と 同 じく)n としている. (3) 式 の 両 辺 に k( = K/L)<br />

を 掛 け, y = Y/L で 変 換 すると, 「ソローの 成 長 方 程 式 」と 言 われる 式 (4) が 得<br />

られる.<br />

∆k = sy –(n+d)k (4)<br />

(4) 式 は, 1 人 当 たり 生 産 量 ( 所 得 )を 左 右 する 資 本 深 化 (1 人 当 たりの 資 本<br />

量 増 加 )は, 1 人 当 たりの 貯 蓄 (sy) , 貯 蓄 率 (s)と 正 の 相 関 関 係 にあり, 人 口<br />

増 加 率 (n) , 資 本 減 耗 率 (d)と 負 の 関 係 にあることを 示 している. 資 本 深 化<br />

( ∆k)は, 1 人 当 たりの 貯 蓄 (sy)に 支 えられた 新 規 投 資 から 人 口 増 加 と 資 本 減<br />

耗 に 対 して 1 人 当 たりの 資 本 量 を 維 持 するための( 資 本 拡 張 ;capital widening)<br />

投 資 ((n+d)k)を 差 し 引 いたものと 等 しいとも 言 える.<br />

このソロー 成 長 方 程 式 の 関 係 を 図 示 したものが 図 B1-1-2 である. この 図 で,<br />

1 人 当 たりの 貯 蓄 曲 線 (sy)と 1 人 当 たりの 資 本 量 維 持 の 投 資 線 ((n+d)k)が 交<br />

わる A 点 において, 両 項 の 値 が 等 しくなり 資 本 深 化 (∆k)はゼロとなり, 1 人 当<br />

たりの 資 本 量 が k 0 で 固 定 され 定 常 状 態 が 出 現 する. 資 本 深 化 がまだ 足 りない 場<br />

合 ( 例 えば 図 の k 1 レベル)は, 1 人 当 たりの 貯 蓄 に 支 えられた 新 規 投 資 が 資 本<br />

拡 張 分 の 必 要 投 資 量 を 上 回 り<br />

1 人 当 たり 資 本 量 (k)は 増 加<br />

する. 逆 に 資 本 深 化 が 行 きす<br />

ぎた 場 合 は(( 例 えば 図 の k 2<br />

レベル)では 新 規 投 資 量 が 1<br />

人 当 たりの 資 本 量 維 持 に 必 要<br />

な 量 を 下 回 り, 1 人 当 たり 資<br />

本 量 (k)は 減 少 する. かくし<br />

て , A 点 は 安 定 的 な 定 常 点<br />

( steady state)となる. こ<br />

図 B1-1-2 ソロー 経 済 成 長 モデル<br />

y<br />

(n+d)k<br />

y 2<br />

y 0<br />

y 1<br />

A<br />

k 1 k 0<br />

k 2<br />

y=f(k)<br />

sy<br />

k<br />

の 時 の 1 人 当 たりの 生 産 量<br />

( 所 得 )y 0 は , 定 常 状 態 における 1 人 当 たりの 所 得 水 準 (steady-state per<br />

capita income)あるいは 長 期 所 得 水 準 , 潜 在 的 な 1 人 当 たりの 生 産 水 準<br />

( potential level of output per worker)などと 呼 ばれる. この 図 からは, 定 常<br />

1 人 当 たり 資 本 量 k 0 に 向 って 労 働 者 1 人 当 たりの 資 本 量 が 少 ない 水 準 から 増 加<br />

していく 場 合 , それに 伴 う 1 人 当 たり 生 産 量 ( 所 得 )の 伸 び( 経 済 成 長 率 )は,<br />

k の 水 準 が 低 いときには 高 く, k が 高 まるにつれて 低 下 すること( 生 産 関 数 y =<br />

f(k) の 傾 きがよりフラットになっていくため)も 見 て 取 れる. これは 同 じ 定 常<br />

点 A や 定 常 所 得 水 準 y 0 を 共 有 する 国 家 の 間 では, 資 本 深 化 の 進 み 具 合 が 未 だ 低<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

く , 所 得 水 準 の 低 い 国 ほど, より 高 い 経 済 成 長 率 を 実 現 することを 示 唆 してい<br />

る . またこの 図 で, 定 常 点 A 点 (および 定 常 1 人 当 たり 資 本 量 k 0 定 常 所 得 y 0 )<br />

は , 諸 関 数 ( 図 の 曲 線 , 直 線 群 )の 形 状 や 位 置 に 依 存 していることがわかる. 例<br />

えば 貯 蓄 率 (s)が 増 加 すれば, sy 曲 線 が 上 昇 し, (n+d)k 線 との 交 点 である 定 常<br />

点 A は 右 上 に 移 動 し, この 時 , 定 常 1 人 当 たり 資 本 量 k 0 定 常 所 得 y 0 も 増 加 す<br />

ることがわかる. 人 口 増 加 率 ( n)が 高 まれば(n+d)k 線 は 反 時 計 回 りに 上 昇 し, sy<br />

曲 線 との 交 点 である 定 常 点 A は 左 下 に 移 動 し, 定 常 1 人 当 たり 資 本 量 k 0 定 常<br />

所 得 y 0 も 減 少 することがわかる. 技 術 水 準 ( 全 要 素 生 産 性 )が 高 まれば, 生 産<br />

関 数 (y = f(k))とそれにつれて 貯 蓄 曲 線 (sy)も 上 昇 し, やはり 定 常 点 A の 右<br />

上 への 移 動 とともに 定 常 所 得 y 0 も 増 加 する. 従 って, 何 が 定 常 点 A を 規 定 する<br />

要 素 , パラメターかを 見 極 めることは 経 済 開 発 において 最 重 要 課 題 であると 言<br />

える. 定 常 所 得 水 準 を 規 定 する 諸 要 素 の 探 索 を 深 めた 代 表 的 な 研 究 には Barro<br />

and Sala-i-Martin (1995), Barro (1997) 等 がある.<br />

新 古 典 派 経 済 成 長 モデルでは 技 術 ( 水 準 )は 外 生 的 に 所 与 のものとして 取 り<br />

扱 われているが, 理 論 的 には 定 常 状 態 に 達 した 後 は 停 滞 すると 考 えられる 定 常<br />

所 得 y 0 が 伸 び 続 けるためには 労 働 生 産 性 の 絶 え 間 ない 上 昇 が 不 可 欠 であるこ<br />

とを 示 した 点 も 忘 れてはならない. これは (1) 式 の 労 働 投 入 量 (L)を 労 働 の<br />

効 率 投 入 量 (effective units of labor)( TL)で 置 き 換 えてソロー 方 程 式 を 拡 張 す<br />

ると 明 らかである. ここで T は 労 働 増 大 的 技 術 進 歩 (あるいはハロッド 中 立 的<br />

技 術 進 歩 )であり ∆T/T = θ とすると (1), (2), (4) 式 は,<br />

Y = F(K, TL) (1)’<br />

y e = Y/TL = F(K/TL, 1) = f(k e ) (2)’<br />

∆k e = sy e – (n+θ+d)k e (4)’<br />

と 書 き 換 えられる. ここで y e および k e はそれぞれ 1 効 率 労 働 者 ( effective worker)<br />

当 たりの 生 産 量 と 資 本 量 である. 図 B1-1-2 のソロー 経 済 成 長 モデルで, y およ<br />

び k はそれぞれ y e および k e に , n を n+θ に 置 き 換 えて 考 えてみて 頂 くと 良 いの<br />

だが, この 場 合 , 定 常 点 A での 定 常 所 得 水 準 は y e と 一 定 になるが, 効 率 労 働 者<br />

ではなく 物 理 的 労 働 者 1 人 当 たりの 生 産 量 ( 所 得 )は, ∆T/T = θ で 増 大 し 続 け<br />

ることとなる.<br />

その 後 の 所 謂 「 新 経 済 成 長 理 論 」では, ここで 重 要 とされた 技 術 水 準 向 上 の<br />

パターンを 解 明 し, 技 術 変 化 を 内 生 的 に 扱 う 試 みがとられている. また, 従 来<br />

の 生 産 技 術 の 枠 に 捕 らわれないアイデア, 人 的 資 本 , 情 報 資 本 等 の「 公 共 財 」<br />

の 蓄 積 による 外 部 経 済 効 果 ( 直 接 コストを 払 わない 外 部 者 にもその 恩 恵 が 及 ぶ<br />

こと)を 重 要 視 し, 伝 統 的 な 生 産 関 数 が 規 模 に 関 する 収 穫 不 変 や 限 界 生 産 性 逓<br />

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『 国 際 開 発 学 入 門 ― 開 発 学 の 学 際 的 構 築 』「 第 I 部 : 開 発 , 国 際 開 発 とは 何 か」<br />

「 第 1 章 : 開 発 経 済 学 の 視 座 」<br />

( 大 坪 : 出 版 社 提 出 初 稿 :2009 年 8 月 3 日 )<br />

減 の 法 則 から 解 放 される 可 能 性 をも 示 唆 している. これらの 新 経 済 成 長 論 では,<br />

政 府 がインフラ 整 備 , 投 資 関 連 制 度 構 築 等 の 投 資 基 盤 整 備 に 努 めると 共 に, 企<br />

業 間 の 投 資 活 動 の 調 整 を 図 り, 技 術 進 歩 に 繋 がる 投 資 を 奨 励 することが 重 要 と<br />

される. 市 場 一 辺 倒 ではなく, 政 府 の, 新 しい 調 整 役 としての 役 割<br />

( coordinator’s role of government)が 重 要 だと, 捉 えるのである.<br />

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