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同時調音における調整構造に関する考察/今仲昌宏 - 東京成徳大学

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同 時 調 音 における 調 整 構 造 に 関 する 考 察今 仲 昌 宏 *A Note on Coordinative Structure in CoarticulationMasahiro IMANAKA1.はじめに発 話 中 の 分 節 (segment)の 連 続 が 理 想 的 な 形 で 調 音 されることは 現 実 には 基 本 的 にありえない。実 際 には 隣 接 する 分 節 の 性 格 や 調 音 速 度 等 により 異 なるものの、 様 々な 形 で 相 互 にあるいは 一 方 的 に調 音 および 音 響 特 性 上 、 影 響 を 及 ぼすために 様 々な 音 声 変 化 が 生 じることになる。すべての 発 話 がそうであるように、 常 速 においては 間 断 なく 調 音 が 連 続 するために、 各 分 節 の「 準 備 - 調 音 - 収 束 」という 一 連 の 調 音 過 程 が 前 後 に 並 んで 重 複 調 音 (overlapping articulation)が 行 なわれる。これがいわゆる 同 時 調 音 (coarticulation)であり、その 結 果 音 声 現 象 として 生 ずる 同 化 (assimilation)や 異 化(dissimilation)など 様 々な 音 声 変 化 の 原 因 となっている。本 稿 では 同 時 調 音 に 由 来 する 英 語 における 変 種 の 分 化 や 異 音 等 が 生 じる 現 象 について、 調 音 器 官 の生 理 学 的 な 動 作 状 況 や 音 響 データをもとに、 調 音 過 程 で 生 じる 先 行 的 効 果 により 後 続 音 優 位 となる 調整 構 造 について 考 察 する。2. 同 時 調 音 の 定 義この 用 語 は 従 来 の 調 音 音 声 学 では、 二 重 調 音 (double articulation)とほぼ 同 義 で 用 いられてきた。主 観 的 な 印 象 に 基 づく 観 察 (impressionistic observation)を 中 心 とした 調 音 についての 捉 え 方 では、主 として 2 ヶ 所 の 調 音 点 の 想 定 にとどまっていたといってよい。( 大 塚 ・ 中 島 1987: 85)しかし 音 響音 声 学 の 発 達 や 医 療 機 器 等 の 長 足 の 進 歩 により、 調 音 器 官 の 動 作 状 況 を 生 理 学 的 側 面 から 正 確 に 把 握することができるようになったために、 実 験 音 声 学 という 新 分 野 の 進 展 も 手 伝 って、 筋 電 図 記 録 検 査法 (electromyography: EMG)などの 手 法 を 用 いて、 音 声 器 官 を 動 かす 筋 運 動 の 動 作 状 況 などの 詳 細なデータを 分 析 することが 可 能 となり、 調 音 の 捉 え 方 が 大 きく 変 化 した。 (1)*Masahiro IMANAKA 国 際 言 語 文 化 学 科 (Department of International Studies in Language and Culture)45


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)音 韻 論 的 観 点 からは、 分 節 調 音 は 隣 接 音 がどのようなものであれ、 基 本 的 には 文 脈 や 前 後 する 分 節に 無 関 係 に 常 に 同 じ 調 音 が 行 なわれると 仮 定 すること、すなわち 音 素 の 存 在 を 前 提 としている。しかし 現 実 の 音 声 連 続 中 では 同 じ 分 節 であっても 置 かれる 環 境 によって、 厳 密 にはすべてが 異 なる 音 声 、すなわち 異 音 (allophone)となる。 分 節 各 音 が 独 立 し、 分 離 した 形 で 個 別 に 調 音 が 行 なわれるのではなく、 常 に 隣 接 音 に 接 した 環 境 で 調 音 される 限 り、 調 音 される 音 が 常 に 一 定 であるということは 現実 には 不 可 能 である。さらに 突 き 詰 めれば、 単 独 の 分 節 調 音 であっても、 後 述 するようにあらゆる 発話 構 造 は 常 に 同 時 進 行 的 に 複 数 の 器 官 の 動 作 が、いわば 多 層 的 に 行 なわれていることから、すべての音 声 は 常 に 同 時 調 音 的 に 生 み 出 される 音 だということも 可 能 である。このように 同 時 調 音 の 行 なわれる 過 程 そのものが、 異 音 的 変 種 (allophonic variation)を 生 じさせる 根 本 的 な 原 因 となっている。 (2)現 実 の 調 音 過 程 では、 隣 接 音 同 士 の 影 響 は 不 可 避 であり、 同 じ 分 節 であっても 異 なる 環 境 で 調 音 されれば、 前 後 に 来 る 隣 接 音 に 順 応 した 音 声 に 微 妙 に 変 化 する。 聞 き 手 側 も 現 実 の 音 声 の 異 音 的 特 徴 に 無意 識 に 対 応 するような 仕 組 みになっていて、 次 節 で 述 べる 正 規 化 の 手 順 を 踏 んで 言 語 的 意 味 の 理 解 に至 ることになる。3. 音 声 の 正 規 化一 般 的 に 音 韻 上 の 認 識 に 関 しては、 正 書 法 において、 表 音 文 字 のアルファベットが 一 つ 一 つの 文 字としてタイプライターで 順 次 打 たれて 紙 に 印 字 されてゆくように、 音 声 は 速 度 的 も 音 量 的 にも 一 定 で強 さも 均 等 な 形 で 受 容 され、 理 解 されているという 印 象 をもたれることが 多 い。 音 素 の 連 続 体 として考 える 場 合 は、 確 かにそのように 想 定 する 必 要 性 があるが、 現 実 の 音 声 の 創 出 にあたっては 肉 体 ( 調音 器 官 )を 使 って 言 語 を 音 声 化 するために、 連 続 する 各 音 素 の 目 標 に 向 けて 調 音 器 官 が 物 理 的 に 次 々に 器 官 の 形 状 や 位 置 を 絶 え 間 なく 変 えてゆかねばならない。したがって 音 声 のもつ 意 味 内 容 にではなく、 音 声 そのものに 注 意 を 払 って 聴 く、ないしは 音 声 分 析 装 置 で 音 響 的 に 記 録 すると、 同 一 音 素 であっても 大 幅 に 異 なる 音 声 として 実 現 していることがわかる。 Duration (msec)Voiceless stops (3)Voiceless fricatives (2)Nasals (2)Voiced stops (3)Voiced fricatives (2)138177209215277171199238251283184215253276304180218235267295157187241244293138161217215261表 1( 一 部 改 変 ) House & Fairbanks (1953)その 証 左 としてわかりやすいのが 母 音 長 の 比 較 である。 表 1は、 有 声 / 無 声 を 含 めた 調 音 様 式 の 異なる 5 種 類 の 同 一 子 音 が 前 後 に 来 た 場 合 (CVC)の 6 種 の 母 音 長 を 比 較 したものである。いずれの46


同 時 調 音 における 調 整 構 造 に 関 する 考 察母 音 にも 共 通 しているのは、 最 上 段 にある 無 声 閉 鎖 音 (voiceless stop)が 前 後 する 場 合 の 母 音 長 が最 も 短 く、 最 下 段 にある 有 声 摩 擦 音 (voiced fricative)が 前 後 する 場 合 が 最 も 長 いという 点 である。各 母 音 の 最 短 母 音 長 を 最 長 母 音 長 とくらべてみると、それぞれ : 0.498, : 0.604, : 0.605, : 0.610,: 0.535, : 0.528 の 長 さとなる。 最 も 格 差 の 大 きい、 の 例 では、 母 音 長 の 差 がほぼ 半 分 になっている。このように、 現 実 の 母 音 は 前 後 する 子 音 により 1:2 〜 3:5 の 長 さの 差 があるにもかかわらず、聞 き 手 は 正 規 化 によっていずれも 同 じ 長 さの 母 音 と 感 じているのである。次 に 3 つの 子 音 分 節 ABCの 音 声 連 続 を 考 えるとき、A から B へと 移 行 する 際 、A の 調 音 終 了 後 、一 旦 ニュートラルな 位 置 に 調 音 器 官 が 戻 ってから 新 たに B の 調 音 位 置 へ 移 動 するというような 効 率の 悪 い 過 程 を 辿 ることは 現 実 には 行 なわれない。また A、B それぞれの 調 音 位 置 も 常 に 一 定 不 変 ではなく、 状 況 に 応 じて 目 標 に「ずれ」が 生 じる。 調 音 速 度 によって 動 作 範 囲 や 経 路 は 変 わる 余 地 があるが、 常 速 発 音 では A の 調 音 が 理 想 的 目 標 に 届 かずに(undershoot)5~8 割 の 位 置 で、いわば 調 音器 官 が 中 途 の 体 勢 から 最 短 距 離 を 通 って 後 続 の B の 調 音 に 移 行 するというような 動 きが 普 通 に 行 なわれている。 後 続 音 が 異 なれば、 調 音 位 置 の 次 の 目 標 が 変 わるので、 例 えば A → C とA→Bとでは全 く 異 なる 移 行 経 路 をとることになる。 音 声 器 官 は 連 続 する 分 節 に 対 して、 特 に 母 音 連 続 などでは 無駄 のない 動 きによって 合 理 的 な 最 短 距 離 をとりながら、 次 々と 音 声 を 流 れるような 連 続 体 として 実 現してゆくのである。 (3)発 話 産 出 (speech production)に 関 わる 調 音 運 動 (articulatory movements)の 調 整 ならびに 協同 によって、 理 想 的 調 音 からみれば 現 実 の 音 声 はバランスの 悪 い 歪 んだ 音 声 である。 例 えば、 英 語 の強 形 では、on her back となるが、 常 速 発 音 では 弱 形 や 収 縮 形 を 含 んだ となる。すなわち 聞 き 手 は 理 想 形 からみれば 現 実 には 崩 れていたり、 歪 んだ 音 声 をあたかも 文 字 で 整 然 と 記 されたもののように 脳 内 で「 正 規 化 」した 後 、 意 味 をもったメッセージとして 受 け 入 れている。 言 語 の理 解 にあたっては、 現 実 の 音 声 がもつ 客 観 的 性 質 とは 異 なる、 整 然 とならんだ 音 素 列 に 規 格 化 された上 で 受 容 するのである。これは 心 理 的 実 在 という 現 象 と 深 い 関 係 がある。 (4) (Hardcastle & Hewlett1999; 今 仲 2011)言 語 音 声 として 聞 き 手 が 最 終 的 に 受 け 取 る 意 味 情 報 は、 実 際 の 発 音 をもとに 正 規 化 することで、 言語 的 意 味 に 置 き 換 えられる 点 がある 種 の 二 重 構 造 のようになっているが、この 点 で 理 想 的 な 音 形 でなくとも 聞 き 手 は「 正 規 化 」を 行 なうことで、 問 題 なくメッセージの 理 解 へと 導 かれる。4. 同 化 における 素 性 転 写同 化 (assimilation)は 英 語 における 同 時 調 音 の 枠 組 みに 含 まれる 現 象 であり、 合 理 性 の 高 い 音 声変 化 と 考 えられているが、 変 種 での 生 起 環 境 によっては 必 ずしもすべての 同 化 が 合 理 性 や 普 遍 性 を 指向 するものとは 限 らない。 個 々の 同 化 の 例 により、 同 化 の 必 然 性 の 度 合 いに 差 があるからである。 通 常 、同 化 の 影 響 が 生 じる 方 向 によって 進 行 [ 保 持 ] 同 化 (progressive[perseverative]assimilation)か逆 行 [ 先 行 ] 同 化 (regressive[anticipatory]assimilation)に 分 けて 考 えることが 多 いが、 例 えば、英 語 の 2 母 音 間 の‘t’(intervocalic t)と 呼 ばれる 有 声 化 現 象 は、 前 後 、すなわち 双 方 向 (→ /t/ ←)からの 影 響 により、 有 声 化 が 行 なわれる 同 化 と 解 釈 できる。(Laver 1994: 384)water, butter, matter47


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)などの 例 において、GA では 基 本 的 に 語 中 に 生 じる /t/ は 有 声 化 するが、RP では 有 声 化 せずに 無 声音 のままである。 合 理 性 の 観 点 からすると、 声 帯 振 動 を 伴 う 母 音 が 前 後 に 位 置 するため、/t/ を 有 声化 する 方 が 調 音 自 体 は 円 滑 かつ 容 易 になると 推 論 できる。しかし 素 性 転 写 (feature copying)の 有無 により、2 大 変 種 の GA( 有 声 化 )と RP( 無 声 化 )に 二 極 分 化 し、 一 本 化 がなされているわけではないことから、この 同 化 が 英 語 の 変 種 の 中 で 必 ずしも 合 理 性 の 強 い 音 声 現 象 であるとは 単 純 に 判 断できないことがわかる。つまり 言 語 内 での 方 言 や 変 種 等 の 固 有 の 同 化 として 捉 えるべきであろう。5. 調 音 動 作 の 重 複音 声 分 析 装 置 で 発 話 を 記 録 ・ 分 析 する 際 に 明 らかになることであるが、 記 録 された 各 分 節 は 配 列 された 順 に 調 音 が 実 行 されてゆく 過 程 で、 分 節 音 として 記 録 された 部 分 だけではなく、 実 態 としては 分節 境 界 を 越 えて 前 後 に 影 響 が 広 がっていると 考 えられる。 言 い 換 えると 表 面 的 には 分 節 音 として 顕 在化 する 部 分 の 前 後 の 分 節 に 当 該 分 節 の 影 響 が 及 んでいるのである。 現 実 の 音 声 は 分 節 の 境 界 を 越 えて隣 接 音 に 影 響 を 与 え、 特 に 後 続 音 がしばしば 先 行 音 に 変 化 を 生 じさせる。図 1図 1の 模 式 図 中 の123という 連 続 する 調 音 動 作 (gesture)を 考 える 場 合 、2の 音 声 として 表 面に 現 れるのは2の 点 線 で 区 切 られた 内 側 の 範 囲 の 動 作 であるが、 実 際 には1と3のいずれの 分 節 にも2の 動 作 情 報 が 重 複 した 形 で、1( 先 行 する 領 域 )と3( 繰 越 した 領 域 )の 分 節 音 の 裾 の 部 分 に 隠 れるようにして 含 まれていると 考 えられる。このように、 同 時 調 音 という 現 象 は 前 後 の 分 節 とともにほぼ 並 行 的 に 調 音 が 営 まれていて、 調 音 動 作 が 重 複 していわば 動 作 の 融 合 (gestural blending)が 生 じている 状 態 を 指 す。すなわち2の 音 声 上 の 性 質 の 一 部 が2の 調 音 のみにとどまらずに、 隣 接 する1や3の 音 声 にも 拡 がっている 状 態 を 示 している。 当 該 の 分 節 に 先 行 する 分 節 、つまり1の 調 音 時 点 で2の 調 音 準 備 を 開 始 せざるをえないために、1の 調 音 が 後 続 音 調 音 2の 影 響 による 変 化 を 受 けることになる。仮 に 個 々の 分 節 がきっちりと 調 音 された 場 合 は、 速 度 が 落 ちて 分 節 間 に 移 行 音 のようなものが 生 じ48


同 時 調 音 における 調 整 構 造 に 関 する 考 察てしまう 可 能 性 が 高 くなる。 同 時 調 音 の 調 整 機 能 とは 隣 接 音 間 の 違 いやずれを 平 滑 化 するものであり、隣 接 音 同 士 が 音 声 実 現 の 際 うまく 順 応 し 合 うように、 移 行 時 の 調 音 器 官 の 動 きが 最 小 化 することで、滑 らかな 調 音 として 実 現 することが 重 要 な 鍵 となっている。(Hammarberg 1976)6. 同 時 調 音 と 労 力 の 節 減Abercrombie(1967: 87)が 述 べているように、 調 音 時 に 分 節 は 後 続 音 の 影 響 下 で 調 音 位 置 が 移 動 するが、これはいわゆる 音 韻 的 経 済 に 関 連 する 調 音 労 力 の 節 減 (economy of articulatory effort)にも 結 びついた 現 象 である。 例 えば、(1)kit と(2)cat の の 調 音 位 置 を 比 較 すると、(1)の 例 では 後続 母 音 が 高 前 舌 母 音 であるために、 調 音 位 置 が 軟 口 蓋 および 後 舌 部 のかなり 前 寄 りになるのに 対 し、(2)では 低 前 舌 母 音 で 同 じ 前 舌 母 音 ではあるものの、 口 腔 内 では 母 音 の 舌 面 位 置 が 低 位 に 来 るために、 開 口度 が(1)と 比 較 してかなり 大 きくなり、 後 舌 と 口 蓋 との 閉 鎖 点 が 必 然 的 にかなり 後 寄 りになる。このように 同 じ の 調 音 でありながら、 後 続 母 音 により 実 際 の 調 音 位 置 が 前 後 するのは 後 続 母 音 の 舌 面 位 置 によって、 大 きく 左 右 されることがわかる。これは 合 理 的 な 調 音 位 置 の 移 動 であり、 後 述 する 先 行 的 効 果に 加 えて 経 済 的 な 発 音 の 原 理 とも 結 びついており、 普 遍 性 の 高 い 現 象 と 考 えられる。明 瞭 な 発 音 と 労 力 の 節 減 とはトレードオフの 関 係 にあり、 明 瞭 性 を 高 めようとすれば 調 音 努 力 が 求 められて 調 音 速 度 が 遅 くなる、また 一 方 では 発 音 の 円 滑 さや 省 力 化 を 目 指 して、 調 音 速 度 が 上 がるにつれて 音 形 がくずれて 明 瞭 度 が 下 がるという 関 係 にある。(Lindblom 1990;Perkell, et al. 2002)7. 同 時 調 音 における 先 行 的 効 果先 行 的 効 果 (anticipatory effect)は 分 節 連 続 において、 滑 らかな 調 音 を 実 行 する 上 で 大 変 重 要 な役 割 を 果 たしている。 先 行 音 と 後 続 音 との 影 響 の 方 向 を 考 える 場 合 、 通 常 [ 先 行 音 → 後 続 音 ]よりも[ 先行 音 ← 後 続 音 ]という 後 から 前 への 影 響 力 の 方 が 大 きい。(Gay 1978)これは 隣 接 する 分 節 同 士 が 速やかに 連 続 調 音 できるようにするために、 先 行 音 の 調 音 中 に 後 続 する 音 声 に 移 行 しやすい 位 置 を 調 音器 官 が 先 取 りすることによって、 少 しでも 円 滑 な 器 官 同 士 の 移 動 や 受 け 渡 しが 行 なえるように 調 整 する 構 造 になっているためである。 先 行 音 の 調 音 位 置 の 位 置 取 りにある 程 度 幅 がある 場 合 には、 極 力 後続 音 に 合 わせた 位 置 を 取 ることによって、 無 駄 のない 滑 らかな 移 行 を 可 能 にする、というものである。図 1でみた123という 分 節 連 続 の 調 音 は、 準 備 ― 調 音 ― 収 束 という 過 程 を 経 るが、 特 に 重 要 なのが 先 行 音 中 での 準 備 と 調 音 という 2 つの 段 階 である。 必 要 十 分 な 音 声 実 現 のために 事 前 の 調 音 準 備 は特 に 重 要 であり、そのために 先 行 する 分 節 はその 影 響 を 受 けざるを 得 ない。3の 収 束 局 面 の 重 要 性 が低 くなる 理 由 は、 調 音 全 体 の 中 では 顕 在 化 させる 必 要 のない 部 分 であり、 後 続 する 分 節 調 音 のために収 束 過 程 自 体 の 解 消 が1とくらべて 早 いと 推 測 される。この 点 について 後 続 音 のいわば「 強 い」 調 音動 作 が 先 行 音 の「 弱 い」 動 作 を 凌 駕 する 機 構 になっているために、 収 束 過 程 での 先 行 音 の 影 響 力 を 弱めてしまうためでもある。 一 方 同 等 の「 強 さ」をもつと 考 えられる 調 音 同 士 が 相 前 後 する 場 合 は、5で 言 及 したように 融 合 して 相 互 同 化 (reciprocal assimilation)のように 中 間 的 音 声 となるという 報 告がある。(Fowler & Saltzman 1993;Farnetani 1997)49


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)図 2図 2の lease tool という 母 語 話 者 の 発 音 例 ((a) 音 声 波 形 、(b) 口 輪 筋 の 筋 電 図 )では、t の 調 音 段 階 ではすでに 円 唇 化 していないと、 の 正 しい 調 音 を 行 なうことはできない。しかも/t/ の 調 音 自 体 は 大 変 短 いこともあり、それよりもさらに 前 の 段 階 、つまり の 調 音 途 中 あたりからすでに 円 唇 化 が 開 始 されている。 正 確 には t の 解 放 前 160msec の 位 置 から 口 輪 筋 (orbucularisoris)の 収 縮 が 開 始 されることにより、 円 唇 化 が 始 まっている。/s/ および /t/ の 調 音 は 基 本 的 には平 唇 であるが、この 例 のように 円 唇 母 音 が 後 続 する 場 合 、 先 行 する 子 音 が 円 唇 化 した 状 態 で 調 音 開 始されることはスムーズな 調 音 には 不 可 欠 である。/s/ 調 音 においては 口 唇 の 平 唇 、 円 唇 の 違 いが 音 響上 どのような 影 響 があるかについて、 音 響 面 からの 判 断 は 非 常 に 困 難 であるため、このように 筋 電 図による 口 輪 筋 の 活 動 状 況 を 記 録 し、 分 析 することにより 明 らかになっている。50


同 時 調 音 における 調 整 構 造 に 関 する 考 察8. 同 時 調 音 の 多 層 性言 語 音 声 の 実 現 にあたっては、ヒトの 音 声 器 官 を 通 じて 音 素 列 を 具 現 化 しなければならず、これにより 器 官 の 構 造 および 機 能 上 の 制 限 や 限 界 が 音 声 実 現 に 影 響 を 与 えることになる。 連 続 する 音 声 を 常速 で 調 音 する 場 合 、 同 時 に 複 数 の 調 音 動 作 を 行 ないながら、 順 次 音 声 を 連 続 させるために、 並 列 的 に調 音 動 作 が 複 雑 に 織 り 成 される 構 造 になる。つまり2で 述 べたように、すべての 調 音 は 同 時 調 音 の 連続 だということになる。図 351


東 京 成 徳 大 学 研 究 紀 要 ― 人 文 学 部 ・ 応 用 心 理 学 部 ― 第 19 号 (2012)調 音 に 関 わる 複 数 の 器 官 の 動 作 を 同 時 進 行 で 多 層 化 して 示 すと 図 3のようになる。 図 3の 上 から(1) 音 声 波 形 (audio waveform)、(2) 軟 口 蓋 (velum)、(3) 後 舌 (tongue rear)、(4) 舌 端 (tongueblade)、(5) 下 唇 (lower lip)、(6) 下 顎 (lower jaw)が 縦 に 並 ぶ 6 層 で 示 されている。これは 被験 者 の(2)~(6)の 各 器 官 に 鉛 製 の 小 さな 金 属 片 (pellet)を 固 定 した 状 態 で、‘perfect memory’を 調 音 中 にこの 金 属 片 の 動 きを X 線 撮 影 し、その 軌 跡 をグラフ 上 に 描 出 したものである。 語 境 界 での 2 語 の 子 音 連 続 調 音 の(a) 緩 慢 発 音 、(b) 敏 速 発 音 について、 関 係 する 器 官 の 筋 運 動 の 動 作 状 況を 線 の 上 下 動 で 表 し、 横 軸 は 時 間 の 流 れを 示 している。(a)は perfect memory の 語 境 界 で 明 確 に /t/ の 破 裂 が 生 じるように 2 語 を 離 してゆっくりと 調 音したもので、(b)は 常 速 による 連 結 調 音 である。(b)は 先 行 する 語 の perfect の 語 末 の 、2つの閉 鎖 音 が 連 続 し、その 後 に 両 唇 閉 鎖 音 /m/ という、 調 音 様 式 の 異 なる 子 音 (CC + C)がさらに 後 続することになる。ここでは3 連 続 子 音 のうち /m/ の 先 行 音 である、 中 央 に 位 置 する /t/ が 脱 落 している。 (5) (3)〜(5)の 器 官 の 動 きについて(a)と(b)とを 比 較 すると、(3)と(4)(κとτ)がほぼ 重 なっている 点 は(a)(b)ともに 共 通 しているが、(b)は(a)とくらべて 上 下 動 が 短 い 時 間で 終 息 している。つまり(b)の 方 は 短 い 間 に 一 気 に 閉 鎖 と 解 放 が 行 なわれたことがわかる。また(5)の(β)について(a)では、(3)(4)の 動 きからはかなり 遅 れて 生 じ、/m/ の 両 唇 閉 鎖 がかなり 後で 行 なわれている。 一 方 (b)では(3)(4)の 動 きにわずかに 遅 れる 程 度 まで 前 よりに 移 動 している。つまり /t/ の 解 放 を 待 たずに /m/ の 閉 鎖 が 始 まっていることがわかる。重 複 する 子 音 の 調 音 運 動 では、7で 述 べたように 語 境 界 においても 基 本 的 に 後 続 音 の 調 音 が 優 先 される。 例 えば、must be が 緩 慢 な 調 音 では、[ ] となるが、 敏 速 発 音 では [ ] となって 2つの 閉 鎖 音 連 続 のうち、 前 の が 脱 落 する。この 現 象 は 調 音 速 度 の 上 昇 によって、 口 腔 内 の の「 閉鎖 ⇒ 解 放 」という 過 程 が 終 了 する 前 に、 後 続 の /b/ の 両 唇 閉 鎖 によって、 口 腔 の 出 口 が 閉 ざされることにより、/t/ の 解 放 が 阻 害 されてしまうからである。つまり 口 腔 内 で 生 じるべき 破 裂 を 外 側 にある 器 官 ( 両 唇 )が 覆 ってしまうために、/t/ が「 脱 落 」するのである。このように、 後 続 する 子 音 調 音 が 先行 音 に 優 先 されるのは 調 音 機 構 の 仕 組 み、ならびにスムーズな 調 音 運 動 のために、 避 けることのできないものであり、この 機 能 面 での 制 約 に 関 してヒトは 同 じ 器 官 で 調 音 作 業 を 行 なっている 点 で、 少 なくとも 同 一 言 語 内 では 調 音 上 の 変 化 の 傾 向 が 一 致 する。ただ 音 韻 的 観 点 からは、 個 別 言 語 によって 音節 構 造 や 分 節 の 連 続 の 仕 方 が 異 なるので 調 音 のあり 方 は 言 語 により 大 きな 相 違 があると 認 められる。9. おわりに連 続 発 話 の 様 々な 実 験 的 研 究 から、 調 音 を 円 滑 に 素 早 く 行 なうという 目 的 には、 生 理 学 的 にも 後 続 音 の 優 先度 が 非 常 に 高 いために、 先 行 音 への 影 響 が 不 可 避 であり、 基 本 的 に 調 音 上 の 先 行 的 効 果 の 存 在 は 明 らかである。したがって 同 時 調 音 において、 連 続 する 音 声 の 滑 らかで 自 然 な 調 音 を 促 す 目 的 から、 調 整 構 造 的 機 能 が 働 いていると 考 えられる。 複 数 の 調 音 器 官 を 多 層 的 に 観 察 することで、 実 際 には 表 面 に 現 れない 調 音 動 作 の 存 在 があると 認 められる。これに 密 接 に 関 係 する 現 象 として、 正 規 化 、 労 力 の 節 減 、 素 性 転 写 等 を 取 り 上 げて 論 じた。本 稿 では 主 に 音 声 産 出 について 考 察 を 行 なったが、 知 覚 的 側 面 においてもこの 現 象 は 極 めて 重 要 であり、 今後 の 研 究 に 待 つこと 大 である。52


同 時 調 音 における 調 整 構 造 に 関 する 考 察注⑴ 特 に 1990 年 代 から EU で 大 規 模 な 研 究 プロジェクト ACCOR(‘Articulatory-acoustic correlations incoarticulatory processes: a cross-language investigation’)が 始 まり、 欧 州 各 国 で 言 語 別 の 同 時 調 音 に 関する 研 究 が 積 極 的 に 行 なわれている。(Hardcastle & Hewlett 1999)⑵ 音 声 の 生 成 とともに 音 声 知 覚 についても、 同 時 調 音 の 研 究 が 進 むにつれて 重 要 性 が 高 まってきている。(Kühnert and Nolan 1999: 16-25)⑶ 例 えていえば、(1)サーキットのコーナーをレーシングカーが 高 速 で 曲 がる 際 に、いわゆる「コース 取 り」が 行 なわれるのに 似 ている。ドライバーは 道 路 の 幅 を 最 大 限 利 用 してスピードを 極 力 落 とさずに、 慣 性の 法 則 に 適 う 合 理 的 なぎりぎりの 最 短 のラインを 狙 うのが 普 通 である。また(2) 文 字 を 書 く 際 に「 楷 書体 」ではなく、「 草 書 体 」を 用 いるのとも 類 似 している。 文 字 のある 点 から 次 の 点 へ 移 るときに 無 理 のない、最 短 距 離 をなぞることによって 滑 らかで 角 のとれた 軌 跡 を 描 き、 楷 書 の 場 合 と 比 較 して 筆 記 速 度 を 上 げることが 可 能 となる。これにより 文 字 の 認 識 にあたっては 細 部 が 曖 昧 になるという 欠 点 もあるが、 要 所をきちんと 辿 ることが 出 来 れば 問 題 はないといえる。しかし 視 覚 上 の 認 識 については、 楷 書 にくらべて、草 書 体 は 字 形 の 崩 し 方 に 個 人 差 があるので、 楷 書 体 では 求 められない、 読 む 側 にある 種 の「 慣 れ」が 必要 となる。⑷ これは 調 音 機 構 の 問 題 ばかりではない。 聞 き 手 ( 母 語 話 者 )はこのような「 歪 み」が 生 じた 音 声 を 聞 くことに 慣 れているために、 無 意 識 に 対 応 しているようにみえるが、 外 国 語 学 習 という 点 からすると、 学習 上 大 きなハードルがある。 外 国 人 学 習 者 が 入 門 段 階 で、 特 にリスニングに 関 して 常 速 の 音 声 がなかなか 聞 き 取 れない 傾 向 があるが、これは 完 全 形 (full form)と 収 縮 形 (reduced form)の 落 差 に 不 慣 れなためで、これこそがここで 述 べた 現 象 を 裏 書 するものである。 学 習 者 が 常 速 発 話 の 聴 取 を 継 続 してゆくと、徐 々に 現 実 の 音 声 に「 慣 れ」てゆき、 聴 取 上 の 困 難 度 が 減 少 してゆくことになる。⑸ (a)の 調 音 のように、perfect の 後 続 音 がすぐに 続 かない 場 合 は、2 連 続 閉 鎖 音 /k/ ← /t/ となり、/k/の 解 放 が 失 われる。 一 方 (b)のように perfect と memory が 接 した 形 で 調 音 されると、 今 度 は 後 続 音/m/ の 影 響 を 直 前 の /t/ も 受 けて、 脱 落 するという 速 度 上 昇 による 環 境 の 変 化 によって、さらに 脱 落 する 子 音 が 加 わるという 興 味 深 い 現 象 も 観 察 される。参 考 書 目Aarts, B. and McMahon, A.(eds.) (2006) The Handbook of English Linguistics. Oxford: Blackwells.Abercrombie, D. (1967) Elements of General Phonetics. Edinburgh University Press.Bell, A. and Hooper, J.B. (eds.) (1978) Syllables and Segments. Amsterdam: North-Holland Publishing Company.Bell-Berti, F. and Harris, K.S. (1978) Anticipatory coarticulation: some implication from a study of lip rounding.Haskins Laboratories: Status Report on Speech Research SR-53, 121-125.Bell-Berti, F. and Harris, K.S. (1982) Temporal patterns of coarticulation: lip rounding. Haskins Laboratories:Status Report on Speech Research SR-67/68, 41-56.Browman, C.P. and Goldstein, L. (1987) Tiers in articulatory phonology, with some implications for casual speech.Haskins Laboratories: Status Report on Speech Research SR-92, 1-30.Crystal, D. (1980) A First Dictionary of Linguistics and Phonetics. Andre Deutsch.Farnetani, E. (1997) Coarticulation and connected speech processes. In Hardcastle and Laver. 371-404.Farnetani, E. and Recasens, D. (1999) Coarticulation models in recent speech production theories. In Hardcastle andHewlett. 31-65.Foulkes, P. (1997) Phonological variation: A global perspective. In Aarts and McMahon. 625-669.Fowler, C.A. and Saltzman, E. (1993) Coordination and coarticulation in speech production. Language and Speech.36(2,3), 171-195.Gay, T. (1968) Effect of speaking rate on diphthong formant movements. The Journal of Acoustical Society ofAmerica. Vol. 44 No. 6, 1570-1573.Gay, T. (1978) Articulatory units: segments or syllable? In Bell and Hooper. 121-131.53


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