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日本言語文化研究会論集 2010 年第 6 号 【研究論文】<br />

要旨<br />

ドラマを素材にした Form-focused Instruction の効果<br />

―暗示的知識と明示的知識の測定を通して―<br />

張 文麗<br />

日本のドラマを素材にし、中国の大学の日本語学習者 30 人を実験群と統制群に分け、実験<br />

群に対しては既習の文法項目の使用に焦点を当てた指導(Form-focused Instruction)を、<br />

統制群に対しては未習語の意味推測に焦点を当てた指導を、それぞれ 15 週間行い、その効果<br />

を検証した。指導の効果を①口頭模倣テスト(暗示的知識の測定)、②文法性判断テスト(明<br />

示的知識の測定)、③理解テスト(ドラマの理解度の測定)により測定し、両群を比較した結<br />

果、以下のことが明らかになった。1)暗示的知識の伸びは、[ている]に関して、実験群が統<br />

制群より有意に大きい。2)明示的知識の伸びは、[授受表現]に関して、実験群が統制群より<br />

有意に大きい。3)ドラマの理解度は、実験群と統制群の間に差がなかった。暗示的知識と明<br />

示的知識の発達に影響を与える文法項目の特徴について、頻度や卓立性の角度から考察した。<br />

〔キーワード〕ドラマ、Form-focused Instruction、気づき、暗示的知識、明示的知識<br />

1.はじめに<br />

中国では近年、インターネットやメディアの急速な普及により、学習者を取り囲む学習環<br />

境が急激に変化した。学習のリソースと言えば日本語の教科書や学習参考書程度しかなかっ<br />

た 10 年ほど前までとは大きく異なり、近年では、インターネットを通して、日本製の映画・<br />

ドラマ・アニメなどが日常的に見られるようになっている 1 。中国の大学における日本語専<br />

攻の学習者を対象に、教室外のドラマ視聴について質問紙調査を行った徐(2008)では、半<br />

分以上の学習者が週に 2、3 回ドラマ等を見ているという実態が明らかになった。このように<br />

リソースが増えたことで、日本語話者との接触が非常に限られた環境で学ぶ JFL (Japanese<br />

as a Foreign Language)学習者も、多量の日本語インプットに触れることが可能になった。<br />

また、徐(2008)では、成績上位の学習者が自室でドラマを見ていても、既習の文法項目の<br />

用法に気づいている例が報告され、学習者が教室外のドラマ視聴を通して習得を進めている<br />

可能性が示唆されている。<br />

このように、インターネットの普及によりドラマが身近な学習リソースになっており、実<br />

際、ドラマ視聴を通して習得を進めている学習者がいることも報告されている。しかし、ド<br />

ラマ視聴時の気づきを自力で日本語習得につなげられるのは、ごく一部の成績上位者に限ら<br />

れており、ドラマのインプットが日本語の習得に有効に利用されているとは言えない。


Richards (2005) は、聴解には「理解(comprehension)」と「習得(acquisition)」の<br />

2 つの側面があることを指摘し、聴解指導では、「理解」の指導にとどまらず、言語項目の「習<br />

得」にも力を注ぐべきだと述べている。習得のための聴解では、学習者の注意を言語形式に<br />

向けさせ、気づきの活動(noticing activities)を行う必要があるが、中国の日本語教室で<br />

の指導実態はどうだろうか。中国の大学日本語専攻のカリキュラムには、3 年次や 4 年次の<br />

高学年になると、『視聴覚』というドラマや映画を使った科目が組み込まれる(譚 2004)。授<br />

業の実践に関する研究報告はあまりなく、どのような指導が行われているのか、実態が把握<br />

できていないが、筆者の知る限りでは、ドラマの中の未習語彙の意味を教える程度にとどま<br />

っている授業がほとんどであると思われる。中国の教室における聴解指導は、「理解」の確認<br />

に終始して「習得」に目が向けられていないのが現状である。<br />

本研究は、ドラマを素材にした指導に Richards(2005)の指摘を生かし、多量のインプッ<br />

トをドラマの内容理解に止まらず習得につなげるために、気づきの活動を取り入れ、学習者<br />

の認知活動に働きかける。教室内でインプットを習得へとつなげる認知活動をくり返し行い、<br />

気づきの生起しやすい学習者を育てることで、その波及効果がいずれは授業外にまで及ぶこ<br />

とを狙うものである。<br />

2.先行研究<br />

本節では、まず第 2 言語習得のプロセスを紹介しながら、どのような認知活動が言語の習<br />

得に有益かについて述べる。続いて、言語形式に焦点を当てた指導(Form-focused<br />

Instruction) に関する先行研究を概観し、気づきを促すためにどのようなテクニックが使<br />

われているかを紹介する。最後に指導効果を検証するために用いる測定方法を検討し、Ellis<br />

(2005)による暗示的知識と明示的知識の測定を導入することを述べる。<br />

2.1 第 2 言語習得における「気づき」と「認知比較」<br />

第 2 言語の習得は、図 1 で示すプロセスに沿って進むと考えられている(Ellis 1995; 横<br />

山 1999)。学習者が受けた「インプット(input)」の中で学習者に気づかれ、理解されたも<br />

のが「インテイク(intake)」となる。インテイクは学習者がすでに持っている言語知識と統<br />

合・整理され、内在化することによって、「暗示的知識(implicit knowledge)」として構築<br />

される。「アウトプット(output)」は、暗示的知識から引き出される。実際の言語運用力は、<br />

暗示的知識に支えられているので、第 2 言語教育の最終的な目標は暗示的知識の獲得である<br />

(Ellis 2009a)。また「明示的知識(explicit knowledge)」の役割について、Ellis(2003)<br />

では、間接的に「暗示的知識」に影響を与えるという立場をとっている。<br />

習得が効果的に進むためには、インプットがインテイクとしてとりこまれ、暗示的知識に<br />

結びつくことが重要である。この過程に影響を与える要素として、「気づき(noticing)」と<br />

「認知比較(cognitive comparisons)」の役割が重要視されている(Schmidt 1995; Swain 1985)。


気づきは、インプットを有意味な言語データとして認知することであり、認知比較は、与え<br />

られたインプットと自分自身のアウトプットを比較し、自らの中間言語の仮説検証を行うこ<br />

とである。これらの認知活動が習得において重要な役割を果たすということは、実験研究で<br />

証明されている(Mackey 2006 等)。<br />

気づき 認知比較<br />

明示的知識<br />

図 1 第 2 言語習得のプロセス(Ellis 1995; 横山 1999 を参考に)<br />

2.2 Form-focused Instruction に関する先行研究<br />

言語形式に焦点を当てた指導を、第 2 言語教育の分野では、“Form-focused Instruction”<br />

(Ellis 2001)という。Form-focused Instruction には、明示的に文法規則を示す方法から、<br />

目標項目がたくさん含まれるインプットを与え、暗示的に焦点化する方法まで、さまざまな<br />

ものがある。このようなさまざまな方法に対して、Ellis(2001)等では、①インプットを与<br />

える、②明示的知識を与える、③アウトプットをさせる、④フィードバックを与える、の 4<br />

つに整理している。つまり、学習者の注意を言語形式に向けさせるために行う指導方法は、<br />

この 4 つのうち、いずれかに当たると考えられる。<br />

モニタリング<br />

インプット インテイク 暗示的知識 アウトプット<br />

フィードバック<br />

Form-focused Instruction に関し、データに基づく実証研究によって、その効果が支持さ<br />

れている具体的なテクニックとしては、「インプット洪水(input flood)」、「インプット強化<br />

(input enhancement)」、「リキャスト(recast)」、「ディクトグロス(dictogloss)」等があ<br />

る。インプット洪水は、特定の言語形式を頻繁にインプットに含めることによって、学習者<br />

の気づきを誘発しようとするものである(Doughty 1991 等)。インプット強化は、読解なら、<br />

太字、下線、矢印といった視覚的な目印を使うなどの方法によって、学習者の注意を特定の<br />

言語項目にひきつけようとするものである(Doughty 1991 等)。リキャストは、学習者の間<br />

違いを教師が正しく言い直すテクニックである(Mackey & Philp 1998)。ディクトグロスは、<br />

文章を学習者に読み聞かせ、聞きながら書き留めたメモを手がかりに、パートナーと共同で<br />

聞いた文章を再生する活動である(Swain 2001)。ここにあげたテクニックは、気づきを促す<br />

ために、インプットの与え方(インプット洪水とインプット強化)、アウトプットのさせかた


(ディクトグロス)、フィードバックの与え方(リキャスト)をそれぞれ工夫したものである。<br />

2.3 指導効果の測定<br />

2.1 で述べたように、第 2 言語教育は、暗示的知識の獲得を最終的な目標とするため、習<br />

得の効果を調べるためには、暗示的知識を測定しなければならない。しかし、従来の研究で<br />

は「習得」の度合いを測定する方法として、文法性判断テスト、文完成テスト、絵の説明、<br />

翻訳テスト、自由産出が多く見られており、これらのテストは、暗示的知識を測れていない<br />

という問題が指摘されている。例えば、文法性判断テストは、暗示的知識よりも明示的知識<br />

を測っている可能性が大きい。<br />

Ellis(2005)は、初めて暗示的知識と明示的知識を測定する英語テストを開発し、その妥<br />

当性を検証した 2 。その後、Ellis(2005)の測定法を用いて暗示的知識と明示的知識を測定<br />

し、文法形式に焦点を当てた指導の効果を検証するという一連の研究(Ellis, Loewen & Erlam<br />

2006 等)が行われた。これらの研究は、口頭模倣テスト(elicited oral imitation test)<br />

を暗示的知識の測定に、時間制限なしの文法性判断テスト(untimed grammatical judgment<br />

test)を明示的知識の測定に、利用している。以下では、Ellis (2005)の測定法で暗示的<br />

知識と明示的知識を測定し、指導効果を検証した研究についていくつか紹介する。<br />

Erlam, Loewen & Philp(2009)では、英語の冠詞“a”を対象項目にして、アウトプット<br />

をベースとした指導と、インプットをベースとした指導を比較した。その結果、明示的知識<br />

の発達においては、両指導とも効果的だったが、暗示的知識の発達においては、アウトプッ<br />

トをベースとした指導のみが統制群より効果的だったことを報告している。<br />

Ellis, Loewen & Erlam(2006)は、英語の過去形“-ed”に対して、明示的フィードバッ<br />

クと暗示的フィードバックを与えた指導の効果を調べた。その結果、明示的知識の発達にお<br />

いては、明示的フィードバックのみが効果的だったが、暗示的知識の発達においては、明示<br />

的フィードバックに加えて暗示的フィードバックもある程度の有効性を示した。<br />

Loewen, Erlam & Ellis (2009)では、英語の冠詞“a”を学習するという状況の下で、「イ<br />

ンプット洪水」による 3 人称単数“-s”の付随的学習の効果を調べた結果、暗示的知識、明<br />

示的知識ともに習得の効果がなかったことが報告されている。この結果は、付随的学習とい<br />

う状況において、卓立性の低い 3 人称単数“-s”の習得が困難だということを示した。<br />

ここで紹介した研究は、英語の言語項目冠詞“a”、過去形“-ed”、 3 人称単数“-s”に対<br />

して、①インプットの与え方、②アウトプットのさせ方、③フィードバックの与え方を工夫<br />

し、その指導効果を比較したものである。日本語に関する Form-focused Instruction の研究<br />

において、暗示的知識の測定を通して、指導効果を検証したものは、まだ見あたらない。<br />

3.研究課題<br />

本研究は、ドラマを素材に意味理解をさせる中で、気づきや認知比較を促す目的で、局所


的に学習者の注意を言語形式に向けさせる活動を導入した。中国の大学日本語科の正規の授<br />

業で指導を行い、その効果を統制群と比較した上で検証する。<br />

具体的に、実験群では、ドラマの内容を理解した上で、スクリプトの空白を埋めることで<br />

目標言語形式に気づかせ、さらに再視聴した際に、自分が空白に記入したアウトプットをド<br />

ラマからのインプットと比較することにより、認知比較が生じることを狙った指導案である。<br />

目標言語形式は、[ている] [指示詞] [授受表現]の 3 項目である(選定の理由は 4.2 で述べ<br />

る)。通常の実験計画では、処遇を施さない統制群と比較することが必要だが、長期にわたる<br />

指導のため、統制群に一切処遇を施さないと、学習者が不利益を被ることになる。そこで、<br />

統制群に対しては、未習語の意味推測に焦点を当てた指導を行うこととした。<br />

指導の効果を、①暗示的知識、②明示的知識、③ドラマの理解度の 3 つの観点から検証す<br />

る。暗示的知識と明示的知識の測定は、Ellis(2005)の検証結果に基づき、それぞれ口頭模<br />

倣テストと時間制限なし文法性判断テストを使用する。なぜ理解度も調べるかというと、形<br />

式への注目と意味理解が学習者の注意資源を奪いあうという先行研究の結果(VanPatten<br />

1990)を受け、実験群の学習者は、言語形式に焦点を当てた指導を長期に受けてきたために、<br />

ドラマの内容よりも言語形式に注意を向ける習慣が身に付いてしまい、その結果、統制群と<br />

比べ、内容理解に遜色が生じるのではないかという懸念があるからである。そこで、授業の<br />

素材と異なる別のドラマを材料に、内容理解についても調べる。研究課題は以下の通りであ<br />

る。<br />

Ⅰ:言語形式に焦点を当てた実験群の指導は、統制群と比べ、 [ている] [指示詞]<br />

[授受表現]に関する暗示的知識の発達を促進するか。<br />

Ⅱ:言語形式に焦点を当てた実験群の指導は、統制群と比べ、 [ている] [指示詞]<br />

[授受表現]に関する明示的知識の発達を促進するか。<br />

Ⅲ:言語形式に焦点を当てた実験群の指導は、統制群と比べ、ドラマの理解度に影響を<br />

及ぼすか。<br />

4.研究方法<br />

4.1 調査対象者<br />

調査対象者は、中国の大学で日本語を専攻する 30 人で、指導開始時点(2009 年 3 月上旬)<br />

での日本語学習歴は2年半である。1年生の時から同じ内容の授業を受けてきた 2 クラスを、<br />

実験群(16 人)と統制群(14 人)とする。調査対象者全員が 2008 年 12 月に日本語能力試験<br />

1 級を受け、統制群の平均点は 285.93、実験群の平均点は 300.75 で、t検定の結果、両群に<br />

有意差はなかった(t(28)=0.879, n.s. )。 2008 年 12 月の中旬から 2009 年 3 月の指導開<br />

始まで試験期間と冬休みがあり、授業がほとんどないため、指導開始時の両群の日本語能力<br />

は同じレベルだと考えられる。


4.2 指導方法<br />

指導は、NHK が 2002 年と 2004 年に放送した 2 つのドラマを素材とし、1 回の授業で 1 話(15<br />

分)を扱った。2009 年 3 月上旬から 6 月中旬まで 15 週間にわたって、1 回 100 分の授業を両<br />

群それぞれ 17 回行った。<br />

習得の対象とする文法項目の選定については、本来ならば、文法項目の特質を精査した上<br />

で決めるべきところだが、本研究は既成のドラマを素材とするために、自在な選択ができな<br />

い。そのため、ドラマの 4 話分を文字化し、スクリプトの分析に基づいて、授業で取り上げ<br />

る文法項目を決めた。インプットに現れる言語項目の頻度はその習得に影響する重要な要因<br />

である(Ellis 2009b 等)ことから、まずドラマに高頻度で出現する項目の中から、既習で<br />

ありながら中上級になっても習得が困難だとされる [ている]と[指示詞] (許 2005; 孫<br />

2008)を取り上げた。15 分のドラマにおいて、平均で[指示詞]は 15 回程度、[ている]は 8<br />

回程度使われている。また、頻度はやや低く、3 回未満だが、映像があるために場面や状況<br />

がわかりやすく、ドラマによる習得に有利だと考えられることから、[授受表現]を取り上げ<br />

た。<br />

毎回の指導では、ドラマ 1 話分をシーンごとに分け、表 1 で示した手順で進めた。スクリ<br />

プト例は、数年前によくおにぎりを買っていった萩原さんという人が、久しぶりに店に来て、<br />

店の主人(父)、その娘(幸子)と会話をする場面である。①~③は両群共通で、①理解の質<br />

問を与え、②1 回目の視聴が終わってから、③答えてもらう、という順番で授業を進めた。<br />

ここまでは、ドラマの内容に関する大まかな理解を目的とする。以下の④~⑧の手順は両群<br />

で異なる。<br />

実験群は、④表 1 に示した例のようなスクリプトを配布され、⑤与えられた「覚える」と<br />

いう動詞をこの場面状況にふさわしい形式にして書く。[指示詞]の場合は、「こ」「そ」「あ」<br />

の中から選ぶ。⑥自分が書いた形式について他の学習者と話し合ってから、⑦2 回目の視聴<br />

で自分の答えをチェックし、違っていれば訂正する。以上は、学習者が言語形式に意識的な<br />

注意を払い(すなわち「気づき」が生じ)、「認知比較」を引き起こすことを狙ったものであ<br />

る。さらに、⑧事後の作業では、スクリプトの空白埋めを行った言語項目への気づきを強化<br />

する狙いから、スクリプトの読み上げを行う。実験群の指導で取り上げた主な言語形式は、<br />

上述の理由から[ている][授受表現][指示詞]である。なお、17 回の授業で、空白埋めした合<br />

計回数は、[ている]110 回、[授受表現]48 回、[指示詞]101 回である。[ている]と[指示詞]<br />

の出現頻度は非常に高いことから、すべてを空白にはせず、空白にしなかった目標言語形式<br />

は太字で示して学習者の注意を促すようにした。<br />

一方、統制群は、④表 1 に示した例のようなスクリプトを配布され、⑤空白にした未習語<br />

(表 1 のスクリプトの例では「オカカ」「しゃけ」)の意味を、前後の文脈や映像から推測す<br />

る。⑥推測した結果について他の学習者と話し合ってから、⑦2 回目の視聴で未習語の音を


聞き取り、空白に書きいれる。⑧事後の作業では、ドラマに出てくる社会現象などを取り上<br />

げて討論し、日本文化・社会についての理解を深める。<br />

表 1 指導の手順<br />

指導の手順 統制群(14 人) 実験群(16 人)<br />

①理解の質問<br />

②1 回目の視聴<br />

③質問に答える<br />

④スクリプトを配布<br />

⑤学習者が各自で作<br />

業<br />

⑥隣の人と結果につ<br />

いて話し合う<br />

⑦2 回目の視聴<br />

4.3 指導効果の測定<br />

4.3.1 暗示的知識の測定<br />

(質問例)<br />

・萩原さんは何をしている人ですか。<br />

・何のために幸子さんの家に来ましたか。<br />

(スクリプト例)<br />

父 :ただいま。<br />

萩原:ご無沙汰してます。<br />

父 :うお、ひさしぶりだな。<br />

萩原:覚えていただけたんですか?<br />

父 :覚えてるよ。必ず( )<br />

と( )を買っていく<br />

いい男だ。だってさ、うちの<br />

幸子は、あんたに会うために、<br />

朝仕事を手伝うようになった<br />

んだから。<br />

⑧事後の作業 「脱サラ」という現象について話し<br />

合う。中国と比較する。(理解を深<br />

める)<br />

テスト内容と手順:Ellis(2005)の口頭模倣テストを参考にし、①意味に注目させる、②時<br />

間のプレッシャーがある、という条件で、日本語学習者の暗示的知識を測定するテストを作<br />

成した。以下、「口頭模倣テスト」と呼ぶ。テストは、[ている][授受表現][指示詞]のいずれ<br />

かを含む 28 文と錯乱 6 文、合計 34 文からなっている。[ている]12 文、[授受表現]8 文、[指<br />

示詞]8 文で、それぞれ正用と誤用が半分ずつ入っている。付録資料Ⅰに例を示した。学習者<br />

は、音声呈示された文を、決められた時間内にまず口頭で中国語に訳し、その後日本語で(呈<br />

示された文に誤りがあれば正した上で)言うように指示される。中国語に訳すのは、呈示さ<br />

れた音声の短期記憶を消し、学習者の注意を意味に向けさせるためである。事前にパイロッ<br />

ト調査を行い、文の長さによって、中国語に訳す時間を 6~8 秒に、日本語で口頭模倣する時<br />

間を 8 秒~12 秒に設定した。本調査では、学習者は教室でイヤホンをつけて音声を聞き、決<br />

められた時間内に中国語に訳し、続いて日本語で再生した。学習者の発話は全部録音し、文<br />

字に起こし、以下に述べる採点基準に従って採点した。<br />

指導後のテストでは、下記の例のように、指導前のテストを基にし、二重線を施した目標<br />

言語形式以外の単語を変えた。例えば、下記の例で示すように「結婚する」を「こどもがで<br />

きる」に変えた。指導前後のテストが均質になるように、単語の難易度にも配慮した。<br />

例:指導前:姉は結婚するまで働きましたが、今は主婦です。[ている・誤用]<br />

指導後:姉はこどもができるまで働きましたが、今は主婦です。<br />

(スクリプト例)<br />

父 :ただいま。<br />

萩原:ご無沙汰してます。<br />

父 :うお、ひさしぶりだな。<br />

萩原:([覚える] )んですか?<br />

父 :([覚える] )よ。<br />

必 ず オ カ カ と 鮭 を ( [ 買<br />

う] )いい男だ。だって<br />

さ、うちの幸子は、あんたに会<br />

うために、朝仕事を手伝うよう<br />

になったんだから。<br />

スクリプトの読み上げ 3<br />

(気づきを強化する)


採点:Erlam(2009) 4 を参考にし、「目標言語形式が正しく使われた産出」を 1 点、「目標言<br />

語形式が正しく使われていない産出」を 0 点とし、学習者が産出した日本語を採点した。1<br />

点を与えた前者には、a 正用文を正しく模倣できた、b 誤用文を正しく言い直せた、の 2 つの<br />

ケースがある 5 。一方、0 点を与えた後者には、a 目標言語形式が使われていない、b 目標言<br />

語形式が使われているが統語上間違っている、の 2 つのケースがある(付録資料Ⅱ参照)。な<br />

お、「目標言語形式が使われていない」産出に、資料Ⅱ例③のように、目標言語形式「その」<br />

が使われていなくても刺激文の意味を正しく表しているものがある。<br />

③刺激文:交通事故を見たそうですね、その状況を詳しく説明してください。<br />

産出:交通事故を見たそうですね、詳しく説明してください。<br />

このように産出自体に誤りはなくても目標言語形式が使われていない場合について、本研<br />

究が採点方法の参考とした Erlam(2009)は、次のような説明により 0 点を与えている。す<br />

なわち、このような場合、当該の目標言語形式の習得という観点から見れば、その言語形式<br />

が学習者の中にまだ内在化されていないことから、回避されたのである。本研究は Erlam と<br />

同じ判定基準を用いて、「その」を使わなかったのは、「その」はまだ習得されていないから<br />

だとみなし、例③のような産出には 0 点を与えた。なお、口頭模倣テストのアルファ信頼性<br />

係数は、指導前後共に 0.83 であった。<br />

4.3.2 明示的知識の測定<br />

テスト内容と手順:Ellis(2005)の時間制限なしの文法性判断テストとメタ言語テストを参<br />

考にし、①形式に注目させる、②時間のプレッシャーがない、という条件で日本語学習者の<br />

明示的知識を測定するテストを作成した。以下「文法性判断テスト」と呼ぶ。口頭模倣テス<br />

トと同じ目標言語形式[ている][授受表現][指示詞]のいずれかを含む 30 文(3 項目 10 文ず<br />

つ、正用、誤用半分ずつ)と錯乱 8 文、合計 38 文からなっている。これら 38 文を印刷した<br />

プリントを学習者に配布し、時間制限なしで、正誤判断と誤用訂正をさせた(付録資料Ⅲ参<br />

照)。指導後のテストは、指導前後のテストの難易度が同じになるよう、指導前のテストの目<br />

標言語形式以外の単語を変えて作成した。<br />

採点:Ellis(2005)等を参考に、明示的知識を測るものとして誤用文の訂正のみをとりあげ、<br />

採点の対象とした 6 。採点では、正誤判断、誤用訂正ともに正しい解答だけに 1 点を与え、<br />

正誤判断と誤用訂正のどちらかが間違っていれば 0 点とした。なお、アルファ信頼性係数は、<br />

指導前は 0.82、指導後は 0.81 であった。<br />

4.3.3 理解度の測定<br />

15 週(17 回)の指導後に、指導材料とは別のドラマ(15 分)を材料に理解を測定した。<br />

学習者には、事前に、理解に関する質問(2 問)を文字で与え、字幕なしでドラマを 2 回見<br />

せてから、中国語で解答を書かせた。質問の解答に当たるスクリプト部分を 1 主語・1 述語<br />

のアイディア・ユニット(IU)に分析し、学習者が正しく再生できた IU の数を数えて、理解


度の指標とした。スクリプトの IU 分析も、学習者の再生に関する判定も、日本語教育に携わ<br />

る中国人教師 1 名と協議した上で決めた。<br />

5.結果<br />

5.1 暗示的知識の発達<br />

口頭模倣テストで学習者が産出した文を採点し、正答率を表 2 にまとめた(M=平均値、SD<br />

=標準偏差)。図 2 は平均値のグラフである。3 つの文法項目は、初級の時から勉強している<br />

のにも関わらず、事前の口頭模倣テストで測定した暗示的知識の正答率は、30%~40%にとど<br />

まっており、どの項目もまだ正しく使えていない事実が明らかになっている。3 項目におい<br />

て、指導前の正答率に、群間差があるか、t 検定で調べたところ、どの項目も有意差がなく<br />

([ている]:t(28)=0.23, n.s. [指示詞]:t(28)=0.98, n.s. [授受表現]:t(28)=0.43,<br />

n.s.)、両群はこの 3 項目において同じレベルだと考えられる。<br />

表 2 口頭模倣テスト 記述統計量<br />

文法<br />

項目<br />

てい<br />

る<br />

指示<br />

詞<br />

授受<br />

表現<br />

測定<br />

時期<br />

指導を経て、両群の 3 項目における伸び(事後の得点から事前の得点を差し引いた点数)<br />

に群間差があるか、t 検定で調べた。その結果、[ている]に有意差があり(t(28)=3.05, p


5.2 明示的知識の発達<br />

文法性判断テストを採点し、正答率を表 4 にまとめた。図 4 は平均値のグラフである。ま<br />

た、暗示的知識と同様に、3 項目において、指導前の正答率に、群間差があるか、t 検定で調<br />

べたところ、どの項目も有意差がなく([ている]:t(28)=0.47, n.s.; [指示詞]:t(28)<br />

=0.57, n.s.; [授受表現]:t(28)=0.47, n.s.)、両群はこの 3 項目の明示的知識において<br />

同じレベルだと考えられる。<br />

表 4 誤用文文法性判断テスト 記述統計量<br />

文法<br />

項目<br />

表 3 口頭模倣テスト 伸びの記述統計量<br />

文法項目 統制群(n=14) 実験群(n=16)<br />

てい<br />

る<br />

指示<br />

詞<br />

授受<br />

表現<br />

測定<br />

時期<br />

M SD M SD<br />

ている 0.05 0.14 0.21 0.16<br />

指示詞 0.07 0.13 0.06 0.17<br />

授受表現 0.19 0.27 0.26 0.17<br />

統制群(n=14) 実験群(n=16)<br />

M SD M SD<br />

前 0.51 0.15 0.49 0.16<br />

後 0.63 0.23 0.59 0.24<br />

前 0.36 0.35 0.43 0.41<br />

後 0.57 0.43 0.79 0.31<br />

前 0.51 0.15 0.49 0.16<br />

後 0.69 0.31 0.85 0.20<br />

指導を経て、両群の 3 項目における伸び(事後の得点から事前の得点を差し引いた点数)<br />

に群間差があるか、t 検定で調べた。その結果、[授受表現]に有意差があり(t(28)=2.62,<br />

p


表 5 誤用文文法性判断テスト 伸びの記述統計量<br />

文法<br />

項目<br />

5.3 理解度<br />

理解テストの正答率平均値は、実験群が 0.58、統制群が 0.59 で、t 検定による有意差はな<br />

く(t(28)=0.594, n.s.)、両群の内容理解は同程度であることが確認された。つまり、学<br />

習者に言語形式に注目させた実験群の指導は、理解を損なわなかったと言える。<br />

6.考察<br />

既習の文法項目に焦点を当てた実験群の指導は、未習語の意味推測に焦点を当てた統制群<br />

の指導と比べ、[ている]については暗示的知識の発達、[授受表現]については明示的知識の<br />

発達において有利であるという結果が得られた。一方、[指示詞]については、明示的知識に<br />

おいて両群とも伸びたが、伸びに群間差がなかった。暗示的知識において両群とも伸びなか<br />

った。本節では、暗示的知識と明示的知識の発達に影響を与える文法項目の特徴を考察する。<br />

6.1 暗示的知識の発達<br />

統制群(n=14) 実験群(n=16)<br />

M SD M SD<br />

ている 0.11 0.30 0.09 0.27<br />

指示詞 0.21 0.33 0.35 0.38<br />

授受表現 0.17 0.30 0.37 0.14<br />

習得(つまり暗示的知識の獲得)に気づきと認知比較が必要だということは、「2.先行研究」<br />

で確認した。実験群では、スクリプトの空白埋めにより、学習者に言語形式をアウトプット<br />

させた。例えば、表 1 の実験群のスクリプト例では、授業の時に、実際に多くの学習者が「覚<br />

えている」と空白埋めをした。彼らは、2 回目の視聴の際、ドラマでは、自分が書いた「覚<br />

えている」ではなく、「覚えてていただけた」が使われていることに気づき、この場面状況で<br />

なぜ「覚えている」ではなく、「覚えてていただけた」が使われるべきなのかについて、認知<br />

比較を行うはずである。こうして、実験群の学習者は、スクリプトの空白埋めを通し、新し<br />

く気づいたことを、それまで持っていた中間言語体系の中に組み込んで、中間言語の再構築<br />

をしていくことになる。一方、統制群の学習者については、意味処理に主な関心が向けられ、<br />

言語形式への気づきが実験群ほど起こらなかったと推測できる。<br />

図 5 誤用文文法性判断テスト正答率の伸び<br />

Ellis(2009b)は、暗示的知識の習得に影響を与える要因として頻度(frequency)と卓立<br />

性 (saliency)を挙げている。文法項目の出現頻度は、授業毎の平均で[ている]は 8.7 回、<br />

[指示詞]は 15.4 回、[授受表現]は 2.8 回である。そのうち、空白埋め([指示詞]の場合は選<br />

択)の回数は、平均で[ている]は 6.5 回、[指示詞]は 5.9 回、[授受表現]2.8 回であり、[て


いる]と[指示詞]は頻度が高く、[授受表現]は相対的に低い。<br />

卓立性とは、インプットの中でどの程度目立つかということであり、目立ちやすい言語項<br />

目は、当然気づかれやすい。音素数が多く、母音が多く含まれ、強勢(ストレス)がおかれ<br />

て発音されるものは、卓立性が高い。また、文頭や文末で使われるものは、文中より目立ち<br />

やすいとされている。例えば、3 項目のうち、[授受表現]は音素数が多く、文末で使われる<br />

ことが多いため、ほかの 2 項目と比べれば、卓立性が高く、気づかれやすいと考えられる。<br />

一方、[指示詞]は、「これ」と「それ」では、たった一文字(一拍)の違いだけで、卓立性<br />

が相対的に低い。<br />

暗示的知識の発達において、3 項目のうち、[ている]のみについて、実験群が統制群より<br />

有意に伸びた。[ている]の暗示的知識が伸びた理由は、頻度が高く、学習者が実際の文脈で[て<br />

いる]に遭遇した回数が多いことにあると考えられる。学習者は、6.1 で述べた気づきや認知<br />

比較を、毎回の授業で 6.5 回繰り返し経験したことになり、この繰り返しが、中間言語体系<br />

を再構築し、[ている]を使うべき状況ですぐに産出できる自動化にもつながったのではない<br />

かと考えられる。<br />

[ている]の高頻度に対し、[授受表現]は、ドラマ 1 話分において空白埋めの回数は平均 2.8<br />

回と尐ない。[授受表現]は卓立性が高く、気づかれやすい文法項目ではあるが、空白埋めの<br />

回数が尐ないため、認知比較をする機会が充分に得られなかったのではないだろうか。[指示<br />

詞]は頻度が高いのにも関わらず、暗示的知識が伸びなかった理由について 6.3 で述べる。<br />

6.2 明示的知識の発達<br />

明示的知識の発達において、3 項目のうち、[授受表現] のみについて、実験群が統制群よ<br />

り有意に伸びた。Ellis (2003:149)によれば、明示的知識は、①文法指導、②自学自習、<br />

③学習者自らの意識的分析を通して習得される。実験群と統制群の指導では、文法項目に関<br />

する明示的説明を与えていない。[授受表現]の明示的知識において、実験群が統制群より伸<br />

びた理由として、実験群の学習者は、文脈の中で空白埋めしてから自己チェックするという<br />

作業を通して、自ら[授受表現]を意識的に分析し、明示的知識を習得した可能性がある。<br />

[授受表現]は、教室でかなり早い段階で導入されるが、話し手・聞き手・第 3 者の間に授受<br />

が成立したことを客観的にとらえる単文の呈示が多い。しかし、実際には、[授受表現]は、<br />

人間関係の親疎や心理的距離間の遠近によって使い分けられ、人間関係・状況・場面など、<br />

具体的な文脈が提供されなければ、理解が困難である。学習者は、映像と共に提供された具<br />

体的な文脈の中で、もともと使い方に疑問や難しさを感じていた[授受表現]に遭遇した際に、<br />

認知比較の機会を与えられれば、意識的分析を行ったと思われる。[授受表現]については、<br />

頻度が低いために暗示的知識の習得につながらなかったものの、このような意識的分析が、<br />

時間をかけて明示的知識を引き出すことのできる文法性判断テストにおける伸びにつながっ<br />

たのではないかと考えられる。


6.3 [指示詞]の習得<br />

[指示詞]は、暗示的知識において両群ともわずかしか伸びておらず、明示的知識において<br />

は、両群とも伸びたが群間に差がなかった。[指示詞]は 3 項目のうちで一番頻度が高く、1<br />

回の授業において平均で 15 回程度出現している。実験群では、習得が難しいとされた非現場<br />

指示(迫田 1993 等) 7 の用法を平均で 5.9 回取り上げ、学習者に「こ」「そ」「あ」から文脈<br />

に合うものを選択させた。残りは太字で示し学習者の注意を促した。これだけ高頻度のイン<br />

プットがあっても、暗示的知識の習得が進まなかったのは、なぜであろうか。<br />

まず、[指示詞]は、音素数が尐なく、卓立性が低いことが挙げられる。口頭模倣テストの<br />

際に、学習者は[指示詞]に気づかなければ、それを産出しない可能性がある。<br />

それから、4.3.1 の例③で示したように、「その」を使わなくても刺激文の意味を表すこと<br />

ができ、[指示詞]は、[授受表現]や[ている]と比べて、その使用が必須である度合が低いこ<br />

とが指摘できる。 [授受表現]や[ている]が、動詞と結びついて文全体の意味の生成に重要な<br />

役割を果たすのに対して、文脈内の指示対象を指し示す機能を持つだけの [指示詞]には、そ<br />

の使用を回避しても、意味伝達ができるという特徴がある。<br />

また、学習者は、[ている][授受表現]では空白埋めの際に産出を求められたのに対して、<br />

[指示詞]では「こ」「そ」「あ」から文脈に合うものを選んだに過ぎない。選択のタスクで、<br />

[指示詞]の 3 項対立に対する理解を深めることができても、正しい産出ができる能力には<br />

結びつかなかった可能性がある。<br />

もう一つの原因は、[指示詞]習得の困難度にあると考えられる。[指示詞]の習得を研究し<br />

た迫田(1993 等)では、すでに母語における指示体系が確立された学習者にとって、指示詞<br />

は習得困難な文法項目で、上級者でも依然として誤用が目立つことを指摘している。本研究<br />

において、学習者は、かなり高頻度で[指示詞]への気づきを促されたが、その習得困難度<br />

などから、中間言語体系の再構築に至らなかったと解釈される。<br />

6.4 ドラマの理解度<br />

実験群は、ドラマの理解度において統制群に遜色がなかったことが示された。本研究の目<br />

的は、実験群の指導効果を検証することにあり、理解テストは、実験群の一般的理解の度合<br />

いを確認するために行ったに過ぎず、統制群の指導効果を検証したものではない。従って、<br />

未習語の推測を促し、日本文化・社会についての理解を深めるための討論を行った統制群に<br />

対して、その指導効果を検証するためなら、推測や文化理解などに焦点を当てたテストが必<br />

要となる。<br />

7.終わりに<br />

本研究では、既習の文法形式に焦点を当てた指導を行った実験群は、未習語の意味に焦点<br />

を当てた統制群と比べて、 [ている]や[授受表現]の習得を促進したことが明らかになった。


本研究の指導に一定の有効性が認められたことから、気づきや認知比較が起こるような仕掛<br />

けを教師が作ることで、明示的説明やフィードバックによる介入をせずとも習得を促進でき<br />

ることが示された。明示的説明やフィードバックの与え方が習得効果を左右することは、先<br />

行研究で証明されている(Ellis 1994 等)が、明示的説明やフィードバックに頼らず、教師<br />

はスクリプトに空白を作り、学習者は空白埋めで自己チェックするという形式上単純な作業<br />

でも、習得に効果的という示唆が得られた。このように指導の経済性や効率性が証明された<br />

ことは、教室外のインプットに乏しい JFL 環境にいる非母語話者教師にとって励まされる結<br />

果となった。また、明示的説明やフィードバックによる学習ではなく、学習者自身の認知活<br />

動の活性化を狙った本研究の指導方法は、「先生に教わった」のではなく、「自分でわかった」<br />

という達成感を学習者に与え、自律的な学習にもつながると思われる。<br />

一方、本研究は実際の教室における指導実践であるため、調査対象者の数が尐なく、処遇<br />

を施さない統制群を設けられなかったという限界がある。今後、調査対象者の数を増やし、<br />

長期指導を受けた学習者の認知活動が教室内指導の範囲にとどまらず、教室外でのドラマ視<br />

聴にも及ぶかどうかを調査するなど、学習者の自律的学習能力の養成を目指した研究を進め<br />

ていきたい。<br />

注<br />

1 インターネットで見られるドラマなどは、著作権上では違法だと考えられる。本研究では<br />

著作権上問題とならない材料を使用し、指導を行う。<br />

2 具体的には、Ellis(2005)では、英語の過去形“-ed”、質問文等 17 の項目を目標言語形<br />

式とし、以下 5 種類のテスト、①口頭模倣テスト(elicited oral imitation test)、②<br />

語りのテスト(oral narrative test)、③時間制限あり文法性判断テスト(timed<br />

grammatical judgment test)、④時間制限なし文法性判断テスト(untimed GJT)、⑤メタ<br />

言語テスト(metalinguistic knowledge test)を行い、①②③は暗示的知識、④⑤は明<br />

示的知識を測定するものとしている。<br />

3 空白埋めの活動は時間がかかり、スクリプトの読み上げが行えなかったことが多い。読み<br />

上げを実際にしたのは、2 回の授業で 1 回行った程度である。<br />

4 Erlam(2009)は、Ellis(2005)の口頭模倣テストのデータを扱った研究である。<br />

5 Erlam(2009)では、Ellis(2005)の口頭模倣テストに対して分析を行った結果、正用文<br />

の正答率と誤用文の正答率に有意な相関が確認され、正用文の模倣も誤用文の言い直しも<br />

暗示的知識によるものだという結果が得られた。本研究で行った口頭模倣テストも、正用<br />

文と誤用文の正答率に、有意な相関があった(r=0.77, p


倣テストの正答率と相関が高く、誤用文の正答率はメタ言語テストと相関が高いという結<br />

果から、明示的知識を測定するのは、正用文ではなく、誤用文であるとしている。すなわ<br />

ち、学習者が正用文を「正しい」と判断するのは、必ずしも明示的知識がなければならな<br />

いというわけではないが、誤用文の判断・訂正は、明示的知識がなければできない、と考<br />

えられる。<br />

7 [指示詞]には、会話場面で実在する物体を指す「現場指示」と、文脈で言及している物事<br />

を指す「非現場指示」があるが、現場指示より非現場指示のほうが習得しにくい(迫田<br />

1993)。<br />

参考文献<br />

(1) 許夏珮(2005)『日本語学習者によるアスペクトの習得』くろしお出版<br />

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―」『日本言語文化研究会論集』第 4 号、国際交流基金日本語国際センター・国立国語<br />

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(25) VanPatten, B. (1990) Attending to form and content in the input. Studies in<br />

Second Language Acquisition, 12, 287-299.<br />

資料Ⅰ 口頭模倣テスト<br />

張先生はすごく忙しいから覚えてないでしょう。<br />

来月から新しい先生がいらっしゃいます。あの先生は東京の出身ですよ。<br />

資料Ⅱ 口頭模倣テストの採点基準<br />

Ⅰ正しい産出:1 点<br />

a 正用文を正しく模倣できた<br />

①正用:ああ、あれは面白い小説ですね。[指示詞]<br />

産出:ああ、あれは面白いの小説ですね。(目標言語形式以外の間違いは減点しない)<br />

b 誤用文を正しく言い直せた<br />

②誤用:あなたにぜひ来ていただいてほしいです。<br />

産出:あなたにぜひ来ていただきたいです。<br />

Ⅱ正しくない産出:0 点<br />

a 目標言語形式が使われていない。<br />

③正用:交通事故を見たそうですね、その状況を詳しく説明してください。[指示詞]<br />

産出:交通事故を見たそうですね、詳しく説明してください。<br />

④正用:寮から教室まで遠いですから、自転車を持っていたほうがいいです。[ている]<br />

産出:寮から教室まで遠いですから、自転車を持ったほうがいいです。<br />

b 目標言語形式が使われているが、統語上間違っている。<br />

⑤正用:中学生の時、母はいつも料理を教えてくれました。[授受表現]<br />

産出:中学生の時、母にいつも料理を教えてくれました。<br />

資料Ⅲ 文法性判断テスト<br />

1.感激しました。社長がぼくの結婚式に来てさしあげたんです。<br />

①正误 ④订正<br />

2.道に迷っちゃって、交番で聞いたら、親切に教えました。<br />

①正误 ④订正

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