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英語 /l/ の母音化と音声指導上の問題について - 東京成徳大学

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英 語 /l/ の 母 音 化 と 音 声 指 導 上 の 問 題 について今 仲 昌 宏 *The Vocalization of English /l/ and Problems in Teaching Its PronunciationMasahiro IMANAKA1.はじめに英 語 音 素 の 側 音 (lateral)/l/ には 2 種 類 の 異 音 (allophone)があり、 前 後 にどのような 分 節 が 来るか、その 環 境 によって 振 り 分 けられる2 大 音 声 特 徴 である。この 二 つの 異 音 は、 聴 覚 印 象 の 相 違 から 一 般 的 に「 明 るい(clear/light)L」「 暗 い(dark)L」という 名 称 が 用 いられる。 音 素 表 記 は /l/に 統 一 されてはいるが、 現 実 に 異 音 として 生 じる 音 は、 大 きく 異 なる 音 色 をもつと 同 時 に、 生 じる 位置 に 関 して 相 補 分 布 を 示 していることもあり、 音 素 か 異 音 かという 議 論 さえもある。本 稿 では、2 - 8 でこの 二 つの 異 音 について 調 音 ・ 音 響 レベルで 相 違 点 や 現 在 進 行 中 と 言 われる 暗いLの 母 音 化 を 詳 細 に 検 討 するとともに、9 - 10 では 母 音 化 した 暗 い L の 音 声 指 導 を 中 心 に 指 導 のあり 方 や 考 え 方 について 考 察 する。 前 半 で 特 に 重 要 となる 舌 面 の 動 きについて、これまで 行 なわれてきた 様 々な 実 験 音 声 学 的 データ ( 注 1) を 概 観 しながら、 主 に 調 音 的 側 面 からの 考 察 を 行 なう。また 社会 音 声 学 の 立 場 からも /l/ の 母 音 化 を 考 え、 発 音 に 関 する 社 会 的 評 価 という 観 点 からもこの 現 象 を 精察 する。ドイツ 語 、スペイン 語 、ロシア 語 等 の /l/ ( 注 2) のように 生 じる 位 置 に 関 わりなく、 基 本 的 に一 律 の 調 音 が 行 なわれる 言 語 とは 異 なり、 英 語 の /l/ の 本 格 的 な 音 声 指 導 では、 考 察 や 検 討 を 経 た 上での 注 意 深 い 指 導 が 必 要 だと 考 えられるからである。 後 半 では 英 語 のカタカナによる 発 音 表 記 や 指 導が 現 在 基 礎 レベルで 行 なわれており、とりわけ 暗 いLについては「オ」と 明 確 に 母 音 化 した 音 声 としてのカタカナ 表 記 を 採 用 する 指 導 書 もある。この 点 の 指 導 方 法 の 妥 当 性 について、 音 素 習 得 上 の 優 先順 位 などの 点 から 論 じる 予 定 である。*Masahiro IMANAKA 国 際 言 語 文 化 学 科 (Department of International Studies in Language and Culture)95


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 20 号 (2013)2./l/ の 基 本 的 調 音/l/ の 調 音 は、Narayanan et al.(1997)の MRI 及 び EPG を 用 いた 調 査 によると、 舌 先 が 口 腔 の中 央 線 に 沿 って 歯 茎 ないしは 上 歯 の 裏 側 周 辺 に 接 触 し、この 状 態 で 舌 の 片 側 ないし 両 側 部 が 正 中 線(midsagittal line)に 向 かって 収 縮 し、 舌 面 中 央 部 が 縦 に 凸 型 に 盛 り 上 がるために、 舌 の 片 側 ないしは 両 側 が 降 下 して 左 右 の 歯 列 および 歯 茎 との 間 に 細 長 い 空 隙 が 生 じる。この 間 隙 を 有 声 音 が 通 る 際 に生 じるのがいわゆる 側 音 であるが、この 音 声 特 徴 は 流 音 (liquid)とも 呼 ばれ、/l/ の 基 本 的 な 調 音 方法 である。/l/ には 大 きく 分 けて、 明 るい L と 暗 い L の 二 つの 変 異 形 があり、 互 いに 相 補 分 布 (complementarydistribution)または 非 対 立 的 分 布 (non-contrastive distribution)を 示 している。 前 者 が 硬 口 蓋 音 化(palatalized)して 前 舌 が 上 顎 に 向 かってせり 上 がって 上 歯 茎 に 接 触 し、 後 者 は 軟 口 蓋 音 化 (velarized)して 後 舌 が 盛 り 上 がるという 舌 の 前 後 で 対 照 的 な 位 置 取 りをするとされ、そのために 音 色 の 相 違 が 生じる。/l/ が 分 節 連 続 中 どのような 環 境 で 生 起 するかの 分 類 は、 音 節 レベル、 語 境 界 レベル 等 も 考 慮 に 入れると、 以 下 の3 点 に 集 約 することができる。⒜ 母 音 前 (prevocalic)⒝ 母 音 後 (postvocalic)または 休 止 前 (prepausal)⒞ 母 音 間 (intervocalic) ( 注 3)語 レベルの 調 音 においては、⒜の 条 件 下 では 明 るい L になり、⒝ないしは 音 節 主 音 的 子 音 (syllabicconsonant)として 音 声 実 現 する 場 合 には 暗 い L になる。 実 際 の 発 話 時 にいずれの 異 音 として 調 音 されるかの 詳 細 は 後 述 するが、これ 以 外 にも /l/ の 前 後 に 来 る 分 節 や 休 止 前 などの 状 況 によって 音 色 や音 長 等 の 性 質 が 大 きく 異 なる。⒞ではやや⒜に 近 い 状 態 で 明 るいLとなる。一 般 的 な /l/ の 調 音 に 関 しては、⒜では 舌 面 前 部 が 硬 口 蓋 化 し、⒝では 舌 面 後 部 が 軟 口 蓋 化 するというのが 多 くみられる 音 声 学 的 記 述 である。こうした 音 色 の 相 違 の 原 因 は、 舌 の 先 端 部 の 上 歯 茎 への接 触 状 況 や 口 腔 内 で 占 める 舌 全 体 の 立 体 的 な 形 状 や 位 置 の 相 違 がその 中 心 的 な 理 由 である。IPA の精 密 表 記 (narrow transcription[notation])では、この 違 いを 区 別 するために 前 者 は lead -、 後者 は deal - のように 下 線 で 示 した 音 声 記 号 ( 字 母 )を 用 いる。 一 部 の 方 言 においては、この 音 声的 相 違 がないという 指 摘 (Wells, 1982)があるものの、 標 準 的 な 発 音 では 米 語 ・ 英 語 ともにほとんどの 方 言 に 認 められる 相 違 である。二 つの 異 音 は 音 素 レベルでは 同 一 音 素 として 扱 われている。しかし 現 実 の 音 声 や 調 音 実 態 などからは、 生 理 学 的 にも 大 きく 異 なる 性 質 をもった 音 声 と 捉 える 必 要 がある。 ( 注 4) また 子 供 の 音 韻 習 得 過 程においては、 別 々に 習 得 した 運 動 パターンを 形 成 しているという 報 告 もある(Giles & Moll, 1975)。 別 々の 音 素 と 捉 えるかどうかの 問 題 は 本 稿 の 目 的 ではないので 深 くは 立 ち 入 らないが、 音 韻 論 上 の 重 要 課題 (Halle & Mohanan, 1985)であることは 論 を 俟 たない。ある 音 素 の 異 音 的 な 違 いというのは 通 常狭 い 範 囲 にとどまることが 多 いのが 普 通 である(Sproat & Fujimura, 1993; Wells, 1982)。96


英 語 /l/ の 母 音 化 と 音 声 指 導 上 の 問 題 について3. 二 つの 異 音 の 調 音 ・ 音 響 上 の 特 徴Sproat & Fujimura (1993)は、X 線 ミクロ 放 射 線 システム(X-ray microbeam system)を 用 いた調 査 でこの 二 つの 異 音 を 比 較 し、 次 の 三 つの 特 徴 にまとめている。⒟ 暗 い L は 明 るい L に 比 して、 舌 全 体 の 後 部 への 引 き 込 み(retraction)および 下 降 動 作 が 強く 表 れる。⒠ 明 るい L は1) 舌 の 中 央 部 の 下 降 に 対 し、2) 舌 先 の 上 昇 が 先 行 する。 一 方 暗 い L は2)より1)が 先 行 する。 ( 注 5)⒡ 調 音 時 間 については、 明 るい L は 短 いのに 対 して、 暗 い L は 長 くなる 傾 向 がある。( 注 8 参 照 )この 中 で 舌 の 動 作 に 関 わる⒟ , ⒠の 傾 向 をまとめると、 二 つの L の 調 音 は 舌 の 動 作 が 相 反 する 方 向に 作 用 していることがわかる。 両 者 に 共 通 する 点 は、1) 舌 先 が 上 歯 茎 に 向 かう 伸 長 動 作 、2) 舌 背部 (dorsal)の 後 方 への 引 き 込 みならびに 下 降 動 作 である。ただ 明 るいLでは 1)の 動 作 が 主 となり、2)の 動 作 は 弱 い。 暗 いLでは 1)の 動 作 は 副 次 的 な 範 囲 にとどまり、2)の 動 作 が 中 心 となる。このように 舌 端 と 舌 背 に 分 かれて 二 つの 調 音 動 作 が 同 時 に 行 なわれるが、 舌 という 器 官 は 一 体 化 しているので、 綱 引 きするように 二 つの 動 作 レベルが、 強 ― 弱 、 弱 ― 強 というように 強 弱 のバランスを 取 る形 になっていることが、 両 者 の 違 いを 分 けている 原 因 の 一 つだと 考 えられる。暗 いLでは 舌 先 と 上 歯 茎 の 接 触 動 作 が 弱 くなるので、 話 者 や 調 音 状 況 によって 常 に 接 触 が 起 こるわけではない。 後 舌 全 体 の 後 部 への 引 き 込 みが 優 先 されるため、これにより 声 道 ( 声 帯 から 口 唇 まで)の 一 部 、 後 舌 部 がいわば 管 の 一 ヶ 所 をくびれさせたような 形 になる。この 際 、 舌 全 体 が 後 方 へ 引 き 込まれると 同 時 にやや 下 降 することにより、 舌 先 の 接 触 がやや 困 難 になることと 舌 先 の 接 触 の 有 無 に 関わらず 暗 いLの 音 色 生 成 が 実 現 される。舌 自 体 は 伸 縮 自 在 に 形 状 を 変 化 させることができる 器 官 だが、 舌 全 体 の 絶 対 的 な 容 積 自 体 を 変 えることはできないという 調 査 結 果 (Fujimura & Kakita, 1979)があることから、 舌 葉 の 側 面 を 狭 めることなどによって、その 収 縮 した 分 の 体 積 が 舌 先 の 伸 長 や 舌 背 部 の 引 き 込 みとなって 相 殺 されると 推論 できる。4. 共 鳴 音 としての /l/弁 別 素 性 に 基 づく 分 類 では、/l/ は 共 鳴 音 (sonorant)に 分 類 され、 能 動 的 調 音 器 官 (activearticulator)が 受 動 的 調 音 器 官 (passive articulator)に 対 して 摩 擦 等 を 伴 わない 距 離 に 位 置 して 有 声にて 調 音 される 音 である。 閉 鎖 音 や 破 擦 音 など 狭 め(constriction)が 完 全 閉 鎖 という 子 音 性 の 高 い阻 害 音 (obstruent)に 比 べると、 共 鳴 音 は 狭 めが 緩 やかでしかも 有 声 であるために、より 母 音 に 近い 性 質 をもっている。側 音 の 共 鳴 音 性 は、 明 るい L よりは 休 止 前 ならびに 母 音 後 に 生 じる 暗 いLにその 特 徴 がやや 強 く表 れているといってよい。 共 鳴 音 は 閉 鎖 や 摩 擦 といった 子 音 らしい 強 い 狭 めはないものの、 舌 先 と 上97


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 20 号 (2013)歯 茎 との 接 触 によって 声 音 が 屈 曲 した 空 間 を 通 り 抜 ける 際 に 生 じる 独 特 の 音 色 で 子 音 としての 特 徴 が示 されることから、 明 るい L の 方 が 音 響 的 にも 調 音 的 にもやや 子 音 性 が 高 いと 判 断 される。暗 いLは、 後 舌 部 が 占 める 位 置 から 音 色 自 体 が , といった 後 舌 母 音 に 近 く 調 音 され、 舌 背 部 の位 置 や 形 状 が 明 るいLとは 異 なるために、 母 音 的 傾 向 が 強 いものとなる。これは 後 舌 部 ないしは 舌 背部 が 軟 口 蓋 に 向 かって 上 昇 する 場 合 、 咽 頭 部 から 軟 口 蓋 にかけて 声 道 が 狭 隘 化 し、 狭 くすぼまった 空間 ができる。 ( 注 6) このため 音 色 が , と 聴 覚 上 区 別 が 困 難 なほど 類 似 する。このように 両 者 の 明 らかに 異 なる 特 徴 を 捉 えて、/l/ の 調 音 を 子 音 的 傾 向 が 強 い 明 るい L と 母 音 的 傾 向 が 強 い 暗 い L とに 二極 化 していると 考 えることが 可 能 である(Gussenhoven & van de Weijer, 1990)。この 考 え 方 からすると、 基 本 的 音 節 構 造 を CV 型 と 仮 定 した 場 合 、 音 節 頭 位 には 子 音 (C)、 音 節末 位 は 母 音 (V)が 配 置 される 型 に 奇 しくも 合 致 する。すなわち 音 節 頭 位 ではより 子 音 的 な 方 向 に引 きつけられて 調 音 がなされ、 音 節 末 位 ではその 要 素 が 薄 められて、 母 音 的 方 向 にシフトした 形 で調 音 が 行 なわれる(Sproat & Fujimura, 1993)。 ( 注 7) EPG, EMA, 超 音 波 検 査 法 等 による 調 査 では、特 に 唇 音 化 (labialization)を 伴 った 尾 子 音 では 母 音 化 が 強 く 観 察 されている(Wrench & Scobbie,2003)。 ( 注 8)5. 暗 いLの 母 音 化音 声 学 では、 暗 いLの 特 徴 は 舌 背 部 が 軟 口 蓋 に 向 かって 上 昇 するという 一 般 化 した 記 述 が、これまで 比 較 的 多 く 行 なわれてきた。しかし 様 々な 実 験 的 調 査 を 総 合 すると、 後 続 する 母 音 の 舌面 位 置 により 舌 背 部 の 動 作 や 到 達 位 置 には 幅 があり、 一 様 ではないことが 明 らかになった。 ( 注 9)例 えば、 高 後 舌 母 音 , が 後 続 する 場 合 は、 後 続 母 音 の 舌 面 位 置 の 先 取 りによって、 軟 口 蓋 に 向かって 上 昇 する。しかし 高 前 舌 母 音 , が 後 続 する 場 合 はむしろ 逆 で 舌 背 部 は 下 降 するというデータがある。このように 後 続 母 音 の 舌 面 位 置 の 先 取 りによって、 舌 背 部 が 柔 軟 に 対 応 しているのである(Sproat & Fujimura, 1993)。 ( 注 10)表 1のように、/l/ と 同 器 官 的 (homorganic)となる 歯 茎 音 等 が 後 続 する 場 合 は、いかなる 条 件 下でも 舌 先 が 歯 茎 に 接 触 し、/l/ の 子 音 性 はほぼ 揺 るがないが、 非 同 器 官 的 子 音 の 場 合 には 舌 先 の 接 触が 必 要 条 件 ではなくなるので、 被 験 者 により 個 人 差 はあるものの、かなりの 比 率 で 無 接 触 となるケースが 観 察 されている(Giles & Molls, 1975)。これは 同 器 官 的 な 分 節 が 連 続 すれば 歯 茎 との 接 触 は 不可 避 であるのに 対 し、 非 同 器 官 的 子 音 の 後 続 によって 調 音 上 、 接 触 の 必 要 性 が 失 われて 無 接 触 となれば、 子 音 としての 側 音 の 特 徴 は 失 われ、/l/ ではなく 単 なる 高 後 舌 母 音 となる。 従 って 被 験 者 の 調 音傾 向 や 調 音 速 度 の 上 昇 に 伴 って 母 音 化 が 引 き 起 こされる 確 率 が 高 くなることを 示 している。98


英 語 /l/ の 母 音 化 と 音 声 指 導 上 の 問 題 についてhomorganichealth melt belch non-homorganichelp elk self 表 1暗 いL()と 母 音 化 したLの 音 色 の 類 似 性 について、Thomas (2011)による 音 響 分 析 で、 図 1のように 左 と 右 の 周 波 数 スペクトルを 比 較 すると、 両 者 の 音 響 特 徴 には 高 い 類 似 性 がある。このように 視 覚 的 にみても 区 別 は 非 常 に 困 難 である。わずかに 観 察 される 相 違 は 第 3フォルマント(F3)の 周 波 数 の 集 中 帯 が では 薄 く(faint)なっているのに 対 し、 は 濃 く(robust) 出 ている点 である。つまり 色 が 濃 い 方 がやや 母 音 的 であることを 示 している。また 母 音 化 した 音 声 を 音 響 的 に 分 析 すると、 後 舌 面 の 位 置 の 微 妙 な 差 異 や 口 唇 の 形 によって 多 少 幅がある( ~) 点 、また F3 に 関 して の 周 波 数 帯 域 幅 (bandwidth)がより 大 きいことが 指 摘 できるとしている。これは 帯 域 幅 が か ~ かの 区 別 に 有 効 であるという(Stevens & Blumstein,1994)。図 16. 音 節 主 音 性 と 母 音 化阻 害 音 のように 子 音 性 の 高 い 分 節 は 音 節 形 成 することはないが、 母 音 的 傾 向 の 強 い 共 鳴 音 /l/ は 一99


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 20 号 (2013)定 の 環 境 下 で、 鼻 音 などと 共 に 音 節 主 音 的 子 音 として 音 節 を 形 成 することがある。RP などの 標 準 的な 発 音 において、 同 器 官 的 となる /t/, /d/, /n/ に /l/ が 後 続 する 場 合 、 例 (1)から(3)のように 音節 主 音 または 成 節 子 音 として 調 音 される 確 率 が 非 常 に 高 い。 位 置 条 件 は 休 止 前 だけでなく、 語 境 界で 後 続 する 語 の 語 頭 が 母 音 または 子 音 、いずれの 場 合 でもこの 現 象 特 有 の 側 面 破 裂 (lateral plosion)または 側 面 解 放 (lateral release)が 生 じる。(1) little (2) middle (3) channel 子 音 としての /l/ が 音 節 主 音 となるこの 現 象 をみても、/l/ は 音 節 形 成 可 能 な 母 音 に 近 い 性 質 をもっていることが 確 認 できる。 音 節 主 音 としての /l/ がこれまでみた 暗 い L の 例 と 対 照 的 な 点 は、 音 節 主音 となった 場 合 、 必 ず 舌 先 と 歯 茎 との 接 触 があり、 側 面 開 放 が 完 全 に 終 了 するまで 接 触 が 持 続 するという 点 である。ただし 語 末 の /l/ に 後 続 する 語 が 母 音 で 始 まるという 環 境 では、 音 節 主 音 となる /l/は(4)のように 母 音 化 しやすいという 報 告 もある(Wells, 1982)。(4) middle → (5) bottle ( は 発 音 されるものの 音 節 主 音 にはならない 例 )(6) bottle -( 母 音 化 により が 完 全 に 欠 落 した 例 )本 来 ならば 音 節 主 音 となる 例 でも、 側 面 解 放 が 起 こらないケースもまれにあり、(5)の bottle の例 のように 弱 母 音 が 添 加 される 場 合 と /l/ が 完 全 に 失 われて(6)のように 母 音 化 する 例 などがある。また 上 記 の 同 器 官 的 な3 子 音 以 外 の 子 音 が 先 行 する 場 合 は、 常 に 音 節 主 音 になるとは 限 らない。例 えば(7)の people は /p/ が 先 行 するために、 両 唇 音 の 微 弱 な 破 裂 が 不 可 避 であるという 理 由 から、/l/ が 音 節 主 音 にはならずに 母 音 化 している。(8)の 例 は 下 線 部 のように 通 常 は 母 音 が 挿 入 されることが 多 い。(7)see the people off (8)people -7.2 母 音 間 の /l/2 母 音 間 の /l/ は、 基 本 的 には 前 後 から 母 音 に 挟 まれる 形 になるが、 同 時 調 音 (coarticulation) 上の 理 由 から、/l/ の 調 音 時 に 後 続 母 音 の 調 音 準 備 が 優 先 されるために、 母 音 前 の /l/ の 調 音 に 近 いものとなる。 本 来 語 末 に 生 じる /l/、すなわち 暗 い L であっても 母 音 で 始 まる 接 辞 や 語 が 後 続 する 場 合がある。 例 えば(9)のように feel に 接 尾 辞 –ing が 付 加 されることにより、 本 来 母 音 後 ないしは 休止 前 の 位 置 にあった 暗 い L が 母 音 前 の 明 るい L に 近 い 音 色 に 転 換 する。100


英 語 /l/ の 母 音 化 と 音 声 指 導 上 の 問 題 について(9)feel-ing(10)feel itまた、 母 音 で 始 まる 語 が 後 続 する 場 合 、 例 えば(10)の 接 語 的 代 名 詞 (clitic pronoun)は、 語 境界 ではあるものの、 常 速 では 連 結 発 音 となるので、 音 声 上 は(9)の 接 尾 辞 添 加 の 場 合 と 同 様 に 明 るいLに 近 い 音 色 となる。8. 調 音 速 度 と 動 作 の 関 係二 つのLはいずれも 調 音 速 度 の 変 化 と 連 動 して 調 音 動 作 に 差 が 生 じることが 明 らかになっている。1) 会 話 レベル(conversational rate)と2) 急 速 レベル(fast rate)という 二 つの 速 度 差 で 舌 の 動作 を 比 較 した Giles & Moll (1975)によれば、 母 音 前 に 生 じる /l/ は、 常 に 舌 先 が 上 顎 の 歯 茎 付 近 で接 触 があるものの、 舌 背 部 の 動 作 について、1)ではいかなる 母 音 が 後 続 する 場 合 でも、 基 本 的 に 舌全 体 の 位 置 は 大 きく 変 わらないのに 対 し、2)では 舌 先 が 歯 茎 に 接 触 する 時 点 ですでに 舌 背 部 は 後 続母 音 の 舌 面 位 置 に 移 動 している。つまり 速 度 の 高 まりとともに 後 続 音 の 調 音 位 置 への 先 取 りが 早 く 行なわれる。母 音 後 に 生 じる /l/ の 場 合 は、 速 度 に 関 係 なく 舌 背 部 の 位 置 はほぼ 一 定 しているが、 被 験 者 によって1)では 舌 先 の 歯 茎 への 接 触 が 行 なわれない 例 が 散 見 される。これは 個 人 語 (idiolect)の 範 疇 に入 ると 解 釈 でき、 話 者 により 母 音 化 傾 向 をもつ 例 である。 調 音 速 度 が 上 がり2)になると、1)では接 触 がみられた 被 験 者 も 無 接 触 になるケースが 増 加 する。これは 目 標 の 調 音 位 置 に 到 達 せずに 母 音 化現 象 が 生 じることを 示 すもので、5でみたように1)では 母 音 化 しない 被 験 者 でも 調 音 速 度 の 上 昇 につれて 母 音 化 する 傾 向 が 高 まることがみて 取 れる。つまり 発 話 速 度 が 上 がると 割 り 当 てられた 短 い 時間 内 に 調 音 を 完 了 することが 困 難 になり、 舌 先 が 到 達 点 である 歯 茎 に 達 しない 比 率 も 上 がることになる。9. 社 会 音 声 学 上 の /l/ の 母 音 化スコットランド、イングランド、 米 国 出 身 者 の3 集 団 に 対 する 暗 い L の 母 音 化 に 関 する 調 査 で、被 験 者 による 個 人 差 はあるものの、 集 団 全 体 として 体 系 的 に 母 音 化 がすすんでいることが 確 認 されている(Wrench & Scobbie, 2003; Labov, 2010)。 特 に 休 止 前 の L について、1) 分 節 および 音 節 レベル、2) 句 レベル、3) 韻 律 の 強 さのレベル、いずれの 条 件 下 でも 一 貫 して 生 じる 確 率 が 高 いという。 末位 の /l/ は 母 音 に 先 行 する 場 合 よりも 尾 子 音 の 位 置 でより 母 音 化 しやすい 傾 向 にあり、 尾 子 音 についてのみの 調 査 では、 休 止 前 よりも 子 音 前 の 方 が 母 音 化 しやすいことも 判 明 した。さらに、 休 止 前 の 位置 については /l/ が 強 音 節 よりも 弱 音 節 にある 場 合 の 方 が 母 音 化 しやすい。このように /l/ の 生 じる位 置 について、 細 かい 点 で 違 いはみられるものの 全 体 としてこれらの 集 団 における 尾 子 音 /l/ の 母 音化 現 象 は 進 行 中 である。また 暗 いLの 母 音 化 現 象 の 一 つとして、ロンドンにおける 階 級 方 言 の 一 部 として 労 働 者 階 級101


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 20 号 (2013)(working class)の 発 音 から 始 まり、 変 化 が 認 知 されるようになったのは 20 世 紀 に 入 ってからといわれている。 舌 先 と 歯 茎 の 接 触 を 伴 う RP の 標 準 的 な 暗 いLと 比 較 して、 母 音 化 する 方 が 調 音 上 容 易であるために、 大 人 の 発 音 レベルに 達 する 前 の 段 階 の 中 等 学 校 の 生 徒 が 用 いる 発 音 として、 本 来 発 音すべきh 音 を 脱 落 させる(H-Dropping) 例 と 並 んで、 特 に 中 産 階 級 (middle class)よりも 労 働 者 階級 に 高 い 頻 度 で 観 察 されている。このことから、 発 音 に 対 して 社 会 的 評 価 が 下 されやすいイギリスでは 教 育 のある(educated) 人 の 発 音 とは 容 認 しない 傾 向 がある(Wells, 1982)。/l/ の 母 音 化 は 発 音の 違 いを 意 識 する 人 々にとっては 気 になる 発 音 であり、 教 養 がない(uncultivated)、ないしは 格 式が 低 い(low prestige)とみなされる 点 に 注 目 したい。 表 2に 示 すように RP で を 用 いるすべての環 境 で Cockney では となる。 ( 注 11)R PCockneymilk shelf middle 表 2暗 い L の 母 音 化 は 現 在 も 拡 大 する 途 上 にあるといわれるが、こうした 社 会 言 語 学 上 の 変 化 はMilroy & Milroy (1985)が 主 張 するように、ある 話 者 が 行 なった 新 しい 発 音 上 の 試 み(speakerinnovation)がその 話 者 が 所 属 する 集 団 へ、 次 にその 集 団 が 所 属 するコミュニティへ、と 使 用 される範 囲 や 人 口 が 連 鎖 反 応 的 に 拡 大 することによって、 徐 々に 一 般 化 してゆくと 考 えられている。 英 語 の様 々な 方 言 に 関 して、 社 会 音 声 学 (sociophonetics)の 分 野 では、 暗 いLの 母 音 化 が 数 多 く 指 摘 されている(Ash, 1982; Horvath & Horvath, 2001; Johnson & Britain, 2003)。 英 語 は、 他 言 語 にはみられない 形 で 方 言 ・ 変 種 が 世 界 各 地 に 広 く 散 在 しているため、 統 一 した 形 でこの 母 音 化 が 普 及 しているかどうかは 不 明 であるが、 現 在 すでに 主 要 各 方 言 において 拡 大 しつつある。/l/ の 母 音 化 が 言 語 の 本 質に 根 ざす 変 化 であるとすれば、いつの 日 か 完 全 に 定 着 する 日 が 来 るかもしれない。10./l/ の 音 声 指 導英 語 音 声 のカタカナ 表 記 に 関 する 記 述 で 暗 いLが 母 音 化 しているからとして、 日 本 語 の「ウ、オ」での 代 用 を 勧 めるもの(milk →「ミウク」など)がある。 英 語 音 のカタカナ 表 記 が 孕 む 根 本 的 な 問 題 は、外 国 語 音 である 英 語 を 日 本 語 表 記 で 示 すことにあり、 子 音 、 母 音 ともに 音 声 上 の 区 別 には 限 界 がある。たとえどんなに 英 語 に 近 い(と 思 われる) 形 でカタカナを 用 いて 表 記 しようとも、 運 用 レベルでの <strong>英語</strong> らしさは 学 習 者 の 英 語 発 音 能 力 に 依 存 せざるを 得 ない( 今 仲 2003, 2004)。 言 い 換 えると、 日 本 語音 を 表 すカタカナ 表 記 と 英 語 らしい 音 声 とのギャップをどのように 埋 めるのかは 学 習 者 の 発 音 感 覚 や能 力 に 頼 る 以 外 にない。 ( 注 12)例 えば tell →「テオ」( 静 1997:12)と 表 記 した 場 合 、 日 本 語 らしい 発音 で「テオ」と 読 んでは 英 語 として 理 解 してもらえないのは 明 らかで、 英 語 らしい 音 形 で 発 音 されな102


英 語 /l/ の 母 音 化 と 音 声 指 導 上 の 問 題 についてい 限 り、 聴 き 手 による 正 しい 識 別 は 期 待 できない。 学 習 者 が 一 定 レベル 以 上 の 音 声 英 語 をインプットし、 英 語 らしい 音 声 が 発 音 できる 程 度 に 達 していないとカタカナ 表 記 を 企 図 した 側 が 期 待 するような結 果 を 得 ることは 難 しい。ただし 表 2の 例 の 比 較 でみたように、 単 に 音 声 的 に 類 似 しているという 点から、それなりに 英 語 らしく 発 音 できる 場 合 ならば、 代 用 音 として 使 用 することは 可 能 であろう。しかし Cruttenden (2001)が 指 摘 するように、 英 語 母 語 話 者 にとって 受 容 しやすい /l/ の 調 音 とは、必 ずしも 日 本 人 英 語 学 習 者 が 苦 労 して 二 つの 異 音 を 発 音 仕 分 けることではない。しばしば 指 摘 されるように 日 本 人 学 習 者 が 日 本 語 のラ 行 子 音 を /l/ と /r/ の 両 方 に 用 いるため、 聞 き 手 は 区 別 がつかずに 理 解 に 苦 労 するという 点 がある。この 問 題 の 方 が 日 本 人 英 語 学 習 者 にとってはより 重 大 な 問 題 であり、まず 明 るい L の 習 得 が 最 優 先 課 題 なのである。また 音 素 論 的 に 子 音 性 の 高 い 明 るいLをすべての 位 置 で 発 音 して 理 解 上 全 く 差 し 支 えないという 言 及 にも 注 目 する 必 要 がある。 ( 注 13) さらに 外 国 人が little, middle などの 歯 茎 破 裂 音 (alveolar plosive)の 後 に の 代 用 として を 用 いると 子 供 っぽい 発 音 に 聞 こえるという 指 摘 もある。別 の 観 点 からみると、tell のカタカナ 表 記 は、 多 くの 初 級 英 和 辞 典 で「テル」となっている。これはいわば 英 語 の 綴 りをそのままローマ 字 風 に 読 んだもので、 英 語 母 語 話 者 の 発 音 とは 差 があり、 理 解に 支 障 があるであろうが、 日 本 人 学 習 者 自 身 にとっては、 英 語 のスペリングを 想 起 する 上 では 都 合 がよい。 仮 に 現 実 の 英 語 音 声 には「テオ」の 方 が 近 いといっても、この 表 記 から 英 語 の 綴 りを 思 いうかべることは 逆 に 難 しくなる。 同 様 の 例 として、little について 日 本 語 的 カタカナ 表 記 の「リトル」と実 際 の 音 声 に 近 いとする「リロ」があるが、いずれにしても 学 習 上 の 功 罪 相 半 ばすることになろう。拙 論 ( 今 仲 2000)で 詳 述 したように、 英 語 の 分 節 が 生 起 する 頻 度 数 に 照 らした 音 素 の 習 得 優 先 順位 から 考 えると、 暗 い L の 異 音 は 上 位 に 来 るわけではない。 従 って 一 般 の 英 語 学 習 者 にとっては、この 二 つの 異 音 を 区 別 できるようにすることよりも 他 の 優 先 順 位 の 高 い 音 素 の 習 得 により 多 くの 時 間をかけることの 方 が 重 要 である。暗 いLを 母 音 化 したりせずに、 綴 り 字 に 忠 実 にしかも 明 るい L の 発 音 のみに 徹 した 方 が、 綴 り 字発 音 (spelling pronunciation)を 実 践 することになり、 中 途 半 端 に 母 語 話 者 風 の 発 音 を 目 指 すよりも、外 国 人 の 発 音 としてむしろ 理 解 しやすいと 認 識 される(Lane, 2010:144) 傾 向 があるのも 事 実 である。日 本 人 英 語 学 習 者 にとっては、 側 音 としての 明 るい L が 習 得 できていない 段 階 で 暗 い L を 云 々しても 意 味 がないといえる。またすべての 子 母 音 が 過 不 足 なく 発 音 できる 立 場 の 英 語 母 語 話 者 の /l/ の 母 音 化 を、 同 じ 調 音 レベルに 達 していない 外 国 人 学 習 者 が 踏 襲 する 意 味 が 果 たしてあるのだろうか。 母 語 話 者 レベルで 網 羅 的に 子 母 音 の 発 音 ができるならばともかく、 一 般 の 外 国 人 英 語 学 習 者 が 変 化 しつつある 母 語 話 者 の 発 音に 近 づけようとすることが 理 解 しやすい 英 語 発 音 の 習 得 につながるのかどうか、また 限 られた 学 習 時間 を 考 慮 すれば、 優 先 順 位 を 中 心 とした 効 果 的 な 学 習 項 目 に 沿 って 学 習 する 必 要 があろう。 一 方 本 格的 な 発 音 指 導 を 行 なうに 際 しては、 社 会 的 評 価 が 低 いと 考 えられる 暗 いLの 母 音 化 よりもできる 限 り標 準 的 な を 指 導 する 方 が 好 ましく、 一 般 的 指 導 においても を 変 化 途 上 にある 母 音 化 した 音 形として 音 声 指 導 するのは 様 々な 点 で 疑 問 が 残 るといわざるを 得 ない。103


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 20 号 (2013)11.おわりに音 素 /l/ には、 音 節 および 語 レベルのどの 位 置 に、またどのような 音 連 続 中 に 生 じるかによって二 つの 異 音 がある。この2 異 音 は 相 補 分 布 を 示 しているものの、 単 一 音 素 が 分 化 したというに 留 まらず、 生 理 学 的 にも 大 きく 異 なる 特 徴 をもっている。 母 音 前 に 生 じる 場 合 は 子 音 として 捉 えることができ、 母 音 後 に 生 じる 場 合 は 母 音 性 が 高 くなる 異 音 的 特 徴 をもち、 後 者 は 英 語 圏 で 母 音 化 する 傾向 にある。/l/ の 異 音 的 特 徴 はこの 二 つに 収 斂 するが、 被 験 者 に 対 する 様 々な 測 定 データからすると、 現 実には 各 話 者 が 用 いている 調 音 上 の 細 部 にわたる 方 策 ( 声 道 の 長 短 、 舌 面 の 形 状 、 口 唇 の 形 状 、 開 口部 の 大 きさ 等 )は 実 にまちまちであるが、 結 果 として 調 音 された 音 声 を 聞 き 手 がそれぞれ 二 つの 異音 に 類 似 した 音 声 と 認 識 しているというのが 実 情 である。音 韻 論 ならびに 社 会 言 語 学 双 方 からの 検 討 によって、 日 本 人 英 語 学 習 者 にとって、この 二 つの 異音 の 区 別 は 二 つのレベル 設 定 が 好 ましいと 考 えられる。1) 一 般 的 な 発 音 指 導 では 特 に 二 つの 異 音を 区 別 するよりも、まず 明 るい L の 習 得 に 努 めることが 第 一 義 であること。2) 本 格 的 な 音 声 指導 では 母 音 化 した 暗 い L を 目 標 とせず、あくまでも RP などの 標 準 的 調 音 を 目 指 すことが 望 ましい。注1) Cinefluorography( 透 視 映 画 撮 影 法 )、EPG=electropalatography( 電 気 口 蓋 図 法 )、EMA=electromagnetic articulography( 電 磁 波 調 音 診 断 法 )、echography( 超 音 波 検 査 法 )、MRI=magnetic resonance imaging( 磁 気 共 鳴 映 像 法 ) 等 を 用 いた 実 験 的 な 調 査 を 基 に 検 討 する。2) オランダ 語 、ポルトガル 語 で 使 用 される /l/ は 細 部 は 異 なるものの、 英 語 と 同 様 に 二 種 類 の 異 音 をもつので 英 語 のみの 現 象 というわけではない。3) この 他 に 比 較 的 多 く 用 いられる 用 語 として、1) 語 頭 、 音 節 頭 位 (syllable-initial)、2) 語 末 、 音 節 末 位(syllable-final) 等 があるが、 本 稿 ではそれぞれ 1)を⒜に、2)を⒝に 含 めることとする。4) 音 響 上 の 基 本 的 特 徴 としては、 明 るいLの F2 は 比 較 的 高 い 周 波 数 域 に 生 じ、F1 は 低 くなる。 暗 いLはそれよりも F1 がさらに 高 い 周 波 数 域 に 生 じ、F2 は 低 くなるというように 音 響 データ 的 にみても 大 きく異 なっている(Sproat & Fujimura, 1993; Epsy-Wilson, 1992)。5) 舌 先 と 上 顎 の 接 触 については、 接 触 箇 所 ・ 範 囲 に 関 して 個 人 差 があり、 舌 端 部 (laminal)の 比 較 的 広 い範 囲 を 接 触 させる 被 験 者 と 舌 尖 部 (apical)のごく 狭 い 範 囲 のみを 接 触 させる 場 合 とがある(Narayananet al., 1997)。6) 暗 いLは 尾 子 音 として 現 れる 場 合 、 舌 背 部 の 筋 肉 の 収 縮 度 が 頭 子 音 の 場 合 よりも 高 く、しかも 早 いタイミングで 収 縮 が 開 始 され、 声 道 のこの 部 分 が 狭 められて 暗 い 音 色 を 帯 びることになる(Scobbie & Wrench,2003)。 話 者 固 有 の 特 徴 や 調 音 時 の 状 況 にもよるが、 暗 いLは 舌 先 の 接 触 が 全 くない 状 態 で 調 音 される 頻度 も 高 い。 舌 先 等 の 接 触 がない 場 合 は、 側 音 としての 必 要 な 調 音 条 件 を 満 たさず、 子 音 的 特 徴 の 核 となるべき 歯 茎 との 接 触 が 失 われた 状 態 で 調 音 されると、 限 りなく 母 音 に 近 いものとなる。この 相 違 から 二 つの 異 音 が 子 音 的 ⇔ 母 音 的 という、 両 極 にひきつけられた 形 で 大 きく 異 なる 性 格 をもつと 言 える。Giles &Moll (1975)の 透 視 映 画 撮 影 法 による 調 査 で 米 語 は 特 に 調 音 速 度 が 高 まったり、 低 母 音 の 後 に 続 く 場 合 に母 音 化 が 著 しいという。7) この 傾 向 は /l/ のような 共 鳴 音 でなく、 子 音 性 の 高 い 阻 害 音 においても 同 様 の 傾 向 がみられる。 例 えば、無 声 閉 鎖 音 /t/ が 生 じる tight の 例 について 語 頭 と 語 末 に 来 る /t/ を 比 較 すると、 語 頭 では 高 い 呼 気圧 で 調 音 され、 通 常 帯 気 音 化 (aspirated)()する。 語 末 では 呼 気 圧 が 弱 まって、 無 気 音 (unaspirated)()かまたは 声 門 閉 鎖 音 ()となる。これは 調 音 器 官 の 運 動 性 の 限 界 とも 深 く 関 わっている 現 象 だが、104


英 語 /l/ の 母 音 化 と 音 声 指 導 上 の 問 題 について語 末 の 子 音 調 音 が 弱 まって 子 音 的 性 質 も 弱 化 する 傾 向 がある。これは 調 音 上 の 基 本 原 理 ともいえる、 呼 気圧 の 変 化 という 点 からもすべての 言 語 調 音 に 関 係 する 現 象 であり、ある 種 の 普 遍 性 があるといえよう。8) 舌 が 到 達 目 標 に 達 する 際 のピーク 時 の 動 作 速 度 (movement velocity)に 関 する 調 査 によると、 語 全 体 の調 音 速 度 の 遅 速 には 関 係 なく、 舌 先 が 歯 茎 に 接 触 する 際 、 確 実 に 接 触 が 行 なわれる 母 音 前 (276.6)と 音節 主 音 (304.3)の 位 置 に 来 る 例 では、 平 均 の 動 作 速 度 がほぼ 同 じ 値 であるのに 対 し、 母 音 後 に 生 じる の 場 合 (192.7)の 動 作 速 度 はかなり 遅 くなる(Giles & Moll, 1975)。この 比 較 からみても 三 つの 生 起 環 境においては、 母 音 後 の が 特 殊 であることが 明 確 である。 調 音 器 官 の 動 作 速 度 は、 一 般 的 に 子 音 の 場 合は 速 いが、 母 音 の 場 合 は 遅 くなり、 到 達 目 標 に 達 しない 傾 向 があることからもこの 現 象 を 追 認 できる。allophonic groupsprevocalicpostvocalicsyllabicmovement velocity276.6 mm/sec192.7 mm/sec304.3 mm/sec9) Narayanan et al. (1997)によると、 静 止 した 状 態 での 後 舌 部 の 位 置 は 軟 口 蓋 に 向 かって 上 昇 するとともに、舌 根 部 が 後 方 の 咽 頭 部 に 向 かって 引 かれる 傾 向 がある。これは MRI のデータを 取 得 する 際 に、 動 作 中 の器 官 をリアルタイムでみることが 難 しく、 調 音 器 官 を 一 定 時 間 静 止 させた 状 態 でなければ 正 確 に 撮 像 できないという 計 測 機 器 自 体 の 制 約 から、 調 音 位 置 がいわば 理 想 的 な 位 置 にある 場 合 の 結 果 である 可 能 性 が 高い。 従 って 調 音 速 度 が 上 がって、 舌 が 目 標 位 置 に 達 することが 困 難 になる 状 況 では 後 舌 部 はそれほど 上 昇もせず、 舌 が 後 方 へ 引 かれることも 少 ないということが 考 えられる。10) 暗 い 音 色 は 先 行 する 母 音 の 種 類 によって 様 々な 形 での 影 響 があり、Thomas (1958)が 指 摘 しているように 後 舌 部 が 最 も 高 い 位 置 に 引 き 上 げられる 例 、pool /pu:l/ 等 が 特 に 声 道 のくびれが 最 小 となるので 最 も暗 い 音 色 になる。11)20 世 紀 後 半 から RP よりも Cockney の 方 が 影 響 力 を 増 しつつあり、また 河 口 域 英 語 (Estuary English)の 登 場 なども 背 景 にあると 考 えられている。ロンドンで 一 般 的 に 観 察 される 話 し 言 葉 においては、 暗 いLを 通 常 円 唇 化 した ないしは を 用 いる 傾 向 がある。 他 の 地 域 で 非 円 唇 化 傾 向 のある 発 音 では、ないしは 半 母 音 のタイプが 報 告 されている (Wells, 1982; 1997)。12) 日 本 国 内 で 出 版 されている 中 学 生 向 けの 初 級 英 和 辞 典 ( 金 谷 2011; 田 島 他 2012; 投 野 2009; 羽 鳥 1995;廣 瀬 ・ 伊 部 2009; 吉 田 2011)のほとんどがカタカナ 表 記 を 採 用 している。 音 素 /l/, /r/ に 関 連 する 表 記はラリルレロを 共 通 して 使 用 しているため、 本 論 で 述 べたように 学 習 者 が 英 語 でコミュニケーションを 図ろうとする 際 に、カタカナによるラ 行 子 音 では 二 つの 音 素 を 区 別 することはできないので、ほとんど 役 に立 たないといえる。これによって 日 本 語 的 発 音 を 固 定 化 することになりかねず、コミュニケーションのための 外 国 語 学 習 という 目 的 から 逸 脱 することになり、 果 たして 優 れた 表 記 法 といえるのかどうかは 疑 問 である。むしろカタカナを 用 いることは 学 習 者 自 身 がとりあえず 語 レベルにおいて 日 本 語 音 で 読 めるようにするという、ある 種 自 己 目 的 化 した 形 でしか 使 われていないのである。13)まずは 英 語 側 音 の 子 音 としての 発 音 、つまり 明 るい L の 習 得 を 最 優 先 すべきである。 英 語 母 語 話 者 からすると、 日 本 語 のラ 行 子 音 は /l/ か /r/ か 識 別 しにくいという 事 情 がある。/l/ と /r/ が 確 実 に 区 別 ができて 初 めて 暗 い L の 調 音 に 取 り 掛 かるというのが 順 序 であろう。この 前 提 なくして、 二 つの 異 音 を 同 時に 習 得 させようとするのは 一 般 向 けの 指 導 として 適 切 とはいえないであろう。 専 門 的 なレベルの 習 得 を 目指 すのでない 限 り、/l/ についての 必 要 十 分 な 調 音 は 明 るい L のみである。105


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 20 号 (2013)参 考 書 目Ash, S. (1982) The Vocalization of /l/ in Philadelphia. PhD dissertation, University of Pennsylvania.Brown, G. (1977) Listening to Spoken English. Longman.Browman, C. and Goldstein, L. (1992) Articulatory Phonology: an overview. Phonetica, 49, 155-180.Cruttenden, A. (2001) Gimson’s Pronunciation of English. 6th Edition. Arnold Publishers.Espy-Wilson, C. (1992) Acoustic measures for linguistic features distinguishing the semivowels /wjrl/ in AmericanEnglish. Journal of Acoustical Society of America, 92(2), Part 1. 736-757.Fowler, C.A. and Housum, J. (1987) Talkers’ signaling of ‘new’ and ‘old’ words in speech. Journal of Memory andLanguage, 26, 489-504.Fujimura, O. and Kakita, Y. (1979) Remarks on quantitative description of the lingual articulation. In Frontiers ofspeech communication research. (Öhman, S and Lindblom, editors). London: Academic Press.Gick, B. (2002) The American Intrusive L. American Speech, Vol. 77, No. 2, 167-183.Gick, B. (1999) A gesture-based account of intrusive consonants in English. Phonology, 16, 29-54.Giles, S. and Moll, K. (1975) Cinefluorographic study of selected allophones of English /l/. Phonetica, 31, 206-227.Gussenhoven, C. and van de Weijer, J. (1990) On V-place spreading vs. feature spreading in English historicalphonology. The Linguistic Review, 7, 311-332.Halle, M. and Mohanan (1985) Segmental phonology of modern English. Linguistic Inquiry, 16, 57-116.Horvath, B. and Horvath, R. (2001) A multilocality study of a sound change in progress: The case of /l/ vocalizationin New Zealand and Australian English. Language Variation and Change, 13, 37-57.Johnson, W. and Britain, D. (2003) L Vocalization as a Natural Phenomenon. Essex University.Kerswill, P. (1995) Phonological convergence in dialect contact: evidence from citation forms. Language Variationand Change, 7, 195-207.Labov, W. (2010) Principles of Linguistic Change: Cognitive and Cultural Factors. Vol. 3. Wiley-Blackwell.Ladefoged, P. and Maddieson, I. (1996) The Sounds of the World’s Languages. Blackwell Publishers.Lane, L. (2010) Pronunciation: A Practical Approach. Pearson Longman.Lieberman, P. (1970) Some effects of semantic and grammatical context on the production and perception of speech.Language and Speech, 6, 172-187.McMahon, A., Foules, P., and Tollfree, L. (1994) Gestural representation and Lexical Phonology. Phonology, 11,277-316.Milroy, J. and Milroy, L. (1985) Linguistic change, social network and speaker innovation. Journal of Linguistics,Vol. 21, No. 2, 339-384.Narayanan, S., Alwan, A., and Haker, K. (1997) Toward articulatory-acoustic models for liquid approximants basedon MRI and EPG data. Part I. The laterals. Journal of Acoustical Society of America, 101(2), 1064-1077.Peterson, G.E. & Barney, H.L. (1952) Control methods used in the study of vowels. Journal of the Acoustical Societyof America, 24, 175-184.Scobbie, J. and Wrench, A. (2003) An articulatory investigation of word final /l/ and /l/-sandhi in three dialects ofEnglish. Proceedings of the 15th International Congress of Phonetic Sciences, 1871-1874.Shockey, L. (2003) Sound Patterns of Spoken English. Blackwell Publishing.Stevens, K. and Blumstein, S. (1994) Attributes of lateral consonants. Journal of the Acoustical Society of America,95, 2875.Sproat, R. and Fujimura, O. (1993) Allophonic variation in English /l/ and its implications for phoneticimplementation. Journal of Phonetics, 21, 291-311.Thomas, E.R. (2011) Sociophonetics: An Introduction. Palgrave Macmillan.Thomas, C.K. (1958) An Introduction to the Phonetics of American English. 2nd Edition. The Ronald Press Company.Wells, J. (1997) What is Estuary English? English Teaching Professional, issue 03.Wells, J. (1982) Accents of English. Cambridge: Cambridge University Press.Wrench, A. (2000) A multi-channel/multi-speaker articulatory database for continuous speech recognition research.106


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